仕事終わり

 十一時から始まったウェイトレスのバイトは、途中で休憩を挟んで、終わったのは、午後の七時だった。



「……はぁ……やっと終わったぁ……」


 店内から、奥のスタッフ控室へと戻った麻衣が、肩を揉みほぐしながら、ため息混じりに呟く。


 私は、自分用に宛がわれたロッカーの前で、脱いだ制服をハンガーにかけながら、


「初日から、こんなにハードスケジュールだとは思わなかったね」


「だいたい、私達の次のシフトに入る予定の子が、二人ともドタキャンしてくれるのがいけないんだよ。ほんとなら午後三時までのはずだったのにさ。このくそ暑い時に風邪なんか引いてくれたり、実家の父親がいきなり倒れた、とか言ってさ」


「そういうこともあるよ。ただ、店長は、その分を残業扱いにしてくれる、って言ってくれたよね」


「そうじゃなきゃ、あんなハードな仕事やってられないって。私達、かよわい女子高生なのに、一日八時間労働なんて、サラリーマンと変わんないじゃん」


 私は、あははと笑いながら、


「今日はぐっすり眠れるね」


「それはそうと、瑞貴、瑞貴が客に珈琲こぼしちゃって、店長が謝ってたけど、あれ、大丈夫だったの?」


「うん。私がうっかりしてたのが悪いんだけど、そのお客さんは、笑って許してくれたんだ。腕にタトゥー入れてて、見た目はちょっと怖かったんだけど、優しい人だったよ」


「許すのは当然だって。瑞貴が転んだのだって、その客が、足を投げ出して座ってて、その足に躓いたからなんでしょ?」


「そうかもしれないけど、私も足元をよく見てなかったから」


「気をつけなよ。中には、わざと店員にミスさせて、言いがかりをつけてくるようなやつらもいるかもしれないからさ。瑞貴は、見た目も中身も大人しいから、そんな奴等にとって、カモにされやすいんだよ」


「うん、これから気をつけるようにする」


 私達は、そんな会話をしながら着替えを済ませて、店外に出た。


          *


「今日は遅くなるから、ってお母さんに電話した時、久しぶりに、麻衣ちゃんも一緒に、家の夕ご飯に誘ったら、って言われたんけど、どうする?」


 店の前で、私が麻衣に言った。


「ごめん。この後予定があるんだ」


 麻衣が、片手を挙げながら、申し訳なさそうに答える。


「予定って?」


「正樹のやつが、チケット手に入ったから、一緒に映画観に行こう、ってうるさくてさ。断っても良かったんだけど、丁度私が観たかった新作映画だったから、まあ、付き合ってやってもいいかな、みたいな?」


 そこに丁度、その正樹が現れた。


「お二人とも、お仕事お疲れさん」


 正樹が、いつもの軽い調子で労いの言葉を私達にかけた。


「おつかれ」


 と私。


「それより、急がないと、映画が始まるまであまり時間がないよ」


 麻衣が焦れたように。


「そうだな。じゃあ行くか。瑞貴、一人で帰らせて悪いな」


「気をつけてね、瑞貴。変なやつらにからまれそうになったら、ソッコーで逃げるんだよ」


 二人から注意を促されて、


「大丈夫だよ。子供じゃないんだから」



 麻衣と正樹とはそこで別れて、一人帰路に就いた。



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