島根編1


  ♥


 田舎――それは、私にとっての最大の障害であり試練である。


 そもそも田舎とは何か。広辞苑でこの言葉を調べると一番最初に出てくるのは『都会から離れた土地』である。


 私の住む島根県はこの定義を十分に満たしているといえる。なぜなら、大都会と言われるような都市からは遠く離れているからだ。福岡からも大阪からも遠く、中間点くらいに属している。一番近い都市と言えば広島だろうが、あれは大都市とは言えない。


 では、別の観点から見てみることにする。『都会から離れた』ということは、要するに都会の対極に位置する概念なのだと考えてもよいということだ。では、都会とはどういうものを言うのか、これも広辞苑から抜粋してみる。


『都会【とかい】 人口が密集し、商工業が発達して多くの文化設備がある繁華な土地』


 まず、『人口が密集し』の部分。明らかにこの町には人口は密集していない。町民二千人程度のこの町に人が集まっているとは到底思えない。まあ人口密度的に言うと北海道には勝っているはず。


 で、次に『商工業が発達して』、というが商業も工業もクソもあったもんじゃない。大体この町の商業施設って何。せいぜいあるのは道の駅くらい。まあせいぜい発達しているといったら農業くらいじゃないだろうか。


 そして、『多くの文化設備がある』。文化設備をというのを何と定義するのかは分からないが、少なくとも空を突き抜けるような高層ビルなんてものはないのは確かだ。それどころか、都会には当たり前のようにある施設がないなんてこともザラ。ボーリング場はおろか、ゲーセンもない始末。かつて都会度を測る指標などと呼ばれたスタ〇もマク〇もございません。何なら田舎の象徴、イオ〇もない。コンビニが二十四時間営業だなんて都市伝説。ていうか全国チェーンのコンビニ店なんて嘘でしょ。だってこの付近に全くないし。もしかすると、ここは日本領土ではないのか。


 さて、以上のことを総合すると、『繁華な土地』というものに全く当てはまらないことは理解してもらえただろう。繁華の対義語である閑散がよく似合う。


 つまりここは……、


「田舎、ド田舎、クソ田舎」


 と、どこまでも果てしなく広がる空に向かってポツリと呟く。なんか比較級、最上級みたいになってんな。ちなみに田舎は出雲の方言では「ざいご」ね。絶対言わないけど。


 今日も今日とて私は朝早く起き、スクールバスに揺られ揺られてド田舎高校へと向かう。

 バス車内から見える田舎道はいつも変わらない。少子化に伴って合併されたという高校も、「大自然の中で生きる」などとうたっているが二年目にして飽きた。なんだよ、校舎も新しくなったからちょっと都会に近づいたんじゃないかって期待したのに結局窓の外を見たらド田舎だから台無しじゃん。


 結局はここにいたら刺激のある毎日なんて期待できない。今日はちょっと違うところに行ってみようかなどと思っても電車は二時間に一本だし、そもそも都会らしいところに出るまでの手間の割にたどり着いた先がそんなに都会じゃないっていう悲しさがある。


 刺激、かあ……。

 自分でなんとなしに思った言葉に微妙に反応してしまう。そういえば、そういえばだ。数日前だったか、変なメールが届いたような気がする。


 迷惑メールなんてほとんど来ないし、ていうか来ても大体内容になんて気にも留めずに捨てる。見た瞬間に「あー、また来たこれ」って分かるからだ。

 それほど迷惑メールなどが来るようなスマホの使い方はしていないと思う。だがそれでも、どこから漏れたのかは定かではないが、迷惑メールが届くこともある。

 今回もそんな有象無象うぞうむぞうのメールの一つだと、そう割り切って捨てるだけにすることもできた。しかし、何故かその時に限ってはそれをすぐに捨てるようなことはしなかった。


 何というか……、そこに懐かしさとも呼べるような微妙な感情が湧き上がるのを覚えたから、というべきか。

 そもそもそのような感情が私に湧いてくること自体が珍しい。こんな田舎に住んでしまっているため、人と比べて感情が乏しくなってしまっているのではないかと疑っていたが、まだ私の感情は死んでなかったと安心したくらいだ。


 それでも流石にそのメールに返信するような真似はしなかった。だってわざわざ仕掛けてる罠に嵌りに行くなんて、アホかよほどの物好きがすることだ。賢明な私はそんなことしません、はい。


 というかなんだろうか。そのくらいの変なメールを受信した程度で刺激だと感じてしまうとか、どんだけ私刺激に飢えてんの。ちょっと感じやすくなってるのかも。ちょっと今のはやらしいな、なんか。

 などと男子ウケの良さそうな言葉選びをしていると、バスは田んぼ道を抜け、なだらかな坂を登っていく。その坂を上った先に私の通う高校がある。


 合併された学校のうちの一つを改修して作ったという校舎は、この田舎の風景に似つかわしくないほどに照り映えている。わざわざ建て替えてまで作った校舎だ。気合が入っているのは分かるが、如何せん人口がそもそも少ないのだ。広範囲の地区から入学者を募ったといえども、全校生徒はやはり少ない。


 なんでも他地区の生徒や他県の生徒の受け入れまで検討しているみたいだが、誰が好き好んでこのクソ田舎に来ようってんだ。そんなことで入学者が集まると考えている奴も、それで入学してくる奴もどちらの気も知れない。


 私も惰性のようにこの学校に入学したが、よくよく考えてみれば高校入学の時点で行動を起こしてもよかったのだ。全寮制の学校とか、都会のお嬢様学校とか、ね。

 だけど、中学三年生のうら若き自分にその勇気はちょっと湧いてこなかった。まだ初心で黒さなんて微塵みじんもなかったころの私は、このド田舎にうんざりしながらもこの高校への入学を決意したのだった。決意まではしてないかもしれないが。


 高校卒業後の進路まで考えているわけではない。だが、進学か就職か。そのあたりの決断はもう迫られてきている。私の偏差値的に言うと進学は余裕でできるし、大学もけっこうよりどりみどりなのだが、かといって進学したい明確な動機があるかといえばそうでもない。


 まあ強いて言うならこの田舎を脱出することだけど、それなら就職でも大丈夫だしなあ……。都会に行って大学デビュー☆なんて、いかにも浅はかなJKが考えそうなことをしたいとも思わないしなあ……。


 とかなんとか思いながら結局その結論を先延ばしにしてきて早数か月。季節は秋真っ盛りとなっていた。

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