テーマパーク
正樹が計画したのは、隣県にある温泉旅館への、一泊二日旅行だった。
昼間は、その近くにあるテーマパークで遊んで、夜は、温泉に入ってゆっくりする、というスケジュール。
隣県へと向かう電車の中は、隣り合わせで空いている座席がなかったから、私達は、女の子同士、男の子同士に別れて、離れた座席に座った。
莉子は、私は貴弘の横がいい、ってしぶったんだけれど、貴弘が、悪いけど、俺正樹と話があるんだ、ってそれを断った。
それで拗ねたのか、莉子は、私と麻衣と向かい合わせの席に座ってすぐに、携帯に繋いだイヤホンを耳に嵌めて、瞼を閉じてしまった。
シャカシャカと音楽が漏れて聞こえてくる。
「莉子、何いきなり自分だけの世界に入ろうとしてんのよ」
麻衣が咎めるように。
莉子は、音楽のせいで聞こえていないのか、無視しているのか、瞼を閉じたまま、なにも答えようとしない。
「……まったく……やっぱり、置いてくれば良かったかな……」
一人だけの世界に入ってしまった莉子は、放って置くことにして、私と麻衣は、キヨスクで買ってきたお菓子やジュースを、食べたり飲んだりしながら、目的地に着くまでおしゃべりすることにした。
「――あの三週連続のスペシャルドラマ、私の予想通り、二週目から、視聴率ガタ落ちだったらしいよ。他のキャストがあんななのに、寛斗君を殺したりなんかするからだよ。主人公が犯人でした、なんてオチで、意外性を持たせようとしたんだろうけど、そんなの、最初からバレバレだってーの。視聴者がなにを求めてるのかってのが、全然分かってないんだよね」
麻衣が、大の寛斗君ファンとして、不満を募らせる。
「でも、十月からは、寛斗君主演のドラマが始まるからね。前評判もいいみたいだし、そっちは期待大。もちろん瑞貴も観るでしょ?」
私は普段そんなにドラマとか観る方じゃないけれど、麻衣がそうするとなったら、かかさず観るようにしている。友達同士、同じ趣味があった方が、楽しいもんね。
「うん、そのつもりだよ。今度は寛斗君、若手の天才弁護士を演じるんだってね。どんなドラマになるか、今から楽しみだね」
私は、相槌を打ってから、「それじゃ、ちょっとトイレに行ってくるね」と席を立った。
トイレのある車輌に行く前に、貴弘と正樹の座る席がある。
その手前に来たところで、私に背を向けて座る二人の会話が、自然と耳に入ってきた。
「正樹、お前、俺ん家をデジカメで撮影してたんだってな。瑞貴から聞いたよ」
「なんだ、知ってたのか」
私の足が自然と止まる。二人は、私が傍にきていることに気づいていないみたいだ。
「ブログに載っけるつもりらしいな」
「ああ、そのつもりだったんだけどな。なんか色々めんどくさくなっちまって、ホームページ作るのは、やっぱりやめとくことにしたんだよ」
「……正樹、一つ聞きたいんだけど、お前、俺に麻衣が――」
その貴弘の言葉を遮るように、間もなく目的の駅に到着するという放送が、車内に流れた。
「もうすぐ着くみたいだな。貴弘、俺に話って、そのブログのことだったのか?」
「ああ、いちおう確認だけはしとこうかとと思ってな」
「ホームページ作るなら、いちおうその前に、お前にそのことを言おうと思ってたんだけどな。もうその気がなくなったから、デジカメのデータも消しちまったし――」
そこで正樹は、私が後ろに立っていることに気づいて、
「あれ、瑞貴じゃんか。俺達になんか用か? もうすぐ着くらしいぜ」
「そうみたいだね。トイレに行こうと思ったんだけど、だったら、着いてからにしようかな」
それからしばらくして、私達の乗る電車は、目的の駅に着いた。時間は午前九時を少しすぎたところ。予定通りの到着。
その駅からバスに乗って、私達がまず最初に向かったのは、今日泊まる温泉旅館の近くにある、レイクサイドパークだった。
バスに揺られながら、田畑が並ぶ、長閑な田舎町を抜け、山道を上ったその頂上付近に、そのレイクサイドパークはあった。
開けた土地に広がる、田舎の山の中にあるにしては、かなり規模が大きいテーマパークだ。釣りやゴーカートを楽しんだり、レストランで食事を摂ったりすることができるって、事前に正樹に教えてもらっていた。
その前の停留所でバスを降りる。
テーマパークの敷地内には、遠くに稜線を連ねている峰々を背景に、大きな湖が広がっていた。涼やかに吹く風に水面が穏やかに揺れながら、朝日を浴びてきらきらと輝いている。
「やっぱり大自然っていいな。空気が美味い」
雄大な自然を前にして、正樹が、両手を一杯に広げて、大きく息を吸い込む。
「なにその、ありふれた観光スポットの、安っぽいキャッチフレーズみたいな言い回し。どうせ同じテーマパークなら、私、ディズニーランドとかの方がよかったんだけど」
麻衣が不満げに。
「遊園地なんて、旅行じゃなくてもいつだって行けるだろ? 今回俺が立てた旅行のテーマは、『自然と触れ合う』なんだぜ? 普段、ごみごみした都会のど真ん中に住んでるんだから、たまには自然の中で癒されたいだろ?」
「なにが癒しよ。似合わないこと言っちゃってさ」
そう言えば、貴弘の家をデジカメで撮影していた時も、同じようなことを言っていた覚えがある。ロック好きで、ライブハウスとかに通ってばかりだと思っていたけれど、最近アウトドア指向にでもなったんだろうか。
「正樹、今からここで、ヘラブナ釣りするんだろ? だけど、貸し出せるボートは、二人乗りまでらしいぜ。俺達五人いるだろ。どうする?」
貴弘が、貸し出し所の張り紙を見ながら、正樹に尋ねた。
「そうなのか? う~ん……」
正樹は思案げにすると、
「それじゃあ、こうするか。莉子、お前はその間、どっかそこらで遊んでろよ」
「え~、なにそれ? 私ひとりだけのけ者にする気? それに、こんななにもない辺鄙なとこで、一人でなにして遊べってのよ」
細く描いた眉をひそめながら、莉子が不満を返す。
「なにって……色々あるだろ? 自然散策するとかさ。釣り堀で、金魚釣りもできるらしいし、カートに乗れるとこもあるらしいぜ。俺達が釣りしてる間、そういうので時間潰してろよ」
「イヤ! 私、貴弘と一緒に釣りした~い」
莉子は言いながら、馴れ馴れしく、隣に立っていた貴弘の腕に手を回した。
貴弘は、困ったように苦笑いしながらも、それを振り払おうとはしない。
「あのな……お前、無理言ってこの旅行に加わったんだから、我が儘言うなよ」
「正樹、そう言わないで、皆で楽しくやろうよ。藤山さんとは、私と交代で乗ればいいんじゃないかな?」
内心むすりとしながらも、雰囲気を悪くしたくなかった私は、そう提案した。
「いいのかよ、瑞貴」
「うん。せっかくの旅行なんだから、皆で楽しまないとね」
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