アステマの苦すぎたあめ玉。
「ニケア!?」
――そこに立っていたのは、愛するエルフだった。
……なんてな。
だったら、間違いなくバッドエンディングだ。さすがに、この現場をニケアに見られたら
……問答無用だろう。魔力がほとんどないアステマ。そして、そもそもオレでは魔装化したニケアの前では話にならない。2人揃って仲良くあの世行きだ。
それぐらいオレもわかるから、そのような過ちをくり返さないようにと、ドアには鍵をかけておいた。こういうイベントを防いでいくスタイルのオレは、やればできる子。なのでニケアという可能性はない。ロックとブーケも食堂にいっしょにいたから、この部屋の中にいる可能性はない――
って、じゃあ誰?
「ね? ダイスケ? なんかいるよ……」
「……ああ、そのようだ」
部屋の奥。たしかに何かが動いた。アステマも気がついたらしい。
オレはアステマの銃を構えつつ、物音がした、奥の暗がりに灯りを向けた。
「!? た、たすけてくれ! 命だけは……」
――そこには、全身ボロッボロの男がいた。
変わり果ててはいたが、オレとアステマはその人物に見覚えがある。
「「ジェラート……」」
オレ達の声がハモる。バレンヌシア帝国の次男がそこにはいた。……いや、父と兄を黒ドラゴンの前に亡くしたいまは、現皇帝であろうジェラートだった。
「異世界の勇者……か。よかった……たすか……った」
かすれた声でそういうと、ジェラートはその場で体勢を崩す。
「おい、しっかりしろ!」
駈け寄って声をかけるが、ジェラートの返事は無い。完全に気をうしなっているようだ。
オレは隣にいるアステマに目配せをすると、その意味に気がついたアステマは、だまってうなずいた「あたし、みんなを呼んでくる!」と、立ち上がると、部屋のドアを勢いよく放つ。
――ゴン。
「いたっ!」
「あ、ニケ……。あんた、こんなところで、なにしてんの?」
「どうしたアステマ……」
近づくと、扉の影にしりもちをついて、額をさする少女の姿。
「……いたた。アステマさん……きゅうにドアを、開けないでくださ――」
「……ちょうどよかった。ニケア。ロークとブッケを呼んできて。知り合いなんだけどさ、
「え……あ、はい!」
声をかけると、ジェラートを確認したエルフは、廊下を駆けだした。
😈
「あのさ……」
「なんだ?」
「……なんで、ニケはこんなとこにいたのかな。ダイスケは、どう思う?」
「そりゃあ、決まっている」
「うん……」
「命拾いした」
ドアに鍵をかけていて、大正解。
😈
あれから、オレとロークでジェラートを寝室のひとつに運び込んだ。
ボロッボロだった服を着替えさせ、ベットに寝かせた。
ジェラートは片足を失っていた。ドラゴンに喰われたのだろう。その一点だけで、彼がどのような環境に身を置かれていたのか想像できた。現皇帝でもこの扱いなのだ、帝国の秩序や統制といったものは、崩壊しているに違いない。きっと全員が全員、己が生きるのに必死なのだ。すくなくとも、祭り会場であるドームの中では。
そんなジェラートは、いまは穏やかな寝息をたてている。疲労困憊の極致だったようで、命に別状はないようだ。オレとアステマはベット脇でその様子を眺めていた。
「こんなふうになったのって……あたしのせいだよね」
「そのとおりだ……」
『ドラゴン追い祭り』を盛り上げようと、
結果。黒ドラを誰も倒すことはできないまま、祭り会場に閉じ込められて今日に至る……って、こんな説明をしている、オレ達の運命もまだ解らないんだが……。まじでどうなる?
「ジェラートにわるいことしたかな……」
「……だな。おもいっきり」
「そんなにわるいこと?」
「そりゃあ、目の前で家族を殺されて、国も滅ぼされかけて、自分は片足失って地獄みて……これ以上悪いことって、そうそうないだろうな」
「そっか……」なにやら思い詰めた表情のアステマ「…………。ジェラートが起きたら……あたし、あやまろうかな……」
「へ? アステマ。いまなんと?」
「すこしだけ……なんか、わるいことしたかなーて……」バツが悪そうにしている悪魔っ娘。
「…………。(そんなことをしても、無意味だろう)」
と思ったが。言わずにおいた。
「ダイスケは、どう思う?」
「……いいんじゃないかな………………たぶん」
予想外だった。予想外すぎた。
……そんなことを感じるだけでも、進化というか、変わったなアステマ。悪魔のくせに……。悪魔が人間に謝罪する。これって有史以来レベルでの画期的なことなんじゃないだろうか……。
とはいえ、どんな言葉や たとえ命を差し出したとしても、贖えぬ、許されぬ罪はある。オレがジェラートの立場だったとしたら……。
😈
「う……ん? ここは……」
「あ!? ジェラート!」「気がついたか!」
「異世界の勇者殿……そうか、私は……」
「や、ジェラート」目を覚ましたジエラートに対し、掌をむけて、ニパッとした笑顔を向けるアステマ。
「!? 悪魔! 貴様!」そんなアステマへの敵意をむき出しにするジェラート。むりはない。目の前に父と兄を殺したやつがいる。
「お、おちつけって……」オレは間にはいって、それをなだめた。
「何故だ勇者殿? 何故こんなやつと、いっしょに……」
「いや、これには事情が……色々とあってだな……」
そんなとき「ゴメンナサイ」と、アステマはペコリと頭をさげた。
「え? これは……」とつぜんの謝罪に戸惑う皇帝。視線をそのまま向けてくるが、オレだってどう反応していいのかわからない。
「あのさ……ジェラート。うけとって。お詫びといってはなんだけど……これで水にながしてね。……いままでのことぜんぶ。過去はもう忘れよう。あたしも忘れるから。未来志向で向きあおうね」
そういって、握った手をジェラートに差し出すアステマ。すこし時間差があって、その掌が、ゆっくりとひらかれた。ゆっくりと。
オレとジェラートの視線が集中する。
「……いったい」「……これは?」
――そこにあったのは……。
「あめ玉……」
「………………………………………………………………」
「これはあたしの、ほんの気持ちだよジェラート」
……ほんの気持ちすぎた。
「――ッ。馬鹿にするな! ふざけるな悪魔! おまえだけは、ぜったいに殺す!!」
アステマにとびかかる皇帝。こんなにボロボロなのに俊敏すぎる動き。
「ちょ、待てってジェラート! 気持ちはわかる! すんごく気持ちはわかるから!」そういいながら、オレは全力で羽交い締めをする。
「い、いたい! 放してよ! おまえなんだ人の好意を!」……いや、悪魔の悪意だろ。とおもったが、ツッこまないでおく。「あったまきた!
「ここはいいから! とりあえず、あっちいけアステマ! ジェラートもおちつけって!」
「止めないでくれ! こいつは……こいつだけは……!!」感極まったのだろう。ボロッボロと涙をこぼすジェラート。オレは同情する。
「なんだそれ! こいつ頭おかしいよ! あやまったのに! あたしちゃんとあやまったのに! こいつ燃やしちゃおうよ! やるべきことをやっちゃおうよダイスケ!」
「いいから、おまえは部屋を出ろ! あっちいけって!」
「わかったけどさ……。あーなんか。あやまって損したきぶん……」
アステマはやれやれと首を振ると、――ポンと、手にしたあめ玉をじぶんの口にとばす「こんなに甘いのに。人間ってよくわかんない……」そういって口のなかで、コロンとあめ玉をころがした。
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