北海道編3

俺は身じろぎ一つせず、答えた。


「……どうしてそう思う」

「だってさ、青の様子見てたら答えに悩んでる感じは全くないし、大体答えが分かって無いのなら、私に相談なんてしないでしょ? 答えは分かっているのだから、答えたい。だけれど、安直に答えたくもない。微妙な心境だから私に話したってわけ」


 なんで妙に断定口調なんだよ……。まるで俺の心境をズバリ言い当てましたと言わんばかりの顔だった。


「……どうだか。そんなこといちいち考えてないから分かんないさ」


 これは本当のことだ。答えが分かっていたから絢星にこのことを伝えたのかといえばそうういうわけでもない。答えが分かっていなかったら話していなかったのかなんて分からない。


「ま、でもその言い方だと、答えは分かってるってことだね」


 そのことに対しては否定することもない。俺は首肯しゅこうする。


「一応、な」

「ふーん、ま、さすが青、ということにしておこう」


 全く褒められてる気がしないのはなぜだろうか。たぶんその口調と態度のせいだろうが。


「で、どうするの?」


 続いて尋ねられる。「どうする」の意味が分からず、俺は返答に詰まる。


「どうするって」

「いや、答え、返すの?」


 今さら何を。こんなくだらない茶番に付き合うほど俺もお人好しではない。


 そう答えようとするのだが、改めて絢星に問われるとどうにも答えが返せない。

 答えの代わりに出てきたのは、何とも情けない言い訳臭い文句だった。


「それを相談してるんだよ」

「じゃあ返せば?」


 俺の微妙な心境に反し、絢星はサラリとした口調で言ってのける。


「お前、適当に答えすぎだろ」


 俺は口を尖らせて言うが、我が幼馴染が動じることは全くない。


「でも、青は返したいんでしょ?」


 追い打ちのように言われる。


「別に返したいというわけでもないけど」


 返したいのかと言われると、それも分からない。自分のことだというのに、本当に分からないのだ。


「気にはなってるんでしょ? じゃあ返してみて、様子を見たらいいんじゃん。ヤバそうなら即撤退。そんなんで大丈夫でしょ」


 本当に簡単に言うよな……、と思いつつもどこか安堵した気持ちになり、俺は言う。


「……ま、お前の言う通りか。とりあえず返してみることですぐに問題になるってわけでもないだろうし」


 うんうん、と言いながら絢星は満足げに頷く。


「よしよし、それでいい。……はい、それじゃあ」


 そう言って手を差し出す絢星。はて? と俺は首をかしげて尋ねる。


「何だよ、その手」

「いや、相談料」


 どこの法律事務所だよ……、と思いつつも逆らえはできずに目を逸らしながらボソリと言う。


「……ジュース一本でいいか」

「うーん、安いけどまあ許す。ていうかジュースとかもう寒いからいらないので。あったかいのでよろしく」


 いや、買うのも俺なのかよ……。まあ昼休みはまだあるからいいんだけどさ。


「それか、このなぞなぞの答え、教えてやるってことでどうだ?」


 買いに行くのも億劫おっくうなので聞いてみる。


「いや、別にいい」


 即答だった。それも清々せいせいするほどの。


「何だよ、分からないって言ってた癖に」

「いや、それでも青に教えてもらうくらいなら自分で考えるよ、それほど難しそうでもないし」


 そんなに俺に教えてもらうのは嫌なのか。まあそれならいい、精々悩んでいるがいい。

 そう思うと俺は、自動販売機に向かおうと立ち上がる。


「ところでさー」


 絢星が不意に声をかける。


「何だよ」

「さっきのメール、もう一つ気になるんだけど、『助っ人』って何? ちょっともっかい見せてよ」


 今さらかよ、と思いながら俺は再びメールを開いて見せる。

 ふむふむ、とメールを覗き込む絢星。


「もういいか。あんまり待たせると、買いに行ってやらないぞ」


 そう言うと、俺のスマホから顔を離し、ああいいよー、と手をひらひらさせる。


「大体分かったよ、要するに一緒に謎を解いていくグループみたいなのがあるってことだね」「まあ大体合ってる。とは言え、この程度の謎だったら誰かと協力するまでもないし、そもそもこのメールアドレスが本当に存在するのかも怪しい」


 この「助っ人」については基本的に疑ってかかった方がいいだろう、というのが俺の見解だった。


「そうかもだけど、本当に誰かのメールアドレスなのだったら、折角だし協力し合ったらいいじゃん。ほら、三人寄らば文殊の知恵とか言うでしょ」


 そんな風にポジティブに考えられるのならいいのだけど。本当に誰かのメールアドレスなのだとしても、向こうに協力する気がないのなら、そもそも成り立たない話なのである。


「まあ、そういう感じになれば協力するさ」


 結局微妙な感じで言葉を濁しておくに留めた。実際そういう感じになったとしても、会ったこともなければ言葉を交わしたこともないような人間とうまく関係を築ける自信はない。


「ま、がんばって」


 そう言うが早く、絢星は教室を出ていく。忙しい奴だ。


 とりあえずは、何かの解決になったとも思わないが、メールを返してみようとは思う。それでどのようなリスポンスがあるかによって俺の取るべき行動も変わってくる。

 助っ人の存在も気になるが、幸い助っ人の協力がなくとも、今のところは謎が解けるようになっている。向こうにその気がなくとも、先へ進むことはできるはずだ。


 そう思い、スマホを見る。電源を付けると、先ほどまで絢星に見せていたメール画面が表示される。


 そこから俺は、返信を押し、本文に答えを放り込む。

 そして、そこからやや躊躇ちゅうちょしたが、ええいままよ、とばかりに送信ボタンを押した。


 一連の作業を終え、ふう、と息をつく。何となくやってしまったという思いもあるが、それよりもなぜか安心したような気持ちが強かった。


 さて、と気を入れると俺は立ち上がる。絢星にお礼の一本を買ってやらないとな。


 この件はこれでいったん忘れる。俺だって忙しいんだ。副会長とは言え、生徒会の一員。まして会長が経験のない人間となると、引継ぎとかもけっこう時間がかかる。


 そう思い、放課後のことに思いを巡らせながら俺は寒風の吹く廊下へと歩いて行った。

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