流れ斬りが……かんぜんに、入ったのに……。
「ベクトールさま!!」
「陛下の敵を!」
「帝国万歳! 帝国万歳!」
再び会場が熱気に包まれた。この場にいる全員の期待を背負って黒ドラゴンと対峙するベクトール。
その手にはアステマの剣。
「にいさん。お気をつけて」
弟のジェラートが声をかけている。
「任せておけジェラート。おまえの為にも、兄はドラゴンは倒さねばならん。お前はやさしすぎるからな、こういうのは兄の役目だ。父上が亡くなられた以上、お前には内政面で苦労をかけることになる。たのむぞジェラート」
「はいっ!」
ほう、なかなか出来のいい息子達を帝国は得ていたようだ。帝国の未来は明るいといったところか……。
「黒ドラゴン、ここまでだ!」
剣を構えるベクトール。
「バレンヌシアはこのわたしが守る!」
――グウルルルル。黒ドラゴンが低く唸る。
「父と部下達の敵を討たせてもらうぞ!」
走り込むベクトール。一気に距離を詰めた。
「くらえっ! 流れ斬り!!」
剣の軌跡が山川の水面のような曲を描く。
――ズシュッ。
ベクトールの見事な斬撃が、黒ドラゴンに入った。
――パキン。
「……ッ! な!?」
剣の刃部分、途中からポッキリと折れて宙に飛ぶ。
その刃がクルクルとまわって地面に突き刺さった。
「……え!?」
それを呆然と眺めるベクトール。
「これは、いったい……。――アステマ殿っ!」
アステマを睨むベクトール。
あ、あぶない――
ゴオオオオ。
ドラゴンの黒ブレスがベクトールを包む。
……あ、終わったな。
「流れ斬りが、かんぜんに、入ったのに…………」
黒炎に包まれ。その場に倒れ込むベクトール。
「にいさん!? ベクトールにいさぁあああああああああああん!!」
ジェラートの叫びが闘技場に反響する。
うん……。
噛ませ犬、乙。
「あ、剣まちがえたー。あたしの部屋のとなりに飾ってあったやつが本物の魔剣だったかー。ごめんベクトール。その剣ただのボロい剣だったみたい。ごめんねーキャハハ」
……ほんとひっでえな、アステマ。
オレの危惧はあたった。
……やはりアステマは、とんでもなく悪魔だ。
曇りの無い瞳に、笑顔をうかべ言葉を放つアステマの横顔をみて、オレは確信をもつ。
どうやらこいつは、その都度真面目に、本人としては真剣に行動しているのだけど……。結果として周りを不幸のどん底に突き落とす。そして、その結果にたいして微塵も後悔や、まして悔悟の念をもつことはない。オレ達のもつ良心や常識と言ったものがすっぽり抜け落ちている、いや、抜け落ちているというよりも、最初からもちあわせていないのだろう。そう、存在自体が『悪魔』としか言い様のない存在。
「は、あくまじゃ――」
疑念の視線をオレにとばすアステマ。
「オレは確信した。おまえは悪魔だ」
「……え? ダイスケ。どうしたの? きゅうに――」
「アステマ。おまえは悪魔だよ。オレは確信した」
「ひっどいダイスケ! 昨日はあたしのこと、女神っていってくれたじゃない!」
「いや、おまえは悪魔いがいのなにものでもない、この悪魔がっ!!」
「……うれしかったのに……女神っていってくれて、ほんとうに、うれしかったのに……はじめて言われて、あたし……」
「あの剣をオレが振るってたら、オレもベクトールと同じ運命を辿っていたんだぞアステマ。おまえはオレをまた殺そうとしたんだ……」
「そ、そんな……。そんなつもりはなかったんだよダイスケ! それは信じてよ! あたしはただ、もってくる剣を間違えただけじゃないの! あたしは女神なんだ、みんながどう思うかしらないけど、すくなくてもあたしはダイスケにとって女神なんだよ」
「いや……」
オレは首をよこにふる。
「そうか……。ダイスケもそうなんだね……みんな。あたしのことを、あくまっていう。――どんなにがんばっても。――どんなに尽くしても。あたしは、あくま。どこまでいっても、あくま、か……」
「…………」
「じゃあ……。みんなしんじゃえ」
アステマの表情は、紅い髪に隠されよくみえない。
「え……アステマ」
「そうだよ! あたしはあくまだ! あくまなんだからっ!」
バッ――と、古代ローマ風の女神衣装を脱ぎ捨てたアステマ。
その下にあったのは、漆黒のボンテージっぽい衣装。
おおきく編み込んだ漆黒のロングブーツ&ロンググローブが、ほそい手足を包んでいる。身体をぴっちりと包み込む衣装は露出満点で、エナメル質の黒い光沢が白い肌との対比を際立たせていた。そして、この場合。アステマの幼女のような華奢な体格――うすい胸をはじめとする発育しきっていない躯が、全体的なシルエットをうつくしく魅せているのに一役かっていた。ひとことでいうと、真紅の瞳と髪、黒い羽と尻尾をもつアステマに、よく似合っていた。
「ですよねー」
「ちょ、ダイスケ! すこしは驚きなさいよっ!!」
「いや、……だって。新情報皆無だし。やっぱり、としか……」
「くっそ……ばかにして……」
「ばかにしてないぞー。よくにあっているぞアステマ。その悪魔コスチューム。いや、小悪魔っ娘コスかな。うん……似合っている。すごく、いい!」
「そ、そんなの、フォローになんか、ぜんぜんなっていないんだからっ!」
「いや、フォローとかじゃくて、本気でいい。本気で可愛いぞアステマ」
「(//▽//) 」
耳まで紅く染めるアステマ。
「……やっぱいいな。その小悪魔っ娘コス、違和感なさすぎる。人それぞれ似合うコスあるよ……。おまえのさっきまでの純白の女神衣装、なんか違和感あったんだよな……」
「そ、そんなにジロジロみないでっ! ……と、とにかくっ! じじいも死んだし、あたしもご褒美をもらえない以上、こんなところにいる必要はないんだからっ!」
――ぱたぱたぱた。
意を決したように、コウモリのような羽を羽ばたかせ、アステマは宙に浮く。超ミニの裾から覗くフトモモの肌がまぶしい。そのまま上昇。
「ふんっ、じゃあ勝手にやってろ地虫ども! あたしが魔界の最下層からわざわざ連れてきたクロとのお祭りたのしんでねー。あ、これたのしんでとしんでねーを、かけてるからキャハハ」
「外道もそこまでいくと、清々しいなアステマ」
「あ、……で、でも。ダイスケは。ダイスケだけは……、あたしといっしょに来る? 連れて行ってあげても……」
オレに向かい手を差し伸べるアステマ。視線はそっぽを向いている。
「いや、……いい。ロクな目に遭う気がしない」
キッパリと断るオレ。
「そう……ダイスケ……。クッ――。さらばッ!」」
そういいながら、どんどん上昇するアステマ。
――ぱたぱたぱた。
上昇して――
――ガン。
「痛ッ!」
――ぽたっ。
魔力のドーム壁の天井にあたって、あえなく落ちるアステマ。
「く……、いったた……あ」
地に墜ちたアステマに『ドラゴン追い祭り』参加者全員の視線が向かう。とくに帝国関係者の視線は刺すように鋭い。次期皇帝である期待の星ベクトールを殺されたのだ。無理もない……。
この場にいる全員が、アステマを諸悪の根源と理解した。
――殺意が満ちる。
絶体絶命のアステマ。どうする?
「ウッ。……あたまが」
眉間に皺をよせて、あたまを抱えるしぐさをするアステマ。
「?」
「ウッ……あたまが痛い。は……、ここはどこ。なにをしていたんだあたし。……そうか、また『アイツ』に支配されて。もうひとりの自分。『悪いあたし』がでたんだね。ハッ。なんだこの格好。は、はずかしいっ! えっと……、あー、『悪いあたし』が、他になんか変なことしていなかった? だとしたら悪いのは『悪いあたし』だからねッ」
「……………………」
……すげえよアステマ。そのテでくるとは……。
もうひとりの自分『悪いあたし』て……。
みなの殺意渦がグルングルン巻いているよ。殺意の中央ガン突破だよ。
全員の殺気が、ギンギンにみなぎる。剣を抜きはなつ騎士団。他のハンターたちも武器を構えた。……そりゃあそうだろう。火に油どころか、ガソリンだよ。怒り爆発だよ。
「やっぱ……ダメ?」
上目づかいをするアステマ。
――ビィン。
惜しい!
アステマの顔横数センチに突き刺さる矢。ハンターの誰かが放ったのだろう。この場にいる全員の殺意が惜しみなく、なみなみとアステマに注がれている。
「……あ」
「死ね悪魔」
「くたばれ!!」
「にいさんの敵だ!!」
「たすけえてええええええええ!」
さけびながら瞬時に消えるアステマ。こういうときのアステマの逃げ足は、すさまじくはやかった。
ここは異世界ものらしく、スキル的に表すとこうだろう。
【名前】アステマ 【職業】あくま
【スキル】にげあしのはやさ∞
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