『大商人の館殺人事件』の真相

 オレ達はジェラートの部屋の前にきた。

 扉のノブをしずかに回すと、鍵がかかっている。オレは横にいるニケアに目配せをした。すると、それに応えてニケアが片手を跳ね上げる。扉は一閃され、ゴトンと音をたて部屋の内側に落ち込んだ。


 氷剣……なんつー切れ味だ。

 そして、魔装モードの怜悧な表情をうかべたニケアはうつくしい。ふだんは柔和なおっとり系なだけに、そのギャップに全オレが萌えた。


「……どうかしましたか?」オレの視線に気がついて、こちらに振り向くニケア。瞳が放つ碧い光彩が空間にのこる。


「綺麗だなーと、おもって……」


「な、なんですか……きゅうに……」


「あのさニケア。さっきはほんとうにゴメン」


「それは……いえ……ニケもダイスケさん殺めてしまいましたから……」


「こうして生きているし、気にしないで。なんかオレ、いつのまにか魔王になっていたらしくてさ……おどろいたよ。気持ちわるいよな」


「気持ちわるくなんてないです! ダイスケさんはダイスケさんですから!」


 ニケアは出会ったときからそうだ。オレの全てを受け入れてくれる。そんな娘を悲しませるなんて、オレはなんて愚かなんだろう。二度とそのようなことはするまいと心で誓った。


 しぜんと肩に手をやり、自慢のエルフ嫁を抱き寄せた。この先のオレの人生は明るい。ニケアといっしょなら。こんな状況で根拠はないが、そう思えてしまう。


 見つめ合うオレとニケア。


 ――ペッ。


「不真面目か! あんたたち、なにしてんだこんなときに!」


「……そ、そうだったな」「……そ、そうでした」


「ふんっ、ダイスケの………………ばか」


 そしていちおう……こいつアステマもいる。

オレの人生はきっと明るい。



 😈



 ベッドに上半身を起こしたジェラートの姿。

 手には剣を構えていた。あたりまえだが、こんな夜更けにドアを破壊して侵入するオレ達に警戒をしているのだろう。


「……なんだ、異世界の勇者殿か。わたしはでっきり悪魔のヤツかと……」


「ざんねん……あたしもいるよ」


 オレのうしろから、ひょこっと姿をみせるアステマ。


「悪魔!? キサマ!」


 敵意に満ちた視線をアステマに投げかけるジェラート。


 ジェラートが侵入した一件いらい、アステマはここには来ていないはずだ。そういうオレも、ロークとブッケに世話を任せっきりであまりきていなかった。ニケアもその手伝いをしていたらしい。最近はずいぶんと具合がよくなったと聞いていたが、たしかに目の前のジェラートは、ずいぶんと顔色もよく本来の貴公子っぷりが戻っている。表情には陰りがあるが……それはそうだろう。


「ジェラート! よくも、あたしのガバナーを!」


「ガバナー? なんのことだ?」


 本気で何をいっているのか解らない。といった様子のジェラート。そういいながら、やれやれ……といった感じで、構えた剣を鞘に収めている。


「しらばっくれてもダメだからね! さぁ、おねがいします!」


 ススッと横にずれるアステマ。その流れでニケアを前に押し出す。 


「え、えっ!?」


「ふふん、ジェラート。抵抗しても無駄だよ。こっちには戦士ジョブの上位職、近接戦闘エリート中のエリート。泣く子も黙る血に飢えた狂犬。エルフの魔装剣士がいるんだ! さ、やっちゃってください!」


「それ……なんか照れます」ほんのりと頬を染めるニケア。

 ……いや、それ誉められてない。


「で……ダイスケさん? どうしましょう? ジェラートさんは……」


 ……勢いでここまできたんだが、オレは戸惑っていた。それはニケアもおなじらしい。目の前で平然としているジェラートの動機がまったくみえない。ロークやブッケ……まして、子ネコまで殺める必要がどこにあるのだろう?


「……そうだな、考えたんだけど、ジェラートがやるわけないよな……」


「そうですよね。アステマさんならともかく……」


「だな。アステマならともかく」


「どういう意味よ! なんであたしがガバナーを殺さなきゃなんないのよ!」


「裏切り者には死を、的な……」


「だから、あれは誤解だったって! あたしとガバナーの間には、たしかな絆が!」


 ……なかったとおもうけど、そんな絆。


「あの……異世界の勇者殿。すまないが、君らなにをしにきたのかな?」



 😈


 オレがジェラートに話をどうきりだそうか考えていると、ニケアが口をひらいた。


「あ、ジェラートさん。ついに出来たんですね、その絵……」


「そうなんだ。ついさっき……ね」


「ほら、これみてくださいダイスケさん。ジェラートさんって、絵がすごく上手なんですよ」


「……幼少の頃から、手慰みに習っていたからね。絵がすきなんだ。このような立場でなければ画家になりたかったよ……はは」


 ニケアが駈け寄った先は窓際のスペース。

 そこには飾られた一枚の絵があった。描かれているのは、笑顔の老夫妻。ロークとブッケの姿だ、そして椅子に座るブッケの膝の上には子ネコのガバナー。見事な出来映えの絵だ。


「ロークとブッケには世話になっているからね。いまはこんなことしかできないが、せめてもの礼を兼ねて、ね」


「ああっ! ダイスケ……!?」


「どうしたアステマ?」


「……もしかして」


「……うん?」


「もしかして、これって……」アステマが絵に駈け寄り、背面を確認すると オレにむかっておおきくうなずいた。そのままパタンと閉じて黒い表紙をオレに見せた。


「あ……あ。そういう……そういうことだったのか……」


「うん……間違いないね」


「すべての謎は解けた」


「これで……ガバナー達の、不可解な死の原因がわかったよ……」


「え? え? 原因がわかったって、どういうことですか? 説明してくださいダイスケさん! アステマさん!」


 そう、ジェラートが絵を描いたキャンバスは、見覚えのある黒いノートだった。


 アステマの悪魔アイテム。


 イラストで描かれた対象を死に至らしめるという――


 『ですっ☆ノート』……。

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