岐阜編3

「……分かるような分かりたくないような」


 この時の俺はすでにもう、この女の子が何のことを話し、俺が何を無視していたのか分かっていた。

 だけど、そうだとしたら俺は非常に面倒なことに巻き込まれていることになる。


「嘘つくな、分かってるくせに」


 はい、その通りです。


「いや、その事実に気づきたくなかったというか何というか……、ゴニョゴニョ」

「今更ネチネチうるさい、はっきりしろ」


 なんで見ず知らずの子に説教までされないといけないんだよぉ……。俺の心はもう半泣き状態だった。


 認めるしかない。俺はアスタリスクと名乗る人物を知っていると。

 数日前だったか、俺の元にメールが届いたのだ。アスタリスクと名乗る人物からのメールには『流れ星チャレンジ』という何ともネーミングセンスの感じない二流詐欺企業が考え付きそうな内容が書かれてあった。


 その時点で妙だとは思っていた。迷惑メールにしては誘導先の有害そうなサイトのURLもないし、胡散臭い内容の割には謎だけは微妙に難易度を上げてきている。

 だから俺は、業者による確認メールの類だと思った。俺もそうだが、迷惑メールに対してフィルターをかけている人が最近は多い。だから、フィルターに引っかからなさそうなメールを送って、反応を待つという手法を用いることもある。

 そうだとすれば、無視していればいずれ追加のメールがくるはずなのだ。


『あれ? 無視かな? 本当にいいの? 願い事を叶えるなら今でしょ!』

『分からないのかな? それじゃあヒントをあげるよ!』


 的なやつ。最初のネタは古いか。

 だが、数日そのメールは来なかった。そして忘れたころに、追加のメールがやってくるのである。


 やっぱり来たか……と思いつつもうんざりしながら、俺はそろそろ指定で受信拒否にしようかと思っていたが、その内容は先のようなものではなく、次の謎へのステップだった。


 おそらく『助っ人』という名のサクラが最初の謎を解いた……、という設定なのだろう。無視していてもいずれは願い事が叶うというところの手前まで勝手に謎を解き明かしてくれていて、最後に「あれ、これ本当に願い事叶うんじゃね?」と思わせて返信させようという魂胆なのだろう。あれだ、当たり付きの自動販売機が必ずリーチをかけるのと同じ原理だ。


 まあなんとなく面白そうだし、もう少し様子を見ようかと思っていたら、今度は『助っ人』と指定されていた二人のうちの一人から直接メールが来た。


『あんたたち誰? サクラじゃないなら、どっちかが最初の謎を解いたってことだよね? 次の謎も解くの?』


 こういう内容だったと思う。何だ、新しい手法だな……、と思いつつ傍観していると今度ももう一人の『助っ人』からメールがやって来る。


『こんにちは。僕はサクラではありません。北海道の高校に通う二年生です。必要なら証明もします。謎を解いて答えを送ったのは僕です。変なことをしたと思うのなら申し訳ありません。ですが、色々と確かめたいことがあったのも事実です。もしよければ、次の謎も解いていきませんか? 嫌ならば、意志さえ表明してくれれば残りは僕が一人で答えます。アスタリスクからの条件は三人で一つの答え、ということなので僕以外の誰かが答えを送らなければ大丈夫です』


 同い年という設定にしてはやけに大人びたメールを送るなぁ……、という感想を持ったが、何というかこの切迫感溢れる文章に、もしやこの二人は本気でサクラではないのでは、と思うもいやいや、騙されるなよ、とも思い、やはり無視を決め込む。


『うわ、マジで返信きたし。私も高校二年生だし、タメでええよ。ま、サクラじゃないっぽいし別に一緒に謎を解く分には大丈夫じゃない? 学校もあるから暇なときしか付き合えないかもだけど』


 どうやら一人は女子、もう一人は男子、二人とも高校二年生で俺と同い年、という設定らしい。ふむ、よくできた設定だ。

 もう一つ、女子の方は関西の方の方言が混じっているのでそっちに住んでいるのだろうか、まあ「ええよ」という言葉だけでは特定できないし、何なら岐阜の可能性もある。ここは関西と関東が半々という感じだしな。


 二人は次の謎について話し合いながらも、話題は不在者……すなわち俺へと移る。


『もう一人の方はまだ疑っているのでしょうか? 仕方ないかもしれないですが、あと数日返事がなければサクラでないことの証明もしますよ』


『てかこんだけ話してるのに今更サクラなわけないでしょーが。もう迷惑メール扱いされてるかもやけど』


『だとしたら、もう二人でやるしかないようだな……』


『ま、私はそれでもいいけど』


 何だろう、この何とも言えない感じ……。


 そのメールのやり取りはSNSでのやり取りをしようとかそっちの方面へと移っていく。なんだかこれはマジっぽいな、と思ったが今更この雰囲気の中に飛び込んでいく図々しさも持ち合わせていないので、そっと『アスタリスク』からのメールを含め三件のメールアドレスを迷惑メール設定したのである。

 それが今日の朝だった。

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