まず向かうのは和室の中に設けられた仏壇である。そこで手を合わせると、少し肩の力が抜ける。


「お母さん、お婆ちゃん、ただいま」


 家に帰ると必ず亡き母と祖母に手を合わせる。どんなに私の心がすさんでいようと、日課は欠かさない。


 母親は私の小さい頃に病気で他界した。元々強くない身体だったが、母子家庭での無理がたたった結果となってしまった。

 この家には母が健在の頃から住んでいた。母が亡くなってからは祖母と二人でこの家で暮らしてきたが、その祖母も二年前に亡くなってしまった。


 私は父親の顔を知らない。どういった経緯で父親が母の元を離れたのかは祖母が決して口を割らないままに他界してしまったため知らないが、ただ一つだけ言えるのは、私は決して父親を許すことはないということだ。今もどこかで生きているのか、それとももう死んでしまっているのか。全く分からないし、今更どこの誰かを特定することも考えないが、一生涯許すこともまたないだろう。


 ……と、らしくなく感傷に浸ってしまった。いつもの日課さえ終えてしまえば今時のJKらしく、スマホ片手に街に繰り出すよ!


「真白ちゃん、帰っちょるかいなー?」


 玄関から私を呼ぶ声がする。あれは近所のタエさんか。いつも自分の畑で採れた野菜を持ってきてくれるんだけど、今日も持ってきてくれたのだろうか。


「はいはいー、帰っちょる帰っちょる!」


 そうやってご近所さん付き合いが始まる。いや、まあこれでお金とか節約できてるからいいんだけどさぁ……。


 その後も次々と近所の顔なじみのお婆ちゃんたちが集まったり、おすそ分けを持ってきてくれたりする。という感じで、今時のJKとは完全に対極にある放課後を過ごしているのであった。

 ま、期せずして一人暮らしとなってしまった私のことを気にしてくれてるんだろうけどね。ちゃんと感謝してるんだよ。


 そうやって色々としているうちに日は沈み、夜を迎えようとしていた。街明かりなんてものはないこのド田舎は、夜になると本当に真っ暗だ。さすがにこの暗闇の中で外を出歩こうなんて気は起きない。出歩こうものなら、ちゃんと帰ってこれるだろうかと不安になる。田舎っていうのは人を不安にさせる効果すらある。


 要するに、ド田舎暮らしの静まりは早いと言える。都会がフィーバー☆タイムとか、花金やっほい♪とか言ってる時間には、もうお爺ちゃんお婆ちゃんは夢の中。ついでに私はやることがなくて、結局帰ってから一歩も家から出ないまま布団の中。


 そのころになってやっと、スマホ片手にあれこれできる。ちょっと今時のJKっぽいじゃん。でもよく考えたら私、今をときめくJKだった。


 スマホの画面をけると、ここ数日で一番少ないメッセージの量が表示されていた。おそらく、「Sei」の決めたことが影響しているのだろう。あのグループで下手に誰も発言しなくなっていた。

 なので表示されているのは、学校のクラスのグループがほとんど。私は基本的に関係なし。履歴を流して見ていると、紛れ込むように個人のメッセージが一つ。


『藤巻真珠:シロちゃん、調子はどう?』


 調子って……、別に体調不良で学校休んでたわけじゃあるまいし……。

 答えようのないメッセージに辟易へきえきするものの、返さないわけにもいかない。


『何の調子やねんよ……』


 すぐに既読が付き、返事が送られる。


『え、だって今日調子悪かったじゃん』


『体調は抜群やて』


『体調じゃなくて、ほら、バスの中で変なこと言ってたでしょ?』


 変なこと、と言えば変なことだ。残念ながら現実の出来事なのだが。


『あー、気にしんといて』


『いやいや、気にするよー、友達が唐突に変なこと言い出したら気になるでしょ』


 友達、か。


 そういえばほぼほぼ偶然とも言える出会いだったというのに、どうしてここまで仲良くなってしまったのだろう。はっきり言って、私といても楽しくはないと思う。女友達も多くはないし、クラスの中心に立っているわけでもない。ただただ田舎暮らしに飽きた、つまらない女子生徒でしかないのだ。


『じゃあ私が気にしてること、一つ聞いとくわ』


 だから私は問う。


『え、何?』


『何で私に付き合ってくれちょるん?』


 ほぼほぼ真珠が私についてきている感じなのだが、まあ一応言い方を変えてはみる。


『どうしたの? 迷惑?』


『いや、そういうわけやなくて。私より他の子と付き合っちょる方が学校生活は楽しいじゃろ』


『えー、そんなこと気にしてたの』


 画面の向こう側から真珠の小悪魔的な笑いが聞こえてきそうな感じすらした。


『あのさ、私って東京から来たってだけで、すごく尊敬みたいな眼差しを受けてたんだ。今も若干残ってる』


 不意に話を変えるが、まあ確かに言っていることは正しいだろう。こんなクソ田舎に転校生が、しかもそれが東京からやって来たともなれば、神のようにあがたてまつる気持ちも分からないでもない。


『だけどさ、シロちゃんだけは違ったよね』


『え、私?』


 いや、私も私で結構都会人にビビッて、ビビったからこそ先手を打とうと声を掛けたんだけど……、と思いつつもそれを口に出すのもはばかられる。


『そだよ、シロちゃんだけは私に対して敵対心き出しだったじゃん。なんかそれを見て、ちょっと安心したかな』


『安心て……』


 しかも敵対心き出しなんてことはなかったんだけどな……、それじゃまるで私が田舎代表みたいじゃん。それはちょっとひどい。やっぱり褒めてるようでけなしてるぞ、コイツ。


『まあなんでもいいじゃん、今は仲いいんだし。意外と繊細だねぇ、シロちゃん』


『真珠が気にしなさすぎなんじゃ』


『そうかなぁ、あ、でもそういえばさっきからずっと方言出しっぱなしだね。そっちの方が私はいいと思うよ~』


 あ、と思って見直してみるといつもの感じで方言丸出しオンパレード。私は気恥ずかしさをスタンプで誤魔化すものの、あの小悪魔にはお見通しかもしれない。


 そうやってやり取りしていて思った。あ、これ今時のJKっぽい、って。

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