アステマる
ん? ここはどこだ?
どれだけの時間が経ったのだろう?
真っ白い、どこまでも真っ白な空間にオレはいた。
上をみても下を見ても真っ白。
そんな空間に、自分だけが存在している。
水中にいるような、宙に浮いているような、よくわからない不思議な感覚。
意識だけは、思考だけはしっかりとしている。
……あ、そうか。オレ、死んだんだっけ。
ニケアの槍に貫かれて、アステマの炎に焼かれた。
あっという間のオーバーキルだったので、痛さを感じる暇もなかった。
さすがに、痛さで苦しんで死ぬのは勘弁だから、そういう意味でいい死に方だったと言える。
だとしたら、ここが死後の世界なのだろうか?
そういえば、過去にいちど同じ体験をしていたな。
あのときは突っ込んできたトラックに撥ねられて、そのあと気がついたらこうだった。そして目覚めると、目の前にアステマが現れて……。
今回は、前回とちがって、ずいぶんと間があいている気がする。
……ま、いいか。考える時間はいっぱいありそうだし。
時間というものが、ながれているのか疑問だけど。
😈
…………。
暇だな。
しかたない。暇つぶしに、異世界にきてからを振り返ってみるか。
まずはなんといってもオレの嫁。ニケア。
とにかく、かわいかったな。……最期はすこし怖かったけど。アステマの嘘で、あそこまでブチ切れるとは……。でも、それだけオレを愛してくれてたってことだよな。このあとどうなるんだろうか? なんとか『ドラゴン祭り会場』から無事に脱出して欲しい。ニケアといっしょに暮らしたかったけど、ふしぎと思いのほか未練が無いんだよな。この1ヶ月で十分満足をしたというか、ニケアからは一生分の幸福をもらった気がする。
…………。
アステマ。メチャクチャなやつだった。けっきょくのところ、異世界に来てからのオレは、終始こいつに振り回されただけだった。そもそも出会いも酷かったしな。自分でトラック運転して跳ねてくるってどんな女神だよ――って、思ってたら正体は悪魔だったから、納得だ。なんか女神になりたがっていたり、ニケアと因縁がありそうだったけど……いまとなっては、もう、いいか。
…………。
あとは……モブだけだな。特に語ることも無い。
…………。
なげぇな。
この間。現代っ子にはキツイだろ。
ネットとか、ないの?
…………。
ここまできて、最悪なのは夢オチだな。いままでの全部夢でさ、家のベッドの上で目覚めて、いつもの日常開始みたいなの。んで学校。……おっそろしく単調で、つまらねぇんだよなオレの日常。他の誰もが同じなのか、気になるところだ。あーもどりたくねぇなぁ。だとしたらこのまま、ここに居させてくれないだろうか?
起きたくないな……。
😈
「あたしは悪――じゃなかった、女神です」
「アステマじゃん。こんなところで何してんの?」
「や、ダイスケ」
しばらくして現れたのは。やっぱりアステマ。なぜか悪魔っ娘コスではなく、白いヒラッヒラ衣装に戻っている。古代ローマ風の女神衣装だ。
「まってたぞ、アステマ」
オレは素直な気持ちを言葉にする。ホッとしたというのが実感だ。
「え……うん。またせてゴメンね」
すこし照れたような表情をするアステマ。こいつの、こういうところは好きだ。
「それにしてもアステマ。おまえ……まだ、女神キャラを護ろうという意志あるのな……自分から悪魔だと正体を明かしたのに、いまさら……。えらいなアステマ。がんばってるなアステマ」
「は? あくまじゃ―― う、うっさいわね! ほっといて! 女神は、あたしにとって大事なことなの! なぜなら……そこにはアステマさんの身に起こった事件。衝撃の過去があった!? 決意をひめた彼女の、知られざる波瀾万丈の……………………ダイスケ聞きたい? ねぇ? 聞きたい?」
「べつに」
「えー、そこは…………聞いてほしいんだけど……」
すんごい残念そうな顔をするアステマ。こいつの過去なんぞ、オレの知ったことじゃない。
「で、なにしに来た?」
オレはめんどくさそうなので、話を進める。
「そうだった……。えー、ダイスケにチャンスをあげます」
「チャンス? なんの?」
「正しい選択をすれば、生き返ることができるから」
「お! マジで? やった!」
期待通りのアステマの返答に、オレの心は躍る。よかった。夢オチとかではなかった。
「マジ。でも正しい選択をしたら。だからね」
「正しい選択?」
「ダイスケの……は、伴侶をえらぶの」
小声でアステマ。
「伴侶? ああ、結婚相手ね。……え? だったらオレ、ニケアと」
「それは生前の話でした。ダイスケは死んだから、それノーカン」
「ノーカンて」
「くれぐれも、正しい選択をするんだよ? これからダイスケが、自分の伴侶にふさわしいと思う方を選んで。素直な気持ちで良いから。いい?」
「(コクリ)」
オレはだまって首を縦に振る。なにをするつもりだろう。
「では、はじめます」
そういって、アステマが取り出したのは、立派な額に入った2枚の絵画。
「まずは、コイツ。地獄の鬼も哭く~『ブチ切れ極悪酷エルフ娘。ニケ・ケルベロス・アムステルダム』」
金髪ミディアムボブのエルフ美少女の画。ニケアだ。でもその表情は、悪人の笑みをうかべて不敵なもの。西部劇でよくみかける、多額の賞金がかかっている感満載のウォンテッド画。金塊とか超似合いそう。
いや……ニケアはこんな表情しないだろ。
「……名前増えてるし。ケルベロスて」
もう、どこからどうツッコんでいいか……オレ、判らない。
「そんで、こちらの尊いお方。世界から戦争がなくなりますように~『可憐聖少女美女神。アステマ・アルテミス・アマテラス』」
紅ショート髪の美少女。アステマの画。なんか神々しくて、宗教感を感じさせるフレスコ画っぽい。慈愛をにじませた清楚な笑顔だ。
……おまえのそんな表情、みたことないけど。
「『世界から戦争がなくなりますように』て、ぜってーお前、そんなこと願ったこと無いだろ。あと名前」
ここまでくると、脱力感しかない。
「さあ、伴侶をえらびなさい」
両手でニケアと、じぶんの描かれた絵画を持つアステマ。
こうして並べてみるまでもなく、酷い偏向内容だった。選択してといいながら、結論ありきで恣意的にも程があるだろ……『アステマる』という言葉ができそうなぐらい、偏向的だ。フェイクニュースだ。
しかし、他人の情報を鵜呑みにせず、じぶんの頭で考えて判断するのは、いまや常識。
「こっち」
オレはまよわず、ニケアを指さす。当然だ。
「…………」
――サッ。
オレが指さした方と、すかさず位置を入れ替えるアステマ。
「わかりました……可憐聖少女美女神。アステマですね」
「おい! 勝手に入れ替えんなよ! じゃあ、こっちだこっち。ニケア!」
入れ替えられた方を指さすオレ。
「――チッ」
舌打ち……からの、
――サッ。
「わかりました……女神アステマですね」
ふたたび入れ替えるアステマ。……こいつ。
「こっち!」――サッ。
「こっち!」――サッ。
「こっち! とみせかけて、あっち!」――サッ、ササッ。
オレは意地になってニケアを指さす。
そのたびに、画を入れ替えるアステマ。フェイントをかけても器用に入れ替える。
……でた。どうあっても、ニケアを選択をさせないという、クソイベント。
😈
「ハァ……ハァ」
「……はぁ、はぁ」
息をあげるオレとアステマ。けっこう長い間、不毛な争いを繰り広げていた。
「ハァ……しつこいな、おまえ」
「……はぁ……ダイスケ。あんたもね」
「オレのニケアへの愛を、みくびっていたようだな……」
「(――キッ。)このままだと、あんた、地獄におちるわよ!!」
「なんだそれ! 地獄て」
「これで最期だからね! じゃないと、あたしもう帰るからね!!」
――バシッ。
地面? に、ニケアの画を投げ捨てるアステマ。
それを足で、ぐりっ――と、踏みつける。
「!? おい!」
「さぁ、えらびなさい。心置きなく。正しい選択をするのです。正しい……選択を」
自分の画だけを胸に抱いて、ぐいぐいと選択を迫るアステマ。目がイッちゃっている。画の中との表情の落差。聖少女どこ?
「……こ、このさい、選択しないという選択はどう?――」
「空気………………………………………………………………………………よめよ」
すんごい低い声でアステマ。
…………怖ッ。
「えっと、とりあえず……ニケアの画から足をどかしてくれないか? それからゆっくりと選ぶから……(ニケアをな!)」
オレは屈んで、アステマの足下に手を伸ばす。ニケアの画を救わないと……。絵とは言え、オレの愛するエルフが踏まれているのは、気が引ける。
すると――
額にゴッ。とした固い感触。
「――え?」
瞬時に状況を理解したオレは、ゆっくりと両手をあげる。
固い感触は銃口。
アステマがオレを見下ろしながら、右手に持った銃をオレの額にあてている。
……忘れていた。そういや、こいつ銃をもってたんだ。
みると、その銃はオレでも知っているような銃だった。
コルトパイソンだったっけ? どうやって入手したんだろう? ……うん。入手経路を聞くのが、怖いね。
だから聞かないでおこう。
「選択して。
……選択肢がダイレクトになっていた。
いや、もうオレ……死んでいるんですけど……。また、ここで死ぬの? さらに死ねるの?
っうか、いま死んだらどこ行くの?
「じゃあ………………………………
このままだと終わらせてくれそうにないので、嫌々ながらオレはアステマの画を指さす。無駄に慈愛に満ちた画の表情に、イラッとくる。
「わかりました」
――パァアア。という笑顔を浮かべるアステマ。
「ダイスケは正しい選択をしました。よって女神アステマの伴侶として、再び生を授けます。じゃあ、これ……」
銃をしまい、代わりに、すんごい細かい文字で書かれた書面を出すアステマ。
「……なに、これ?」
「はい、ケーヤク書。ここと、ここにサインを。あと、ここに拇印ね。はやく! さぁ、はやく! 急いで!」
手際よく、早口でまくしたてるアステマ。
……うっわ、すんごい危険な香りがするよコレ。悪魔で契約書て……最悪な取り合わせだよ……。
でも、死んじゃっている上、さらに殺すと脅されているオレには、断ることはできない。アステマに言われるがまま、手続きを済ます。ごめんよニケア……。
「オッケー。ダイスケ」
書面を満足そうに眺めるアステマ。
「これでケーヤク成立。っと、じゃあ……はじめるね」
頬を染めるアステマ。何をする気だ?
「ちょっとかがんで」
「ん? こうか」
「ダイスケ。………………………………………………………………ダイスキ」
――つぎの瞬間。
オレとアステマの吐息が、かさなった。
唇にのる、あたたかな感触。
その触れあいをつうじて、おたがいが繋がった。
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