島根編4

「あのさ、真珠」

「……?」

 

 唐突に態度の変わった私に対して、真珠も何事かとピンと背筋を伸ばす。


「…………やっぱ負けた気がするから真珠と話すときは標準語を心がける。うん、そうしよう」


 真珠は一瞬キョトンとして、


「どうしてそうなるの!? 私競ってたつもりなんてないよ!? というか違和感ありありだよ!?」


 ものすごい勢いで迫ってくる。連続で三つも突っ込まれると逆にうるさい。


「いやだってさ……、なんか私が田舎者感でまくっちょる……でまくってるし」

「結構無理してるよね……」


 それでもここは譲れない。やはり方言を使う者同士で話している時には気付かなかったが、標準語を扱う真珠と話して気が付いた。方言はとんでもなく田舎っぽさを演出していると。


 そう、これこそが私の恐れていたこと。


 都会文化、東京文化の襲来により、ここの田舎っぷりが今まで以上に強調されてしまうことだった。

 そんなことしてしまったら私のここでの安寧はもう保証されない。今すぐにでも出て行きたいと願ってしまうばかりになってしまう。


「ここ、すっごく田舎じゃん? 来てみてそう思ったじゃ……でしょ?」

「……うん、確かにそうだね」


 案外あっさり認めた。「そんなことないよ!」とかいう謎のフォローが入るかと思ったが。上辺だけのフォローすらできないレベルでド田舎だということか。


「でもね、田舎ってすごくいいところだと思うけど」


 真珠が言うのに対し、私はえー、と眉をしかめる。


「だって何にもないよ? たぶん今はそう言っててもすぐ飽きるよ?」

「違うよ、シロちゃん」


 え? と思わず真珠の方に顔を向ける。「違う」と言われたことに対しての疑問と、さりげなく真白でなくシロになってたことに対しての疑問の両方の意味がこもっていた。シロって何。犬みたいじゃないですか。


「ここにはいろんなものがあるじゃん。都会にはいっぱいお店もあるけど、その分田舎には山も川もきれいな景色もいっぱいあるでしょ?」

「あるにはあるけど……、そこに飽きてるのであって」

「じゃあ私は都会の景色に飽きちゃったかなあ」


 そんな贅沢な悩みを悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながら言う真珠を見て思った。

 コイツ、マジであざとい。


 だが、不思議と嫌な気はしなかった。色々なものを「ない」基準で考えていた私に対して「ある」基準の考えを表明した真珠のことをある意味尊敬のような想いを持って見ていたのだ。


「……東京人がエラソーに」

「その東京人ぶってるのはシロちゃんでしょ……」


 やっぱりシロちゃんなんだ、私。

 まあそこ自体はなんでもいい。それにしてもだ。都会と田舎を対極の位置に置いた私は、いつの間にか都会を「いいもの」としたために、必然的に田舎を「悪いもの」として扱っていたようだ。

 真珠からしてみれば、それは逆になる可能性もある。


「ま、いつまで持つかな。少ししたら飽きたって言ってるじゃ……でしょ」

「どうだろうね~、というか無理して標準語使わなくてもいいんだよ……」


 そこは譲れないラインだ。

 私たちは何故かおかしくなってプッ、と吹き出してしまう。


「んじゃ、外の風に当たりに行きますか」

「ついて行きますよ、シロ隊長……、その前にちょっと用だけ足させてほしいけどね」


 この真珠という子との関係がこれからどうなっていくのかは分からないけれど、とりあえずは最初のもやもやは少し晴れたような気もする。


 ――その時だった。


 ブブブッ、という音が私のポケットの中から聞こえる。はてなと思うが、疑問に思うことなどない、私のスマホだ。


「まっずいな……」


 うちの学校はスマホ持ち込み禁止だ。私は目を盗んで持ってきているが、基本的には鞄にしまっている。それがどういうわけかポケットの中に入っていたのだ。

 まあ、今さら言っても仕方ない。ここはトイレだし、見られることもないだろうと思って、画面を明るくする。どうやらメールが届いたようだ。


 今の時代、連絡手段はSNSと呼ばれるアプリを用いることが多い。よってこの古典的なメールという手段は廃れつつあるのだが、メールマガジンなどは未だに送られてくるから完全に使わなくなったわけではない。


 とは言いつつも、基本的にメールで重要なことが送られてくるのも珍しいし、どうせ捨てる内容だろうと思ってそれを開く。


「ゲッ……」


 だが、内容を見て思わず声が出てしまった。

 この前の「アスタリスク」からのメールだったのだ。内容を深く読んでいくと、最初の謎を解き明かしたことへの賛辞と、次の謎についてが書かれてある。


 ……ということはだ。

 私は考えを巡らせる。私は当然答えを送ってはいない。少し考えれば分かる内容ではあったが、それをわざわざ送るほどバカではない、というのは先ほども説明済みだ。


 よって、考えられるのは二つ。


 「アスタリスク」は答えも送っていないのにどんどん新しい謎を送りつけてくる新手の詐欺を行なっているというケース。

 もう一つは、「助っ人」の存在。この「助っ人」のうちの一人が「アスタリスク」に答えを送っていた、というケースだ。


 前者なら無視すればよいだけの話。だが、後者だとすれば……。

 私は同時に送られている二つのメールアドレスを見る。自分の名前のような文言や誕生日と思われる数字を入れたメールアドレスはとてもサクラのものとは思えない。


 私は小さく息をついた。

 全く刺激なんて与えないと思っていた二つの出来事が、実に直接的に影響を及ぼそうとしている、というのも変な話だ。


 だけどまあ、それも悪くないかもしれない。

 そう思って私は、同時に送られているメールアドレスをタップするのであった。

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