岐阜編1


  ♦


 夢を、見ていた。


 夢って言ってもアレだ、寝ている時に見るやつ。間違ってもドリーム的な意味じゃない。

 俺は、夢の中で誰かと話していた。しかも二人。そもそも二人以上の人間と話すことのない俺からしたらそれだけで夢だと分かる。夢だと分かっていながらも、「夢だしめちゃくちゃやっちまおうぜ!」とかいう漫画的な発想ができないのも夢ならでは。あと何の脈略もない話をしていることも多い。

 夢はよく人の願望を表すという。でも、今回の夢は俺の願望だとはとても思えない。まあ疲れていたんだろうぐらいに思っている。


 夢から醒めても俺の頭はボーッ、と覚醒しないままである。こういう時は目覚めの一発エナジードリンクでもいっておくべきか。

 そう思ったが昼休みの終わりを告げるチャイム……、ではなくやかましい声が響き渡るのを聞いて、今から自販機まで行っても間に合わないだろうと直感的に思う。


 そう考えて時計を見ると、意外にも午後の授業の開始まであと十分ほどあることに気付く。こういう時は得した気分にもなるが、同時に心地よい睡眠を阻害した喧噪を恨めしくも感じる。

 まあ、文句を言っても仕方ないし、なんなら文句を言う相手もいない。俺はのっそりと立ち上がり、人知れず喧噪けんそうを抜け出す。


 学校という場は社会生活の縮図だと言う者もいるが、俺の考えからしたら社会生活こそ学校という場の延長でしかない。学校生活で経験したあれこれは慣習としてそのまま社会生活に引き継がれていく。

 要するに社会を変えたければ、学校を変えるべきなのである。学生時代に何を経験したかというのは結構重要な問題となる。まあ俺に社会を変える気なんてないけど。


 自販機にたどり着いた俺は、いつものように二百円もするエナジードリンクを迷わず選択する。一日一本元気の源。二本以上の時もある。カフェインの過剰摂取かもしれないが、如何いかんせんそれをいさめてくれる人がいないのである。

 さて、教室に帰ってゆっくり飲む間もなさそうだしここで一服してから帰ろうか、と向かいの壁にもたれかかる。


「ねー、私ちょっとトイレ行ってきていいー?」

「あー、ええよー、待っとくねー」


 そんな女子同士の会話が聞こえる。チラとそちらを窺うと、自販機にほど近いトイレに一人の女子が入っていくのが見える。

 それを二人組の女子が見送った……かと思うと、二人でヒソヒソと顔を見合わせ何やらご相談。時折横目でトイレを気にしては、クスクスと笑い合っている。


『ね、ほーんとあいつありえんわ』

『なー、えー加減にしてほしいわー』


 うむ、俺の中では以上のように脳内再生されている。……また、社会の嫌な部分を観察してしまった。


 やはり、学校現場は狂っている。教師に気に入られるようにびへつらい、気に入られた者はリーダーとなり、嫌われたものは内申ももらえず、モチベーションも低下していく。それは悪循環となり、格差を生む。学校内の格差はやがて大学の格差、ひいては就職先の格差にも繋がってくる。一概には言えないが、この傾向は潜在的にあると言えるだろう。


 そんな学校生活で、教師に自分をアピールすることを止め、ゴマすりレースからドロップアウトした人間は必然的にさげすまれる。俺もその一人だ。

 だが、プツリと糸が切れたのを実感した時、「ああ、もうこんなのいいや」と思えるようになったとき、とても気が楽になったのを覚えている。


 人をさげすむのも人からさげすまれるのも非常にストレスを覚える。


 現代社会はストレス社会だ。このストレスといかにうまく付き合うかが現代社会をうまく生き抜いているかの指標と言っても過言ではない。つまり、対人関係を絶ち、そのストレスと無縁の生活を送っている俺は、社会的に見て負け組だが、ある意味では勝ち組なのである。もう訳わかんねえな、これ。


 トイレに行っていた女子が帰ってくると何事もなかったかのように三人組は俺の前を通り過ぎていく。端から見ればなんてことのない三人組の中にも、複雑な事情が絡み合っているのだろう。


 世知辛い世の中だぜ……、と俺は退屈なヒットチャートにドロップキックとばかりにエナジードリンクを飲み干す。


 ふぅ……、教室に戻るか。翼も生えてきそうなことだし。


 どれだけ日本の教育に対して疑問を抱いているとしても結局の所、勉強しないといけないと感じている辺りは俺自身もこの時代の潮流に乗っかっちゃってるんだなあ、と悲しくも思う。


 そんなこんなで昼からも真面目に授業を受けた俺は、帰宅の途に就く。


 しかしまあ、変に呼び止められることもなく、用事があるわけでもなく、気兼ねなく真っ直ぐ帰宅できるというのは孤高のソロプレイヤーの利点である。

 もちろん、ギルドに所属していない分色々な恩恵を受けられないが、それを補って余りあるメリットを得ていると俺は思うのである。


 例えば、この家に帰るまでの旅路で出くわす敵を倒せば、経験値は独り占めだ。道行く人々を敵と見立ててバッサバッサと切って倒すむなしい妄想は誰しもしたことがあるだろう。……あるよね?


 本日も俺はいつもの通学路を寄り道などせず、それでいていつもの風景の中に何か違った点がないかと目を見張りながら歩いている。やだ、俺ってば超風流。


 なお、寄り道はせずとも近道はする。公園は外回りをグルリと回るより突っ切る方が早い。ならば中を突っ切るのがいいだろう。


 ここでも俺はいつもと違う変化がないか、注意深く見渡す。残念ながら遊具らしきものも大してなく広さもないこの公園で遊んでいるような子どもも少なく、俺が邪魔になることはない。


 しかし、ここで俺は一つの変化を見つけてしまう。


 ……一人の女の子が俺のことを見つめている。


 女の子って言ってもアレだ。普通の女の子とかじゃない。いや、その言い方をすると少々語弊があるか。ともかく、クラスで隣に座ってるような普通の女の子ではない。


 ……だって、どう見てもあの子、小学生だし……。

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