岐阜編4

 そして今に至る。終わったはずの件は、俺が全く見たこともない小学生によって再び幕を開けてしまうのである。


「あのさ、なんで無視するの」


 数分前にも聞いたセリフだった。だが、今度は意味合いが異なる。


「……普通無視するだろ」

「しないでしょ、普通」


 君の普通の判断基準は分かりかねるのだが……。


「どっちにしたって、俺はもうあの件に絡むつもりはないぞ」

「大丈夫、清盛がどうしたいとか関係ないから」


 それは大丈夫じゃないと思うのだが……。


「いや、だからさ……」

「私、誘拐されてるの」


 はい? と俺は目をパチクリさせて女の子を見る。


「『アスタリスク』に誘拐されてるの」

「本当に君は唐突に突拍子もないことを言い出すなぁ……」

「だから、清盛にとっても意味はあるでしょ。誘拐犯を見つけ出すって意味でも」

「いや、それは君が警察に行けばいい話じゃないかな?」

「そういう問題じゃないの」


 じゃあどういう問題なんだよ……。


「ともかく、清盛がやらないって言うなら私は警察に行く」


 おお、そう言うか。なら答えは一つだ。


「よし、じゃあやらん」

「それで、清盛のことを誘拐犯だって言う」

「よし、やろう」


 それは不味まずい。非常に不味まずい。だって出るところに出られたら間違いなく俺、負けるもん。冤罪ってコワイ。


「やっとやる気になった」

「少なくともやる気にはなっとらんぞ」

「それでもいいの、とりあえずやるって言ったんだから」


 本当に何なんだ……、そもそも俺を巻き込んで何になると言うのか。たぶんそれを聞いてもうまいこと逃げられて答えてはくれない。

 ほぼほぼ脅迫っていうか恫喝どうかつに近いな、これ……。こんなガキンチョに脅されるって情けなさすぎやしないかな、俺……。


「とりあえず、迷惑メールの設定を消しなさい」

「はい」


 言われるがままに俺はメールの設定を解除する。


「で、二人にメールを送りなさい」

「はい」


 言われるがままに俺は二人にメールを送る。謝罪と自己紹介的な感じだ。


「後は三人で謎を解きなさい」

「……はい」


 なんでこうなるんだよ……。


「ところで清盛、最初の謎は解けたの?」

「最初の……か」


 微妙に難易度が高かった奴か。


「……まあ、解けてる」


 言うと、呆れたように女の子は息をついた。


「分かっててて黙ってたの? 性格悪っ」

「お前だけには言われたくないな……」

「で、聞かせてよ」


 俺の言葉はまったくもって無視して言う。発言権すら与えられてないのかい、俺は。


「……単刀直入に答えは、土曜日だ」

「根拠は?」


 正解とも間違いとも言わず、表情を変えないままに女の子は言った。


「星くんって名前から見ても星に関係あることは間違いない。で、後は曜日だ。月・火・水・木・金・土・日とそれぞれ星に絡めるなら、月・火星・水星・木星・金星・土星・太陽が妥当だ。この中で、溺れずにっていうことは、まあ要するに水に浮けばいいのだから土星が正解だ。土星は原理上、水に浮くということで有名だからな」


 要するにくだらないなぞなぞだったのは、これは。解いてしまえば非常にくだらない。


「……チッ、正解」

「何故舌打ちをする。ほんと性格悪いよね、キミ」

「清盛には言われたくないね」


 うんまあ俺が性格悪いのは間違いないんだけどさ。


「まあ、正確には正解なんてないだろ。星くんは泳げないっていうんだから何曜日だろうが泳ぎ切ることなんてできやしないからな」

「……うわ、捻くれてる……」


 要はなぞなぞなんて超くだらない、っていう一種のジョークだったのに、完全にドン引きされてしまった……。


「……とりあえず、こんだけくだらない謎が続くならさっさと終わると思うぞ。こんな茶番、さっさと終わらせてお前も早く家に帰れ」

「……私に帰る家なんてない」


 えっ? と俺が声を上げるとほぼ同時に女の子は手すりから降り、公園を出ようとする。


「おい、待てよ」

「……私の用は終わったよ。これ以上話すことはない」

「俺にはある。名前くらい名乗ったらどうだ」


 こんな名前も知らないガキンチョ相手に主導権を握られっぱなしというのも癪でしかない。

 だがもう女の子は興味もないと言った様子で振り向いて投げやりに言った。


「じゃあみなもとって書いてみなで」

「じゃあって何だよ……」


 とりあえず偽名だということは分かった。まあ俺に調べられても困るだろうしね……。


 しかし、「源」か。

 よくある名前とかでなく「源」を選んだ理由は何かあるのか。……まあ、名前から一字取ったとかかもしれないし、意味なんてないだろう。


 今は少なくとも、そう思うしかない。

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