アステマ死ね

「は? あたし一言も『名前書けばしぬ』なんて、いってないし!」


「そんなの常識なんだよ! 悪魔からもらった黒いノートとくれば、それしかないんだよ!」


「そんなの聞いたことないし! それって何ネタ?」


「何ネタって……漫画」


「は? 漫画ぁ? ……やれやれ。困ったものだね。漫画と現実の区別がつかないなんて」


「その台詞。オマエにだけは、いわれたくない」


 闘技場では黒ドラゴンが猛威を振るっている。

 大半は逃走したり、距離をとって様子を眺めているだけとなった、他の祭り参加者だが、皇帝の敵を取らんとする忠義にあつい騎士団の一部や、特に腕に覚えのあるハンター達が断続的に戦いを挑んでいた。

 なかなかの見世物なんだけど……、こんな状況で『漫画と現実の区別』といわれても、腑に落ちなさすぎるだろ。


「ノートに名前書いただけで死ぬなんて、人間の勝手な妄想でしょ! そんなのしらないからっ! 名前だけだと同名なひとはみんな死ぬんですかー? その区別はどうなっているんですかー? あたしのは、似顔絵なんですー。名前びっしり書いてバカみたい。キャハハ」


「くっそ、このアマ……」


 ――カキカキ。


「それにしても、大賢者……いえ、じじいがくたばったからには、あたしはもう、ここにいる必要はないかな……また、かなわなかった……。あたしの、夢――」


 ――カキカキカキ。


「……って、なにしてるのダイスケ?」


「死ねッ! アステマ!」


 しかし……、

 やっぱり。



 な に も お き な か っ た



「ダイスケ。そのノートに書かれたの誰? っうか、むしろ何? 赤と黒だけで殴り書きされた、怒りや憎しみといった負のエネルギーに満ちあふれたものだけが伝わってくる禍々しいの何? 心の闇?」


「……やはりダメか」


「もしかして……もしかしてだけど、その絵? って……」


「……アステマ」


「あ、やっぱり」


「この絵は、おまえだアステマ! おまえなんだ――。なのに……」


「迷わずあたしを殺そうとした!? ダイスケ怖ッ! っうか、そのノート、オモチャじゃないから! マジで人どころか、女神だって死ねるヤツだからっ!」


「やはり無理か……」


「あっぶなー。ダイスケが絵を書けなくて、あたし助かった……」


「くっ、オレの画力では……。美術で『現代アートの旗手』とか『現代アートの画伯』とか『現代アートの巨匠』と、もてはやされるオレには土台無理」


「いや……ダイスケ。あんた『現代アート』をバカにしてるでしょ?」


「くそっ!」


 オレは黒いノートを遠くに放り投げる「もうおわりだ! なにもかも! ノートの力すら失ったオレにはもうなにもない! エルフ嫁希望エルフハーレムも! こうなったら突撃だ。突撃してやる! ドラゴンに突撃してやる!」  


 オレは近くにあった戦死者の剣を手にとって、黒ドラゴンに走り出す。


「ちょ!? まって!」


「うぉおおおおお!」


「ストップ! ダイスケ! 自暴自棄にならないで!」


「止めるなアステマ!! 死ぬんだ!」


「はやまらないで!」


「うぉおおおおおおおおお!」


「それはいいけどっ!」


「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」


「あたしを放して! 痛っ! 死ぬならダイスケだけ死んでっ!!」


 オレは右手で剣を、左手でアステマを引っ掴んで走り出していた。

 アステマをシールドのように前に出し突撃をする。ドラゴンとの距離がどんどん詰まる。


「アステマ! こんどこそ死ねぇぇえええええええ!」


「ごめんんん!! わかった! いいのあげるっ! 別のアイテム!! じつは、あのドラゴンを倒すいいアイテムあるからっ!!」


「!? 本当だな?」


「本当ですうううう!」


「ならば、よし!」


 全力で走りながら、そのままの勢いでカクッと途中で曲がる。


 オレたちは再びドラゴンから遠ざかった。

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