ふたたび燃え上がるアステマとの関係

「いったいだれが、こんなことを……」


 盛大に燃えさかる屋敷の炎で、オレ達の陰はながく後ろに揺らいでいる。


「ダイスケさん……」


 オレの服の裾をぎゅっと掴むニケア。いいたいことは解る。


 オレとニケアの思い出がたくさんつまった屋敷。


 居心地のいい部屋。ふかふかのクッション。ニケアと、どれだけの言葉を交わし、触れ合いを重ねてきただろう……。

 できれば、ずっとこのまま暮らしたかった。もし祭りを終えることができたのならば、ジェラートにかけあって、この屋敷を報酬に貰おうとさえ考えていた……。


 だが、それは叶わない。どんなに願おうとも、2度と同じモノは手に入らないのだ……。まるで過ぎゆく時のように。


「誰がこんなことを……」


 オレはそんなことを口から漏らし、何気にアステマをみた。しゅんかん目があって、反射的にパッと目を反らすアステマ。

 しかも、手を上に組んで、音程のズレた口笛まで吹いている……。


 か……。


 ……ですよねーーーー。


「アステマさん。どうしたんですか? きゅうに口笛なんて吹いたりして」


「べ、べつに……」


「あ、キサマ。まさか!?」憎しみのこもった視線でアステマを睨むジェラート。勘がいい。


「あ……う……」


 言葉に詰まるアステマ。そんな悪魔をジトッ。と睨むニケアとジェラート。みるみる場の空気が悪くなる。


 「そんなことよりも……陽が暮れる。とにかくいまは、こんや泊まる場所を確保しよう。ごめんニケア、また先頭を頼む」オレは嫌な空気を断ち切るように言葉を発した。


「……は、はい! ダイスケさん!」


「ジェラートとオレは真ん中。アステマは銃をもって後方。わかったか?」


「……了解した」


「う……うん」すぐれない顔色で、アステマから弱い返事が返ってきた。



 😈



 オレ達は、闘技場と屋敷の途中にあった、比較的マシそうな民家に宿をとった。もちろん、中は荒らされており、廃墟といった様子だ。


「なにもありませんね……」


「そうだな……」


 家の中の戸棚なんかを漁るのだが、とうぜん戦果ゼロ。


「雨風がしのげればそれでいい。……と、いっても魔力ドームの中だから、雨も風もないけど……はは」


「ふふ……そうですね」やわらかな笑顔をうかべるニケア。


 それでも、壁と屋根があるというのは安心なものだ。


「夜が明けたら、闘技場にいこう」


「それしかないですね……」


「ジェラート、画をまた頼むよ」


「それはよいのだが……」チラとアステマに視線を流すジェラート。


「いいたいことはわかっている。でも、今夜は休もう」


 オレは話は終わりとばかりに、傍らのエルフにボロ毛布をかけ、頭をやさしくなでた。彼女の澄んだ碧眼にうつるオレの表情は、おだやかなものだった。自分自身、こんな表情をする日がくるなんて、異世界に来る前は思いもよらなかったことだ……。

 頭のなかはいろんな考えがめぐっている。

 ……もしかしたら、明日もドラゴンは首を巻いたままかもしれない。

 もしかしたら、ノートの効果がドラゴンに効かなかったとしたら……。もし……彼女を失うようなことに……。

 ……よそう。いまはそんなこと考えても仕方が無い。


 もはや住むところはおろか、水も食糧も無いのだ。

 決戦を挑むしか、選択肢はない。


 オレ達の明るい前途への路は、どこまでもか細く頼りない。

 


 😈



 夜半。


 オレはトイレに立った。隣の部屋までいって、そこで手軽にすまそう。行儀は悪いが、外まで行くのは色々と怖いし……。


「やっぱ、身体痛ぇな……」

 ほぼ直に床に寝ているのだ、ぜんぜん疲れがとれない。


 そんなことをつぶやきながら、用をたしていると……背後に人の気配。


「ダイスケ……」アステマの声「……さっきは」


「なにもいうな……」


「で、でも……」


「…………。すんだことだ」


「だけど……」


「どうせおまえのことだ、ガバナーを火葬したんだろ。屋敷のなかで」


「すべておみとおしか……」


 ビンゴかよ! と心中でツッコむオレ。どんだけだよアステマ。


「ダイスケ。聞いていい?」


「なんだ」


「なんでダイスケはあたしに優しくしてくれるの? 屋敷に置いてくれたし、銃も貸してくれた。そしてさっきは 庇って――」


「それはトモダチだからだ」チクリとしたものがオレの心に刺さる。

 トモダチ……。便利な言葉だ。

 ……解っている。そんな関係ではないことぐらい……。

 そんな関係で満足できて、おさまってしまうほど、アステマに対する想いが、ちいさいものではないことぐらい……。


「トモダチ……。そっか。……あのさ、ダイスケ……。好きにしてもいいよ」


「好きにって……」


「その……せふれ。遊びでも、いい……」


 オレの背中にそっと触れてくるアステマ。ちいさな唇の感触がした。

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