『ていうか何、まっしろさんって。バカにせんとってくれる?』


『あれは打ち間違えです!』


 さっきの「ましろ」の文章をコピペしてくる始末。いよいよ泥沼だ。


『キモい』


『出たよJKの常套句じょうとうく……、それさえ言っとけば大丈夫みたいなのやめてくんない? 語彙ごい力の欠如を露呈してるよ?』


『うっさいわキモオタ』


『おーコワイコワイ。これだから田舎民は』


『田舎じゃないって言ってるだろ』


『じゃあ東京住みって証拠見せてよ』


『やだし、プライバシーってことばを知らないの?』


『知ってると思うよ、少なくとも君よりは』


『あとデリカシーってのも知らないの?』


『意味は知ってるけど、気にしたことはそんなにない』


『だと思った。絶対あんた友達いないでしょ』


『まあいないな』


『認めるんだ……』


 認めるんだな……、これは俺も思った。


『友達に限らないが、人付き合いほど面倒なものはないだろ。大体デリカシーってのは細かい気配りのことだろ。そんなにいちいち細かいことばっかり気にしてたら、神経をり減らして仕方がない。従って、人付き合いが少ない人間の方が精神衛生上は良好と言えるだろう』


『はい?』


『言いたいことは分かったが、とりあえずここまでにしておこう。とりあえず話を戻さないか?』


 最後のやり取りにおける『はい?』は「ましろ」の発言であるが、その後は俺の発言だった。確かこの時はこの二人の罵詈雑言ばりぞうごんの嵐にどうしようかと思いながらも、同時に手の離せない生徒会関係の仕事をこなしていた覚えもある。たまたまスマホを覗いた段階でとりあえずストップをかけたのであった。


 そのような状況であったから、俺の発言はまたも減っていく。二人はなんとか話を戻そうとするも、先ほどの険悪な雰囲気を引きずって意見交換は停滞。


『あーもう無理。今日は無理。私お風呂入るんでここまでということで』


 「ましろ」の一言を機に、その日はそれっきりとなってしまった。

 その後も誰かがタイミングを見計らって声を掛けるものの、全員がオンタイムで話し合える時間が意外にも揃わない。夜なら、と思っても「ましろ」が特に反応しないことが多い。放課後は基本的に俺が忙しい。


 そして二つ目の謎については、特に大きな進展もなく今日……10月の18日を迎えているのであった。


 もう既にアスタリスクからの二通目のメールが届いて一週間を過ぎている。特にアスタリスクから期限を言い渡されているわけではなかったが、あまりにも長引いてしまうと不成功に終わってしまうかもしれない。


 ……だけど、不成功に終わって何が問題なんだ?

 よくよく考えれば、どうしてこんなことをしているのだ、というところに巻き戻る。俺はアスタリスクの意図が気になったのでメールを返信しただけなのだ。


 気付けば、三人の「助っ人」と共に次の謎へと向かおうとしている。だけどそこに目的などない。誰かが得するということもハッキリ言って考えられない。それは他の二人も分かっているはずだ。


 なのに俺たちは一つのグループとなり、次の謎へと向かっている。

 違和感しかない。本当によく分からない出来事だった。


 俺が何もない宙を見つめていると、ブーッという音を鳴らして三人のグループの最新通知を知らせるのとチャイムが鳴るのが同時に起こり、俺は思わずうおっ、となってしまう。


『ましろ:あの、反応のないもう一人の方? 流れは分かった?』


 同じグループ画面を開いていながら今の話の流れとは全く無関係の、昔の話を眺めていたため、全く流れは分かっていない。だが同時に授業も始まってしまう。そのため、俺は手早くメッセージを打つ。


『済まない。ちょっとまだちゃんとは見きれていない。とりあえず今から授業だから少し外します』


 そうとだけ述べると、画面を暗転させた。


 授業は退屈だった。立場のこともあるので一応は真面目に授業を受けているが、ずっと張りつめているというのも酷だ。たまにはうまくサボっていかないといけない。

 もちろん授業中にスマホをいじっては、教師にバレなくとも周囲の目を引いてしまう。そのため、俺は「二つの地雷」について考えることにした。


 一つは言うまでもなく、あの二人のこと。あの調子では全く謎の進展も見えてこないだろう。先ほどの二人のやり取りも確かにまだちゃんとは見ていないが、どうせまだろくでもないことをきっかけに喧嘩しただけだろう。そうやって何度も話の腰を折ってきているのだ。


 肝心の謎が……、と思うがハッキリ言って解かなくてもいい謎だ。それに早く解こうが解かまいが、誰かに先を越されるわけでもあるまいし。だけど、どうしてだか「やめよう」とは言い辛い、そんな感じにはなっているのだった。それはあの二人の喧嘩にも関係している。


 「喧嘩するほど仲が良い」というわけではないが、まあそれだけ互いの事を少しずつ知ってきているのも確かだ。そうやって関係が深くなればなるほど、それだけ後には引きづらい状況を生み出している。


 となると結局、謎を解かないといけない、という最初の話に戻っていくのだ。それにはあの二人の喧嘩が非常に大きな爆弾となってくる。なんとも矛盾した話である。


 まあそれだったら、手段としては一つしかない。


 とりあえずはこれまで忙しさにかまけて真剣に向き合うのを放置してきた謎に、しっかりと対処していかないといけない。

 そう思ってとりあえず結論付け、もう一つの地雷について考えを巡らす。谷村のことだ。


 こっちはこっちで何とも厄介だ。何故か俺が彼の都合に合わせて色々と仕事のことを教えたり、引き継いだりしているのでそれだけでまず俺の予定が拘束される。

 まあそれ自体は構わない。副会長を引き受けた時点でおおむね予測していたことだからだ。


 だが、谷村の仕事の仕方には若干の、いや、多大なる不安がある。自分の立場が分からなさすぎているのだ。先ほどの年間計画といい、だ。

 年間計画は基本的に会長が、自身の選挙時の公約を基に大雑把にではあるが作っていくものである。先ほどの反応では作っておく、みたいなことを言っていたが、部活のこともあるしなかなか時間も取れないのではないだろうか。


 それに谷村は、困ったとき平気で俺ではなく生徒会に無関係の友達に助けを求めそうなのだ。

 生徒会の仕事は宿題ではない。助けを求める相手は生徒会内でなければならないのだ。だが生憎あいにく、今回の生徒会の組閣にあたって、彼と親しいような人物は委員に入る事がなかった。


 谷村が平気でそれを人に頼るようなことになれば……、それが癖になってしまい、これもまた一つの爆弾となり得る。

 ならばそれも未然に防ぐ必要がある、ということだ。俺は自分の役割を改めて確認する。


 今は、取れる手段を取っておくしかない。問題の種は、芽が出る前に潰さないといけないのだ。

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