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 こいつは地雷を踏んだかもしれない。


 ここ数日で、二つの意味でそう思った。

 今日も今日とて早速朝から、紙の束を持った男子が俺の元を訪ねてきていた。


「中世古ー、これどうしたらいいのよ。ってか、こんな書類いる? 先のことなんて分からないんだし、俺の権限で無くしちゃうのもありかもなー」


 わざと回りの男子に聞こえるような声で言い、笑いを誘う。冗談とは分かっているが、あまり愉快なものでもない。

 俺の目の前で書類を手にしている男こそ、新生徒会長の谷村たにむらであった。


「谷村……、別に教えてやるけど一応内部資料なんだから、あんまり持ち出さないでくれよ」


 谷村が言っているのは、前生徒会から新生徒会への引継ぎの一環となる、年間計画であった。一年間こういうことをします、というのを大雑把にでも書いておく必要があるのだ。

 もちろん谷村の言う通り、一年後のことなど分からない。だが、年間でこういうことをします、というのをあらかじめ宣言しておかないと行き当たりばったりの運営になってしまう。


 問題はそれを俺に聞くことよりも、そういうことを生徒会の場ではなく、休み時間に俺の教室にまでやって来て言うことだ。本人の弁では、


「いや、放課後は部活もあるし、できるだけ早く済ましたいのよ。だから時間を有効に使ってるわけ」


 ということらしい。俺の事情は完全に無視しているが。

 谷村は生徒会長であると共に野球部にも所属している。快活かつ豪快、周りのムードを一変させる力を持つ谷村はチャンスに滅法強いクリーンアップだと聞いた。まあ何となくイメージはつく。


 谷村が生徒会長になったのにも、顧問の強い意向があったと聞いた。学校内での野球部の立場を強くするのが目的だったのだろう。

 そんなこんなで、強いバックアップもあったおかげで無事に生徒会長となった谷村であったが、如何いかんせん生徒会の運営のようなことはさっぱりだった。


 だが、そこは先生方もぬかりない。一年間実務の経験を持ち、部活動に所属していない俺を副会長としてつけることで、ある意味象徴的な存在である谷村を実務の面で支えていく、という理想図が完成したのだろう。


 ……といういかにもありがちな学校の嫌な裏事情を察しながらもそこに乗っかることしかできない自分にも嫌気が差しつつ、谷村の補助にあたる日々だった。


 俺の言う地雷とは、谷村の遠慮のなさだった。

 先ほどのように、内部資料を平気で持ち出してきたりだとか、大声で漏らしてはいけないことを話すだとか、本人に悪気が全くないのが余計に性質たちが悪い。

 好意的に捉えれば、型破りで常識に囚われないということなのだろうが、こっちからしたらヒヤヒヤして堪らない。


 ……というのが一つ目の地雷。これはまだ仕方ない。なぜなら、ほぼ自ら踏み抜いていった地雷だからだ。


 だが、もう一つは明らかに踏む必要のない地雷を不用意に踏み抜いてしまったパターンだ。

 俺が谷村に書類の重要性について説いている間にも、俺のスマホは俺にメッセージの受信を通知し続ける。


 ようやく谷村が理解し、退散した後にスマホを明るくしてみると、思わずゲッ、と漏れてしまいそうなくらいのメッセージが飛び交っていた。

 俺はSNSアプリを開き、そのメッセージが飛び交うグループを開く。


 たった三人のグループだ。それも、まったくもって見ず知らずの。

 共通点と言えば、どこか日本の学校に通う高校二年生ということだけだろう。


『だから本当にあんたは捻くれたことしか言えないの? マジで嫌になるんやけど』


 これは「ましろ」のメッセージ。女子高生であることは話し方からも明らかだ。


『おっ、出ました。まっしろさんの方言アピール。そろそろどこの田舎に住んでるのか教えてくれてもいいんじゃないですかね~』


 ……また、人のこと煽って……。これは「榊田清盛」のメッセージだ。

 また、しょうもないことで喧嘩でもしているのだろうか。そう思っている間にもメッセージは飛び交う。


『うっさいわキモオタ。てかまっしろ言うな。大体あんたも何よ、清盛って。あんた将軍なの?』


『平清盛は将軍にはなってませんよまっしろさん。太政大臣だじょうだいじんって聞いたことある? 住んでるところだけじゃなくて頭までまっしろじゃ、ただのクソビッチJKですよ?』


 これに対して、「ましろ」の怒りを示すスタンプが何度も連続して送られてくる。そうなると今度はスタンプの応酬だ。


 ……本当に、どうしてこんなことになったんだか。

 始まりは平穏だったのだ。三人で協力しようという雰囲気も生まれていた。二つ目の謎に対して、三人で知恵を出し合っていた。


 だが、いつからかそれはどうでもいいののしり合いに発展することが多くなっていた。主に、という常に俺以外の二人の間で、だが。


 お互いのことをよく知りもしないのだ。大体罵るポイントなんてお決まりのパターンとなっている。なのに飽きもせずにそれを繰り返している二人を目の前(画面越しだが)にすると、ため息の一つもつきたくなるというものだ。

 俺は既読をつけてしまったこともあるので、仕方なく二人の間に割って入る。


『ちょっと取り込んでたんだが。何かあったのか?』


 すぐに二人の既読がつき、返事が返ってくる。


『いや、トーク履歴見なさいよ』


『履歴見ろよ』


 ほぼほぼ被っていた。、直後にまた二人のメッセージ。


『真似しんなや』


『真似するな』


 もう泥沼状態だった。またスタンプの応酬が始まったのを見ると、俺はトーク履歴をさかのぼる。大体、トーク履歴見てたら「無視するな」とか言われるから先に送ったと言うのに、理不尽なもんだ。

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