君だから。オレは好きになったんだ。バトル中断

 北エルフ? 王族? パパのかたき? なんの話だろう?


「……なら、あたしの本気の本気。本気のなかの120%の力で望むしかないか……グラゾーマが効かなかった以上、あの技でケリを……」


、逃げないんですか? ふふ」


「――ッ。いってくれるじゃない……。パパのかたきだニケ! あんたはここで討つ! 表にでろやぁ!!」


 中指をおったててアステマ。

 ……あ、それ。こっちの世界でも通用するんだな。


かたき? なんの話か理解できないですけど……。いいですよアステマさん。のぞむところです」


「それに……ここじゃ、また、ダイスケを巻き込む……」


「……そう、ですね。なら、屋上に行きましょう。あそこなら広いです」


 チラと。こちらをみて、ニケア。


「ダイスケ。また後で」


 そういうアステマの表情は、いままでになく真剣なもの。


「後で? そんな約束……無意味ですよ。無事、再会できるといいですね、アステマさん」


「あんたこそ……ここで、お別れを済ませておくといいよ。カワイイさん」


 そういって立ち去るアステマ。


 焦げた匂いの充満する館の廊下に、オレとニケアだけが残される。


「ふうっ……」


 緊張が途切れると脚の痛さが戻ってきた。心臓の脈にあわせるように、ズキンズキンと痛む。オレはその場にくずれ込んだ。





   😈





――カラン。


 床に落ちる《氷剣》の音。


「……さっきは」


「…………」


「ニケを護ってくれようとしたんですよね……どうしてですか? 命をかけてまで、あいつの攻撃魔法から護ろうとしてくれた。何故? ニケのこと遊びじゃなかったんですか?……ニケは……ニケは、ダイスケさんにとって、なんなんですか?」


 ――すっ。


「そんなの……ずるいです」オレのところにくるとニケアは屈み、そのちいさな両掌で、オレの顔をやさしくつつんだ。


「……え?」


 そういえば、ニケアがこうしてくれるのは何度目だろう? オレはこんなときに、そんなことをおもう。きょうは、ほんのりと掌が冷たい。氷の魔法をつかっていたからかな?


「ごめんなさい……ダイスケさん」


「……ニケア?」


「……脚、痛いですか? 痛いですよね?」


「う、うん」


「……ごめんなさい」


 そういって自分の袖を引きちぎり、オレの傷口に巻く。そこには、いつものニケアがいた。オレの愛するエルフ。みると瞳の碧の輝きも消えている。


「……でも、ダイスケさんも悪いんですよ……。ニケを、ずっと騙してたんですから……」


「だからそれは――」


 いまこそ誤解を解かないと。あの話は、ぜんぶアステマのつくり話。嘘なんだ。いまなら話を――


「黙って」


 ニケアがオレの唇に、人差し指を――ちょん。とあてた。


「アステんーんっんんん!」


 ……え、唇がひらかない。喋ることができない。これ、魔法?


「……でも、もう……いいんです」


「…………」


「みじかい間だったけど、幸せだったから。ダイスケさんと暮らせて。こんな幸せな日が、ニケにも訪れるんだな、って」


「(……それは、オレも同じだ)」


「でも、ほんとうに、……ふふ。さいしょ会った時は、びっくりしました」


 そういって笑顔を向けるニケア。このやりとりも何度目になるだろう?


 オレとの初対面。ニケアはよっぽど印象深かったそうだ。

 強引に、必死に、真剣にじぶんを誘う男。

 村の池で――アステマの配信でみていた異世界の勇者が、こんな男だったので驚いたらしい。そして、とてもうれしかったと……。育ったエルフの村では、こんなことはなかったそうだ。ずっとずっとおなじ毎日の繰り返し。そんな暮らしにすこし嫌気がさして、勇気をだして、はじめて人間の国バレンヌシアへ来た『ドラゴン追い祭り』を、自分の目で観るために。


 ――そこでオレに出会った。


 配信でみるより、実物のダイスケさんはカッコイイとまで……。そういって、いつもオレに頭をあずけてくる、愛するエルフ。

 きょうは、いつものようには頭をあずけてはこなかった。かわりに、笑顔をうかべている。弱々しくて、儚げな笑顔。ふり始めの雪のような、地に落ちると溶けて消えてしまうような、儚い笑顔。オレとの一ヶ月間を思い浮かべているのかも知れない……。


「(……なんて美しいんだろう)」


 ニケアの浮かべた表情に、オレは魅入られてしまっていた。儚げな笑顔はそれほどに美しかった。いまにも埋もれ、消え入りそうな儚さ。じぶんもいっしょに消えたくなるような。そんな笑顔。


「(儚さが、こんなにも美しいものだとは……)」


 ガラにもなく、そんなことをおもう。

 オレは、ニケアに心底から惚れてしまっている。心を絡め取られてしまっていると自覚した。思えば、はじめて闘技場であったそのときから、そうだったのだろう。


 ……そうか。いまだと断言できる。



 エルフだから、君を好きになったんじゃあない。


 ニケアだから。オレは好きになったんだ。



「……でも、もう邪魔はしないでくださいね。つぎは脚だけじゃ、すまさないですから……」


 そんなことをいう、愛するエルフ。


「あいつを倒してから…………いっしょに、しの」


 そういうと同時に、唇にやわらかな感触がのる。

ニケアの唇だ。


「んっ!?」


 ……しあわせなその感触は、すぐにはなれてしまう。


「もう、いかないと……決着をつけないと。……あいつ、め……」


 こぶしを握りしめると、ニケアの瞳にふたたび碧い光が宿る。

立ち上がり、オレの下から去るニケア。


「んんーんんっ!!」


 静止する言葉にならない、うめき声がひびく。

 ……唇はまだひらかない。


「(こんなことは馬鹿げている。止めないと!)」


 オレも彼女を追う。刺された脚が痛むが、それが、どうだというのだ。

急がないと、取り返しのつかないことになる。その前に。


――ピチャ。

 

 数歩進むと水を踏む。みると足下に水たまりができていた。ニケアの残した《氷剣》――それはほとんど、溶けてしまっていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る