『二つ目のやつ、何か分かったことある?』


 この「ましろ」の発言が、既読をつけていなかった所の始まりだった。時間は二十分ほど前。俺はまだ授業中であった。しかし二十分間もずっとトークをしているというのか。少なくとも「ましろ」の学校はもう授業中ではないだろうか。


 だがこの「ましろ」に関しては、授業中に携帯をいじっている様子が容易に想像できてしまう。SNSアプリのアカウント名はおそらく自分の名前をひらがなにした「ましろ」。プロフィールの写真は最近流行はやりの、顔が勝手に加工されるやつで何人かが映っているもの。その中には男も含まれている。


 こういうのが恐らく「榊田清盛」に対して、この「ましろ」がリア充でビッチだとかなんとかという印象を与えているのだろう。

 かくいう俺もそこまでは思っていないものの、少なくともこの「ましろ」が真面目な女子高校生だという印象は受けなかった。ということからも、この「ましろ」は普通に授業中も携帯を触っているのではなかろうか、という想像ができてしまうのだった。


『いや、あんまり』


 「ましろ」の発言から約数分後、返事を返したのが「榊田清盛」だ。

 この「清盛」に対して抱いたのは失礼だが根暗、という印象だった。SNSアプリのアカウントもフルネーム登録で写真も特になし。発言は少なく短くて素っ気ない返答が多い。


 それにこの「清盛」は、俺と「ましろ」がしばらく二人でのメールのやり取りを行い、さらにSNSのアカウントを教え合うところまで一切話し合いに干渉してこなかったのだ。それが唐突にメールが送られて来たかと思うと、一気にSNSのグループに参加する流れとなった。


 俺と「ましろ」が初めて連絡を取り合った際に当然同じ内容のメールが「清盛」にも送られていたはずだ。なのに初めて連絡を寄越したのがその数日後。このタイムラグに俺は若干の不審感を抱いた。


 何らかの原因で「清盛」が俺たちのやり取りのメールを受信できていないことも考えたのだが、「清盛」が俺たちに送ってきたメールの最初の内容が「今までのメールを無視していたことに対しての詫び」であったため、確かに彼は、俺たちのメールを受信していたのである。

 だが、俺がどれだけ考えても、その意図を詮索できない以上はどうしようもないと思い、この不審感については一旦黙殺した。


 ともかく、俺たちの会話に必要最低限の返事をするだけのことが多かった「清盛」がこのように「ましろ」と不毛な罵り合いまで起こすようになったのにはきっかけがある。


『あんた、もうちょっと喋ったらどうなん?』


 あれはいつだったか、たしか俺が次の謎について考えてみようかと提案した時だったと思う。「ましろ」がいつものように生返事を返すだけの「清盛」に対して、ふと言ったのだ。

 それに対して「清盛」は、


『いや、特に今のところで喋る要素はなかっただろ。何? 君は喋ってないと死んじゃう病気なの?』


 と返していた……、というのを今、さらにトーク履歴をさかのぼることで確認した。少なくとも後半の一文は余計だ。


 こういうのは「ましろ」の神経を逆撫でする、というのはここ数日の傾向で分かっていた。この時も例外ではない、というよりこれが全ての始まりともいえる。


『は? 急に喋ったと思ったら何なん!? 私は、もうちょっと感情込めろって言っちょるだけやねんけど?』


『感情込めろって、どうやって文章に感情込めたらいいのでしょうかねぇ……』


 そして引き続いて「清盛」がスタンプを送信している。それは、キャラクターが目を輝かせてワクワクしているものだった。完全に発言とは不一致である。


『こんな感じ?』


 改めてこのやり取りを見ると正直吹き出しそうになるのだが、少なくともこの時の「ましろ」にとってはそうではなかっただろう。証拠に、その後の「ましろ」は三種類ものスタンプで怒りを表現して、


『スタンプの正しい使い方はこう!』


 と宣言したのであった。


『さすがイマドキJK、スタンプもたくさんお持ちで』


 と「清盛」から送られたかと思うと、


『だが残念ながら、田舎民』


 と続いてメッセージが残っていた。

 そう、「ましろ」のことをさんざ田舎住みだと虚仮こけにしている「清盛」であったが、それもこれが発端だったのだ。


『はぁ? 何で私が田舎民やねん!?』


 「ましろ」はやはり怒る。しかし確かに文章だけでは本人がいかに動揺しているかが分からない。従って、「清盛」の推測が正しいのかどうか、俺が判断することはできない。


『いやだって、自分のメッセージ見返してみなさいよ、方言丸出し』


 それから「ましろ」のメッセージが返ってくるまでに一分ほど空いている。


『あれは打ち間違えです!』


 なぜ唐突に敬語……、と当時の俺も思ったが改めて見てもやはりそう思う。


『ほらほら、動揺してる。さっさと認めればいいのに』


『うっさいわ! そういうあんたはどこ出身なの?』


 なんか微妙に丁寧なのかそうでないのか分からない。この無理している感じが余計に墓穴を掘っているようにも思える。


『岐阜』


 短い一言だった。


『岐阜って……、十分田舎でしょ(笑)』


 県名しか言ってないのだから田舎と断定するには少々弱い気もするが……、まあ大都市とは言えないだろう。


『別に俺は田舎だろうとなんだろうと構わないんだが。で、まっしろさんはどこにお住みで? まあその方言からすると鳥取か島根ってとこかな?』


 この後数分の間があって、


『は!? 違います! 私は東京に住んでるの!』


 絶対嘘だろこれ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る