岐阜編2

 まず気になるのは俺のことを見ているのかという点。ほら、俺に向かって話しかけてるのかと思ったら後ろにいる人に対してでしたー、とか誰しも経験したことあるでしょ? ……あるよね?


 だが、俺の周りには人っこ一人としていない。俺以外の誰かを見ているということはありえない。あの子が霊感少女でない限りは。

 もしくはあれか、俺のことを見ているのでなく、俺の周りの風景を見ているという可能性か。何なら俺、風景の一部としてしか見られてないな。


 だけど、そうでもないようだ。俺がその子の横を歩くのに合わせて顔が動いているのを横目に捉えてしまう。

 ここまでくると、俺を見ているというのは避けようのない事実であろう。問題はなぜ見ているのか、ということだ。


 よっぽど不審者に見えたかなぁ……、というかむしろそれしかないよなぁ……、と思いつつ俺は女の子を横切った。


 ダメ! 俺を直視し過ぎたら目が腐っちゃう!


 俺の心の叫びが女の子に通じたのか心配になる。子供が小さい時に付き合う相手を憂慮する親の気持ちがよく分かった瞬間だった。


『おかーさん、なんできよもりくんはいっつもひとりぼっちなの?』

『こら、やめなさい! ……ほら、帰るわよ!』


 あれは幼稚園の頃か。一人で砂場で遊んでたら同じ組の子にそんなことを言われた気がする。母親が同級生の手を引き、どこか申し訳なさそうにしながらもそそくさと帰っていったのを覚えている。なんでそんなこと覚えてんだよ。


 あれ以来、砂場で遊ぶことがなくなったよなぁ……、と過去のトラウマスイッチが押されてしまったところで、俺は女の子の横を通過。


 付き合う相手はよく考えた方がいいぜ、俺みたいになりたくないならな、アディオス。


 心の中で女の子に別れを告げ、俺は前に進む……、


 と思いきや。


「――あのさ、なんで無視するの」


 俺の背後でそんな声がする。

 おかしいぞ、無視するも何も呼びかけられた覚えなんてないぞ。何ならここ数年、事務的用件とからかい以外で呼びかけられたことなんてないぞ。


 おっかしいなー、と思いつつ後ろを振り返る。

 先ほどの女の子の双眸そうぼうはなおも俺のことを捉えている。


「やっと気付いた。なんで無視してたの」


 ここでようやく、話しかけられているのは俺だということを認識した。だが、こちらにも言い分はある。


「いや、無視も何も俺、呼ばれてないよね? 何? 君、テレパシーの使い手かなんかなの?」

「うるさい、言い訳するな」


 酷い、ていうか何で見ず知らずの小学生にそこまで言われないといけないの? 人に久しぶりに話しかけられたらこれとか、俺の人生ハードモードすぎやしませんか?

 俺が面食らっている間に女の子はてくてくと俺の前まで歩いてくる。


 そして、俺を見上げながら言う。


「ホント、屁理屈ばっかり、清盛は」


 ……何で見ず知らずの小学生に呼び捨てされないといけないだよ。

 問題はそこではないとわかりつつも、ほぼほぼ直感的に俺は、そのように思ってしまうのであった。

 混乱していると頭が正常に働かないとはこのことだろう。


「……聞きたいことは色々ある。だがまず聞きたいのは、なんで俺の名前を知っているのかってことだ」


 そう、それだ。それが第一の問題だ。やっとこさ頭も正常に働きつつある。

 だが、女の子は事も無げに答える。


「企業秘密」


 コイツ……、見たところ小学校中学年から高学年くらいってとこなのに無駄に変な言葉を知ってやがる……。


「秘密にするも糞もないだろ。大体俺に知り合いなんて少ないんだ。ちょっと漁れば答えはすぐに分かることだし、さっさと白状するんだな」


 胸を張って言うが、女の子は肩をすくめた。


「言ってることは分かるけどそれ、自身満々に言うことじゃないのは分かってるよね?」


 いちいち人の傷をえぐる言葉選びはやめていただきたいものだよね……、こんな歳から人の弱味をねちねちと突いてくるような性格になるのはよろしくないかと。


「うっせえよ、ともかくさっさと言わねえと実力行使だぞ」


 できもないことだがこのくらいのガキならビビッてくれるかもしれない、と思いつつ口にするも、まったく動じない。それどころか、馬鹿にしたような目つきで俺を見る。


「……出るところに出たらどっちが有利か、わかるよね? 一応馬鹿じゃないみたいだし」


 出るところって何。なんでそんなこと知ってるの。変なテレビの見すぎじゃないかしら。


「ぐぬぬ……」


 完全にこのガキにしてやられている。仕方ないので別の観点で尋ねてみることにする。


「じゃあ、目的はなんだ? 何で俺に声を掛けたんだよ」


 俺に声を掛ける=好意的な意味ではない、という方程式が成り立つ。何それ、超悲しい。まあともかく、俺の名前を知っていて、そして声を掛けるということにはただならぬ意味があるのだ。そんじゃそこらの有名人と一緒にするな。


「目的かあ……、大したことはないけど。でも色々なことを無視するのはよくないよね」

「はい? 何の話?」


 無視ってさっきのことだろうか。まだ根に持ってるの、この子?


「あー、もう面倒臭いなあ……。何のことかって自分の胸にでも聞いてみてよ」


 いやいやちょっと待て。俺の胸に聞いてみろって俺の胸は何も答えてくれないぞ。

 俺が無視したこと? 学校生活で正しく学ぶべきスキルとかは無視してるかもしれないが、たぶんそういうことを言っているのではないのだと思う。


 もっと直接的に無視したこととかあったかなぁ……、そもそも話しかけるようなことが少ないから分からんぞ。

 それとも、俺がそう錯覚してるだけで、みんな俺に話しかけているのかもしれない、何それ俺、超人気者。

 うん、たぶんそれはない。


「……全く見当がつかないんだが」


 結論はこういうところに落ち着く。

 女の子は俺のことばを聞くと、少し目を見開き、すぐに口を尖らせた。


「……あー、あの人の言う通りだなぁ……。面倒臭い」


 悪かったな、面倒臭くて。いや、それより看過できないことが一つあった。


「誰だよ、あの人って」


 女の子は思わず口を滑らせてしまったとばかりに顔を青くさせ、……ずにいかにも面倒臭そうに答えた。


「『アスタリスク』って言ったら分かるでしょ」


 言われた俺のほうが不意を突かれてしまう。何……、アスタリスクだと。

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