島根編3

 朝のホームルームが終わり、淡々と時間割を消化する一日。こんな一日に限って、移動教室とかがないのだ。


 まあ、私にしたら転校生なんて基本的に興味もないし、自分から話しかけようなんてことは一切ないのだから別に構わないのだけれど。それでも一日中、授業時間以外はほぼほぼ転校生の周りに人が群がっているのを見ると、いやが応でも注意を引きつける。


 話題の中心は、東京のことについてだ。


「東京ってどこも迷路みたいじゃろ?」

「うん、そうだねぇ。私もよく迷子になってたよ」


 ふむ、迷子でドジっ子アピールか。


「なあなあ! 都会ではいっつもテレビの撮影とかしちょるって聞いたけどほんに芸能人がうろちょろしちょるんかいな?」

「え、いやぁ、私はそんなに見たことはないけど……。あ、でも渋谷とか歩いてたら何かカメラ持ってる人が歩いてるのは見たことあるよ。芸能人はないかなぁ……」


 ふむ、謙遜すると見せかけて自慢か。


 ……て、さっきから何聞き耳立てるようなことしてんだろ、私。

 そういうことをする性質たちではない。言いたいことがあるのなら、さっさと言っておいた方がいいのかもしれない。だが、それをうまく言葉にできるかが問題であって。


 私は満を持して立ち上がる。その私の挙動に気付く人間は少なかったものの、転校生を取り巻く集団へと近づく私を見て、異変を感じ取る者が増える。


「……どげんしたか、風間?」


 取り巻きのうちの一人(もちろん男子)が、私に恐る恐るといった様子で声を掛ける。そんなに不機嫌そうだろうか、私。ていうかそんな扱いされたら私がヤンキーみたいじゃん。


「……いやあ、私もちょっと転校生さんと話したいと思っちょってな」


 ついつい話し言葉には慣れた方言が混ざり込んでしまう。イントネーションも自然と田舎染みたこの言葉になってしまうのだ。先ほど聞こえた標準語の都会っぽさと言ったら。

 それにしても、みんなの目がちょっと困惑って感じだ。そりゃそうか、聞く人が聞いたら完全に果たし状かなんかを突きつけようとしている人間のセリフに聞こえるもんね。


 それにみんなは私の田舎脱出願望を知っているから、この転校生に対して敵対心のようなものを抱いているのだと思われているかもしれないし、そう思われても仕方ない。

 だが実際の所、私はこの転校生に対してそんな感情は抱いていない。でも何故か危うさというか、末恐ろしさのようなものは感じている。それが、本来なら話しかけるつもりのなかった転校生に話しかけた理由である。


 うーん、最初のアプローチをミスったかなぁ……、と珍しく後悔しかけたが、それも束の間、ガタッという勢いのある椅子の音で私は逆にギョッとする。


「私も! というかちょっとお手洗いに行きたいから、ついでに校舎を案内してくれませんか!?」


 え、すごい食いついてきたんだけど……。しかも目がキラキラしてるし……。何この子、私のこと好きなの? ってレベル。

 まあ、そんなこともないので、正直な所この取り巻きにうんざりしていたのだろう。そこに都合の良さそうな私が現れた、と。なんかうまく使われている気もするがここはとりあえず使われておこう。


「……じゃ、ついてきんさい」


 私はそう言うが早く足早に教室を後にする。ポカン、と言った様子で水を打ったように教室内は静まりかえっていたが、私と転校生――藤巻さんが出て行った後は根拠のない憶測が飛び交うに違いない。


 ま、別に気にしないけど。そう考えながら藤巻さんを待つ。


「ごめんね。なんだか、助けてもらっちゃったみたいで」

「別に」


 本当に助けるつもりはなかった。結果的に利用されるみたいな形で助けることにはなってしまったのだけれど。


「それより、トイレじゃろ? で、校内案内、と」


 一応言われたことは憶えているし遂行するつもりもある。

 だが、私としても本当にやりたかったことがあるはずなのだ。この子と何かしらの繋がりを持っていないと不味まずいと思う理由があったからこそ、話しかけたのだ。そう考えると、既に目的は果たしたとも言えるのだが。


 だが、藤巻さんは首を横に振る。


「実は、校内案内はあらかた先生にしてもらってたの。お手洗い行ったら、ちょっと外の空気に当たりたいかな」


 コイツ……、そこまで計算ずくだったとは。


「じゃ、行かや」

「え?」


 藤巻さんはキョトンとする。


「ああ、行くよって意味じゃけ」


 言ってあげないと通じない。これだから標準語は……。


「あ、うん。ありがとうね、風間さん」


 んー、と言いつつ違和感を覚える。


「私の名前、いつ知ったん?」

「あ、さっき呼ばれたし……。それに、クラスの子の名簿は先生に先にもらってたから。ほら、下の名前が似てるからちょっと親近感湧いてたんだよ、真白ちゃん」


 ま、ましろちゃんて……。


「……そげな呼ばれ方、数年ぶりやわ……・」

「そ、そうなんだ……」

「じゃけ、確かに下の名前は似ちょるな。真珠って書いてまこって呼ばすのは珍しいよな?」


 私が言うと、藤巻さんは熱心に頷く。


「そう、そうでしょ! 私もなんでこんな名前つけたのかなぁ、って思ってるんだけどさ。で、でもさ、あの、よかったら私の事も下の名前で呼んでくれたらなーって……、もしよければだけど!」

「ふーん、んじゃ、真珠」

「早いねっ!?」


 いや、別にそんなもんでしょうに。女子同士で何を遠慮してるのだか。私だって、いつまでも藤巻さんじゃ気持ち悪くて仕方ないし、大体そこに関してはお互い様だろう。

 手洗いに着いたところで、私は意を決して真珠に向き合った。

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