オレ、この祭りがおわったらニケアと結婚するんだ

 28日後。


 事態は深刻だった。


 じじい――大賢者ガトーの魔法ドームに囲まれた街は、地獄と化していた。


 そう、外に出る術がなかったのだ。


 バレンヌシア帝国の首都を囲む、魔力の青白いドーム壁。ほんらいは、祭りが終わればすみやかに解除されてきた魔力壁。それが、意外な落とし穴となっていた。

 解除される条件は二つだという。ひとつは大賢者ガトー自身による解除。そしてもうひとつは祭りの終了。つまりドラゴンの全滅だった。


 前者は、じじいが死んでしまったいまは不可能。

 後者も、闘技場に居座る黒ドラゴンのおかげで、実現できていない。


 つまり。おおぜいの観客をふくめ、祭り参加者たるオレ達は、この閉鎖空間に閉じ込められてしまっていた。


 運が悪いことに、街には大小様々な通常ドラゴンで溢れていた。例年に比べ類が無いほどの数だという。こんなときに限って、ドラゴン大豊作な年。


 対して、帝国騎士団を含む人間側は劣勢に立たされていた。

 せめて組織だって動ければ、状況はちがうのだろうけど、序盤の闘技場で黒ドラゴンとやりあったせいで、指揮系統は壊滅、戦力もガタガタだった。こんな状況では通常ドラゴンの討伐も捗らない。

 一部の優秀なハンター達や、いくつかに分裂した騎士団残党を中心にグループができているようだけど、こういう状況では使人間は、放っておかれていた。

 つまり――死だ。




                 😈




 オレはニケアと塔の窓から街を見下ろしている。


「や……ダイスケ。くすぐったい、です」


 オレはニケアをうしろから抱きしめて、そのブロンドの髪に顔をうずめている。


 鼻腔をくすぐるエルフっ娘の髪の香り。

 唇にふれるすべっすべの、やわらかい弾力。

 エルフっ娘の耳だ。エルフっ娘の耳です。エルフっ娘の耳なんですよ!

 これを、はむはむするという至福をオレは享受していた。


 どうだ、うらやましいだろ!


 ……なんという勝ち組。


 オレ、異世界で勝ち組になったよ! 

 これほどのがあろうか? いやない。『オレTUEEEEE!』とか『スキル』とか『世界の運命』とか『魔王』とか、超超超超超ォ! どうでもいいよね(※個人の感想です)


 エルフっ娘が居ればね。

 エルフっ娘さえ、居ればね。


 ……ああ、ほんとうに、こころの底から異世界こっちにきてよかった。

 生きていてよかった……。そんな幸福な感情がせりあがり、オレをあたたかく包む。これが多幸感というやつか。


 アステマのおかげで、異世界にきた当初は感情の高低差がハンパなかったけど、いまはそれもよい想い出。あっというまの一ヶ月間だった。……いろいろあったが、いまは平穏だ。そういや、あいつアステマ今頃どうしてるのかな? もしかして死んだかな(笑)

 …………。

 それも、この際どうでもいいよね!



「あの? ダイスケ。……手が、その……、胸に」


「手が、すべった……かな?」ニケアの声を気にせずに、そのまま奥にすべりこませる。すこしだけ固い、まるい突起がオレの右掌にあたる。それをたしかめるように、ゆっくりと、ゆっくりと擦りあげる。


「……んっ」


 トロンとしたニケアの声が洩れた。ながいまつげが揺れる。

 オレはより深く、抱きしめるエルフに頭を埋めた。首筋からうなじに舌を這わす。その間に、左手はニケアのスカートの裾から太ももに。内側のふくらみと曲線をなぞるように這わせてうごかす。

 ――エルフっ娘の肌を全力で、全身で、たっぷりとあじわう。


「……ああ、……幸せ」


「…………ニケ、も……です、ダイスケ」


 エルフはそういって。両手をオレの手にかさねてきた。


 …………。


 どうだ、うらやましいだろ!


 ニケアと出会ったあのあと、すぐにめぼしい建物である、ここに引き籠もった。

 石造りの堅牢な建物で、要塞のようだった。大商人の館らしい。なかには年老いた男女の使用人が二人居るだけで、留守番とのことだったが、主人達は誰も帰ってきていない。おそらく黒ドラゴンに殺されたのだろう。運がよかった。

 門を閉じると完全に外界と遮断されたので、ドラゴンや他人の侵入を阻むことができている。

 そしてなにより、地下の貯蔵庫には塩漬けの肉やチーズなど、保存が効く大量の食料が備蓄してあったのは大収穫だった。肝心の水も、大量の樽に酒が詰められていたので確保できていた。ブドウ酒は渋いのであまり好かないけど、蜂蜜の酒だというミードは甘くておいしいので、ニケアとよく飲んでいる。さらにいうと、すこしだけ使えるという魔法で、ニケアが氷をだしてくれたので無問題。しんけんな表情からの「――えい」ていう、かけ声もまた、かわええんだよね、ニケアかわいいよニケア。

 

 そんなわけで、幸運が重なって、オレはニケアと平和に暮らしていた。

 なにもすることは無いので、こうして窓から外を眺めている毎日だが、ニケアがいるので幸福だ。

 うん……外は地獄なんだけどね。入る風は血なまぐさいし、時折悲鳴が聞こえるし。ドラゴンの咆吼も……。


 ……外が地獄なら、お家にいればいいじゃない。


 とはいえ、いつまで続くのだろうかこの生活。という危惧も、頭の片隅には確かにあった。くすぶりつづけるその焦燥は、日に日におおきくなってきている。

 でも、いまは考えたくは無い。考えないようにしている。

 目の前のニケアのことだけ考えていたい。


 けれども。いつかは食料も尽きるだろう。

 そのまえに、なんとかしないと……。


 あー、黒ドラゴン、倒してくれねぇかな。


 ニケアは『異世界の勇者』である、オレに期待をしているようだけど……オレにそんな能力はないことは、オレ自身が、いちばんよく理解している。

 なんとかしたいけど……。

 なんとか、してやりたいんだけど……。


 ……なんか情けないな、オレ。


 あー、だから誰か倒してくれよ。そうしたら……。どこかの田舎に引き籠もって、ニケアと暮らすんだけど。ダイスケとニケアは末永く幸せにくらしましたのさ。めでたしめでたし。エンディングなんだけど。



「この祭りが終わったら。ここから出ることができたら……結婚しよう。ニケア」


もう、なんどめかわからない。そんな告白を、愛するエルフに伝えた。


「…………はい。ダイスケ」


 ふれているオレの唇の中で、ニケアの耳がぴくん――と、ゆれた。

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