破られたニケアとの平穏。侵入者だ。

 平穏は破られた。



「た、たいへんですだ、勇者さま!」


 急に、部屋にじいさんがはいってきた。


 オレはエルフの肌から手を引きぬく。どうじに、さっ――と裾と襟をなおすニケア。……なんだよ、もう。


「ローク。あれほど、部屋に入るときはノックをしろと――どうした?」


 この屋敷の使用人のじいさん、ロークが駆け寄ってきた。

 その様子から、尋常では無い事態が起きたのだと予想できた。


「侵入者ですだ! ブッケが、ブッケが……はやく!」


 ブッケとは、使用人のばあさんの名だった。

 息があがっているローク。一気に駆けてきたのだろう、むりもない。オレ達のいるこの部屋は、屋敷の中でも最上階、街を見晴らせる塔のなかにある。


「……そうか、わかった」


 クソッ――。


 オレは動揺したが、それを悟られないようにと、つとめてゆっくりと、落ち着いた声音で返事をした。


「……ニケアはこの部屋にいて。オレ達がでたあとは扉に鍵をかけて。けっして外に出てはダメだよ」


「ダイスケさん……ニケもごいっしょします!」


「いや、ダメだ。危険な目に君をあわせたくは無い。だから、ここに居てくれ。オレとロークだけで大丈夫だから」


 オレは愛するエルフの肩を掴んで、その瞳に訴える。

 ……すこし間があって、ニケアはだまってうなづいてくれた。

 その表情は不安げだ。


 その表情をみて、オレの心にも不安がよぎる。壁に掛けてある剣を手にして目を瞑った。


 恐れていた事態だった。これは、まずいことになった……。

 どこからか侵入されたのだろう。

 でも、オレがなんとかするしかない。


「ローク。侵入者は何人だ?」


 そういいながら、懐に短剣を入れる。ブーツにもナイフを仕込む。


「わしがみたのは、ひ、ひとりですだ! ブッケが人質にとられて! 水と食料をよこせと――」


 そして筒を数個ポケットに。小麦粉と香辛料を混ぜ込んだ煙幕が入っている。お手製の目つぶしだ。ロークにも渡す。

 こういう事態は予想できた。いちおう各部屋に、考える限りの備えはしてあったのだ。子供だましかもしれないが……。


「……そうか、ひとりか」

 よかった。それならワンチャンある。相棒が年寄りとはいえ、こっちはふたりだ。

 この筒の中身をばらまいて、一気に先攻をとる。最悪ブッケごと叩っ切って死んでもらう。容赦はしない。いや……容赦する力も、余裕も……ない。

 ほんとうにひとりだと。ひとりだけだと……いいが。


 手順を頭で反芻しながら、大商人が寝室の護身用にもっていた短筒2丁を両腰に装備する。火打ち石式の一発だけ発射できる原始的な銃だ。


 なんとしても、この場を収めて平穏――ニケアを守らないと。


「行くぞローク!」


 オレは扉のノブに手を掛けて、自分の手が……はじめて、身体が震えていることに気がついた。


 ――ッ。


 いっしゅんかんがえて、部屋にもどる。


 愛するエルフに歩み寄り、その唇にキスをした。いつもより、強くなった。


「んっ、勇者サマ……。ご無事で」


「大丈夫だ……。心配するなニケア」


 ニケアの瞳は潤んでいる。


「勇者サマ……ダイスケ。……愛しています」


 オレは言葉では返さずに、愛するエルフをつよく抱きしめた。


 そう、オレはニケアの勇者だ。

 なんのスキルも、

 なんのアイテムも、

 なんの力が、なかったとしても……。


 勇者でなければならないんだ。


「かならず……護ってみせる。君を」


 

 ふたたび扉のノブを手にしたとき。


 ――震えはおさまっていた。


「……よし、やってやる」


 オレはロークを伴って、階下にむかった。

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