帰ってニケアとイチャイチャするんだ

 朽ちた遺骸と、金属鎧が散らばっている。

 夏休み後の、カブトムシ飼育ケース内のような惨状だ。


 ここは、バレンヌシア闘技場『ドラゴン追い祭り』のメイン会場。


 オレ達は、数ヶ月ぶりに、ここへやってきた。


 ずっと引き籠もっていた大商人の屋敷からここまで、数匹のドラゴンや、殺気だった他の祭り参加者とのエンカウントはあったのだが、難なく撃退してここまできた。

 というか……難なく撃退をしたのは、主にニケアです。

 ニケア無双です。


 今も『エルフの魔装剣士』モードのまま、碧いオーラを漂わせてオレの傍らを歩いている。そのまま黒ドラゴンもいけるんじゃね? そんなことが頭をよぎるぐらい、圧倒的な戦闘力なのだけど……


 じっさいに、闘技場のリングに存在する黒ドラゴン『冥王黒神暴君究極悪魔皇帝龍ヘルエンド・ダークネスオブ・フェルディナントワグナス』を前にすると、そんな考えが打ち消された。

 圧倒的な質量感と禍々しいオーラ。みた者の心を不安にたたき落とす、死を越えた先にあるような、なにも映さない虚無の瞳。


 これは――


 まともにやり合っては、いけない相手だ……。


 オレは警戒して、黒ドラゴンとは最も離れた位置。闘技場の観客席のいちばん端の上、全体を見渡せる場所にポジションをとった。


「いよいよだな……」オレが独りごちる。


 だまってうなずくエルフ嫁とアステマ。そしてジェラート。


 なまぐさい風が、動いたようにかんじた。



 😈



「よし、ジェラート『ですっ☆ノート』に描いてくれ」


「わかった。任せてくれ。あの黒ドラゴンは父や兄の敵のだからな……」


 片割れという部分に力を込めてジェラート。

 いわれた、もう片割れである主は、もちろんアステマ。


「こっちみんな! ペッペッ」


 と、当の本人は、ジェラートにツバを吐きかけるという酷リアクション。


「……ダイスケ殿。この『悪魔のノート』は、悪魔自体にも効果があるのだろうか?」


「は? なにいってんだこいつ。やれるもんならやってみな。すこしでもおかしなものを描いたら、額で蜂蜜酒ミードを飲める身体にしてやんよ」


 ステンレスシルバーの銃をチラつかせるアステマ。

 懇願してきたから、一時的に銃を貸してやったんだけど……。


「チッ。…………いつか、かならず……」


 殺意を込めた視線のジェラート。

 ……この二人は、ほんとに仲が悪い。仕方がないけど。



 😈



「くっ、そんな。このままでは黒ドラゴンを描くことはできない……」


 しばらくして、ジェラートの筆がとまった。頭を抱えている。

 おいおい、どうしたんだよ?


「勇者殿。あれをみてくれ……」


「黒ドラゴンがなにか?」


 とくだん変化はないようにみえる。


「首を巻いてしまっている。頭部がみえないんだ……このままでは描くことができない」


「あ……いわれてみれば……」


 たしかにジェラートの言うとおりだった。いつのまにか黒ドラゴンは首を曲げて、頭部を身体に抱き込むように寝てしまっている。


「いや……とりあえず、そのまま描いてくれ」


「画というのは、そういう訳にはいかないのだが……対象をきちんとみて描かねば完成度が……見たものに印象を伝えるためには……特に眼が……」


「そういうのいいから! とりあえずさっさと描く!」


「……しかし」

 

 ブツブツいうジェラートを急かして、画を描かせた。



 😈



「いちおう……完成したのだが……」


 ジェラートがみせてきたのは、首を抱き込んだ状態での黒ドラゴンの図。よく出来ている……だけど。


 な に も お き な か っ た。


 マジかよ……。


「どうやら、頭部をきちんと描かねばダメなようだ」


 めんどうだなぁ。さっさと描かせてくれ。そんで死んで『ドラゴン追い祭り』を、終わらさせてくれよ。オレとニケアをはやく結婚させてくれよ。


 ……とはいえ、仕方が無い。


「すこし待ってみるか……。そうだ、腹も減ったし、ニケアがつくってくれた弁当でも食おう」


「了解した」「そうですね」「そうだね」



 😈



「………………」


「ダメみたいですね」と、愛するエルフ。


 観客席に座り込んで、しばらく待ったけど黒ドラゴンは微動だにしない。そうするうちに、日が暮れかかっている。


「どうする勇者殿? 日を改めて出直すか?」


「それがいいかもな……いちど屋敷にもどろう」


 迷わず安全策をとるオレ。

 ここでヘンに動く必要性はまったくないからな……。ここでよくある勇者サマは、無駄にイキって『自分が囮になるっ!』とかいって、突っ込んだりするんだろうけど……。オレは引き際を心得る系の、真の勇者といえた。むしろ、上司にしたい勇者ランキング上位に食い込むであろう素質の持ち主であるといえた。


「ハイ、みんなここまで。帰るぞ、撤収~!」


 オレはみんなに声をかけて、闘技場を後にした。


 そうだな。疲れたから明日は……ゆっくり休むとして。ニケアと蜂蜜酒をたのしまなきゃいけないから……明後日か……、うん。明明後日しあさって以降にでも、またがんばろう。そのときに本気をだそう。


 今日は屋敷に帰って、ニケアに氷をだしてもらって、蜂蜜酒に浮かべて、それを飲みながら、いつものようにイチャイチャスーパーエルフタイムするんだ。


 ……そうだ、ニケアにお願いして『魔装剣士』モードのままキスしちゃおうかな~。ぜったい嫌がるだろうけど、きっと……。でも、むふふ……。



 😈



「……あ」


「そんな……」


「……屋敷が」


 目に飛び込んできたのは、盛大に燃えさかるオレ達の屋敷。

 力がストンと抜けて、膝からその場にくずれ落ちる。

 

「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 オレの絶叫が、石畳のバレンヌシア街角におおきく、……とても、おおきく響きわたった。

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