友人か恋人か
今日の休憩時間は、二人一緒にとれた。
いつもは一人ずつ交代でとるんだけれど、今日は、この前夏風邪を引いてしまって、急遽私達にシフトを交代してくれって言った先輩の山岡さんが、『今の時間帯はお客さんあまり来なくて暇だし、この前のお返しに』って、そうしてくれたからだ。
そうして、麻衣と一緒にスタッフ控え室に入った私は、麻衣とあのことを話し合うことにした。
「麻衣、ほんとに藤山さんを一緒につれていくつもりなの? 貴弘って、あまり知らない人とは関わろうとしないタイプだから、藤山さんも連れて行くって知ったら、嫌がるかもしれないよ?」
「貴弘なら大丈夫でしょ。確か一年の時は、貴弘と莉子って同じクラスだったはずだから、知らない仲ってわけでもないだろうしね」
麻衣はさらりと答えた。特に悪いことをしたとも思っていない様子。
「でも……藤山さんは、あまり学校にも出てきてないみたいだし、悪い噂もされてたりしてるし……」
「瑞貴が心配してるのは、せっかく前みたいな仲良しに戻れた貴弘を、莉子にとられちゃわないか、ってことでしょ?」
ちょっと意地悪っぽく言われて、
「そうじゃないけど……」
「莉子って、付き合ってる彼氏がいても、別のイケメン見つけたら、そんなこと気にせずに、二股でも三股でもするからね。でも、私に任せとけばダイジョブ。莉子がそんな素振りみせたら、すぐに私が間に入って、邪魔してあげるから」
「いいよ、そんなことしなくても。誰と恋愛するかは、その人の自由だし、私は、皆と楽しい旅行ができさえすれば、それでいいんだから」
「莉子も、最近はあまり良い噂聞かないけど、中学の頃は、もっと奥ゆかしい瑞貴みたいなタイプで、ほんと良いやつだったんだ。なにが莉子をあんな風に変えたのか知らないけど、まあ、莉子にも色々あったみたいだからね。でも、見た目はあんな遊び人風だけど、根はそんなに変わってないと思うよ。私も似たようなもんだしね。貴弘だって、瑞貴のことが好きなわけだから、莉子も、それが分かれば、奪い取ろうなんてことまではしないと思うよ」
「貴弘と私は、仲の良い幼馴染には戻れたけど、まだ恋人同士ってわけじゃないよ?」
「なに言っちゃってんの。両想いなんだから、すぐにそうなるって」
このこの、と肘で小突かれた。
「貴弘は、私のこと、ただの仲が良い幼馴染としか、思ってないんじゃないかな……」
「そんなことないって。貴弘は、瑞貴を助けるために、ナイフ持った相手に立ち向かったんでしょ? 好きじゃなきゃ、そんなことできないって」
貴弘が、あのトサカ頭から私を助けてくれた翌日。
私は、貴弘に付き添って病院に行った。
医者に診てもらったら、それ程深い傷じゃなくて、後遺症の心配はないってことだった。
私のせいで、せっかく治りかけていた右手が、また動かなくなって、ピアノが弾けなったらどうしよう、って不安で一杯だったけれど、その診断結果を聞いて、私は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「そうなのかな……」
私のピンチを救ってくれた貴弘だけれど、それは、正義感からそうしただけなのかもしれない。
貴弘の口から直接「好きだ」って言われたわけじゃないし、友人としての付き合いなのか、それとも恋愛感情を含めた付き合いなのか、私はまだ分からずにいる。
「でも、貴弘は、自分から好きな相手に告るようなタイプじゃないからなぁ。瑞貴から、恋人として付き合って欲しい、って言っちゃえば?」
「えっ……? そんなの恥ずかしいよ……」
そんなの、できっこない。
「またそんなうじうじとしたことを。そんなこと言ってると、莉子に限らずに、誰かに先こされて、貴弘取られちゃうかもよ? 貴弘って、けっこう女子に人気あるからね。これまで、何回も告られた経験があるみたいだから」
「仲の良い幼馴染に戻れただけで、私は満足してるんだ。あまり欲張っちゃっても、良いことないような気がするから」
貴弘が私をどう思っているのかよく分からないし、恋愛とかっていうのは、これから付き合いを深めていく中で、ゆっくりと考えていけばいい、くらいに考えている。
「ふ~ん……まあ、瑞貴がそれでいいんだったら、あまりとやかく言うつもりはないけどね。それにしても、まさか、諦めてた寛斗君のコンサートのチケットが手に入るなんてなぁ。しかもアリーナ席。そのチケットって、もちろん私も予約しようとしたんだけど、始まって一時間もしないうちに完売して、私、手に入れ損ねちゃったんだよね。莉子に感謝、感謝だよ」
残り五分の休憩時間中、麻衣は、寛斗君のことだけを話し続けた。
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