4-2

 購買でパンを買い込んだ俺たちは(おごりはなかった)教室に戻ってパンを食べながら話す。謎解きはランチの後ではなく、ランチをしながらとなる。


「とりあえず、だ。今回の謎を改めて整理するぞ」

「あいあいさー!」

「何だよそのノリは……」


 ともかく俺はスマホの画面をける。と、何件もの通知が来ていることに気付いた。そういえばさっきから返事を返していなかった。

 まあそっちは後でも大丈夫だろうと思い、俺は以前アスタリスクから送られてきていたメールを開く。


「星くんは友達の乾くんと約束をして、待ち合わせをすることにしました。

 星くん『それじゃあ乾くん、待ち合わせは何時にしようか?』

 乾くん『うん、いつもの時間にしよう』

 星くん『いつもの時間?』

 乾くん『そう、いつもの時間。僕が指定しているいつもの時間だよ』

 さて、乾くんが言っているいつもの待ち合わせ時間というのは何時から何時のことでしょうか?」


 画面には謎の内容がつづられていた。それをもう一度絢星にも確認してもらう。

 絢星はうーむ、とうなってそれを眺めていた。


「乾くん、っていうのがまた曲者くせものだよね……。どこの誰って感じ」

「まあそうだよな。そう思うのが自然だ。さて、このメールで一つおかしい、というか普通じゃない表現をしている所があるんだが、気付いたか?」

「普通じゃない表現?」

「そうだ。絢星、お前友達と待ち合わせの約束するとき、なんて言って約束するか?」


 言われると、何故そんなことをと少し訝しむような視線を絢星が向けてくるが、特にそこについては問わずに続ける。


「うーん、そうだね。どこどこで何時に集合ね、って……、ああ、そっかなるほど」


 合点がいったとばかりに絢星は俺のスマホ画面を指差して言った。


「この表現のことか。『何時から何時』ってやつ。普通待ち合わせの時間を決める時にこんな言い方はしないもんね。でも何か不都合があるかな?」


 さすがに絢星は理解が早い。だが、その先までは思い至ってないようであった。


「不都合はないが、ここに解決のヒントはある」

「単純にアスタリスクの書き間違えとかではなく?」

「だな。間違いなくこれは意図して書いている」


 この一見すると小さな穴とも言えるこの違いが、この謎を解く大きな手がかりとなったのだ。……まあ、そんなに大仰おおぎょうなものでもないけれど。


「ふーん……、すぐには思いつかないなぁ……」

「どこが怪しいと思う?」

「そうだなぁ、やっぱりあと怪しいのって言ったら名前だよね。唐突に『いぬいくん』なんて名前を出してるのは何か意図があってのものだとしか思えない」

「その通り。そこまで分かったら答えにたどり着いたも同然だ」


 はて? と絢星は首をかしげる。


「そうなの?」

「そう。さて、種明かしだ。絢星、十二支は知ってるな?」

「そりゃあ知ってるよ。うしとらたつうまひつじさるとりいぬでしょ……、ってあれ?」


 そう。絢星のように声に出して読むと気付きやすい。


いぬって……、まさか乾?」

「そういうこと。そして、十二支が方角や時間を示すこともあるっていうのは知ってるか?」

「あー、なんだか古典の授業でやったような気がする……」


 だが、正確には思い出せないのだろう、絢星は頭を抱えて過去の記憶を掘り出そうとしているように見えた。


「ダメだ、思い出せない! 青、これ一つ貰うね!」

「え、ちょっと……」


 絢星は俺の未開封のパンを一つむんずと掴んでいく。そして止める間もなくそれを開封して口に放り込んだのであった。おごりはなかったが、奪い取られはした。


「……ったく、しょうがないな。まあ、先に進めるぞ。ともかく、このいぬが指し示す時刻、すなわち戌亥いぬいの刻を答えればいいってことだ」

「それは?」

「十二支が一つ進むごとに二時間進むと考えればいい。だから、戌の刻は20時で、亥の刻は22時。だから、答えは20時から22時の間だ」

「……随分とアバウトに、しかも遅い時間に待ち合わせるんだねぇ……」

「そういうことを気にしたら駄目だと思うけど……」


 ともかく、これで謎は解けたと言っていいだろうと俺は思い、スマホの画面を返信画面へと切り替えた。


 その所作を見た絢星が口を開く。


「青、これは三人で出した結論なんだよね?」

「三人って?」

「いや、今ずっと話してるんでしょ? 『助っ人』の三人と」

「まあ、話してるけど……」


 話してるのは不毛なことばかりだとは言えずに俺は口籠る。


「この結論は、青が一人で導いた、と」

「……そういうことだな」


 言うと、絢星は少し寂しそうに苦笑いをした。


「まったく、相変わらずだね」

「相変わらずって何がだよ」

「ま、今回はそれでもいいか。でも、みんなで結論を出さないといけないんだから、みんなにも確認は取っておいた方がいいと思うよ」


 絢星に言われて、確かにと思う。一度開いた返信画面を閉じると、俺は溜まっていたトーク画面を開いた。


「それじゃ、頑張ってねー」


 俺の話を聞いて、俺のパンを盗んで、言いたいことだけ言って自分の席に戻って行きやがった……。

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