遥かなる深淵 ②
サトコは、幼少時から霊感体質で周りから薄気味悪がられた。確かに目の前には人が居るのに傍から見れば何も無いところに話しかけているらしく、無気味がられる事が多かった。また、誰かと話をする度に、クスクス笑われる事や毛虫を見るような目で見られるようにもなっていた。小学生の頃は死者と生者の区別がつかない事が多く、サトコは次第に人形の陽に黙り込むようになっていった。そして、霊の生前の記憶を読み体調を崩すこともあり、保健室に籠もる事が多かった。
しかし、サエコの霊だけ見る事ができなかった。
サエコはいつも自分に気にかけてくれた。金持ちで容姿端麗、成績優秀…全てが満たされていた彼女が何故、自ら命を投げてしまったのか、分からずじまいだった。
何でサエコが自分の様な者の側にずっと居てくれたのかは、分からないー。しかしサエコと何故か波長があった。お互い黙っていても感じることや考えていることが合うことが多く、まるで双子の様な感じだった。
サエコが亡くなってからは、胸に大きな穴が空いたかの様な感覚に陥った。何しても無気力でナマケモノの様に動きが緩慢になっていった。そこには、自分が何でサエコを救えなかったのか自問自答していた。心は、ずっと苦しいままだった。
サトコは本を読むなりテレビを観るなりして胸の穴を塞ごうとしたが、何を読んでも何を観ても心の穴は全く塞ぐことはなかったのだった。
サエコが居なくなって、自分は常に一人ぼっちであった。常に孤独であった。寂しいと言う感情も無くなっていき、錆がこびり付き感情が麻痺していった。
その他、家庭環境やらサトコのおかしな性格から誰も信じる事が出来ず、信じられるのは自分自身だけであった。
そこには自分も他人も、私と関わった者全員が不幸になるのではないのかという、歪な思いがあったからである。
そうして、只でさえ内向的な性格が益々内向的になり、益々無口で人を遠ざける様になっていったのだった。
とある夕暮れ時の田園風景の広がる片田舎を、4人を乗せた車が走っていた。車の中には、大学生位の若い女が4人乗っており、例の怖い話で盛り上がっていた。
「…でね…実は、この工場ー、呪われてるんだってよ…。」
山本という女がハンドル握りながら、ハイテンションで事の詳細を話している。
「ねえ、やめたほうが…」
藤井はあんまり乗り気ではなかったが、誰が肝試しに行くか決めるじゃんけんに負けてしまい、渋々乗ることにした。何で自分ばかり貧乏クジを引く羽目になったのだろうか?いつも周りに振り回されてばかりだと、深く溜息をついた。
「その工場って、例の時間になると…」
北村が、助手席でカーナビを確認しながら尋ねた。
「そうそう。夕方の5時過ぎ位になると、悲鳴が聴こえて来るんだって…で、この悲鳴を聞いた人が立て続けに体調を崩すようになって…亡くなった人も出てきたみたいだよ…」
山本の声は段々早口になってくる。
「へえ…この工場は、どうなったの…?」
後部座席から、三浦が乗り出した。
「半年ほど、皆6時までには仕事を終え着替えて工場を出る様になったんだって…だけどね…その後も目眩や頭痛、倦怠感や睡眠不足に悩む人が続出して、三分の一の人数の従業員が退職したみたい。」
「…何それ…嘘みたい…」
「それで、それで…?」
三浦は目を輝かせている。
「何らかの科学部質が原因かもしれないからって、専門家を呼び出して隈なく調査したんだけど、結局、分からずじまいで…そして、調査しに来た外部の者まで体調に異常をきたしたみたいなのよ…でね…その工場を取り壊そうとと業者が立ち寄ったんだけど…来た人全員、体調を小輪して、それ以来、放置されっぱなんだって。」
山本は、得意げにペラペラ話す。
「それ…うちらが行ったらまずいんじゃ…」
「大丈夫だよ。そんな時にこの、御守りがあるじゃないの。」
山本は、そう言うと自慢気に古びた人形の様な形をした御守りを取り出した。
「山本ー、これって、例のあの神社の…?有名じゃん。」
「うん。そうだよ。」
山本は、自信満々であった。
4人を乗せた車は、長閑で広い田園風景の中をひたすら走った。遠くの方から、工場が見えてきた。藤井は、げっそりとしひたすら景色を眺めて気を紛らわせていた。
4人は午後6時頃に現場に着いた。目の前には、長い煙突の古びた廃工場があった。
「ねぇ…やっぱり帰ろうよ…」
工場は、予想以上に豪勢な造りになっており、所々に錆びれた部分があった。辺りはすっかり薄暗くなっており、藤井はゾクゾクと寒気がはしったのだ。
「藤井はここで待ってていいよ…」
山本はぶっきらぼうにそう言うと、懐中電灯をカチカチ回していた。
他の二人もノリノリであった。逢魔が時の人気のない辺鄙な田舎の中、たった一人待っているのはどうしても心細かった。
「…ねぇ…待ってよ…」
藤井は渋々と3人の後に付いていく事にした。
4人は立ち入り禁止の札を無視しロープを跨いで庭に入ると、工場の重たい扉を開けた。扉は軋んだ耳に響く音を発しながら左右に開いた。
廃工場は、薄暗く中に誰も居なかった。天井から、水滴がピタピタとしたたり落ちてくる。4人はしばらくの間、辺りを物色した。山本が懐中電灯を手ラストら錆びたアルミや工具等が散乱しており、すっかり廃墟と化していた。
「もうすぐ、例の時間が来るよ…」
北村が半ば不安げに、腕時計の針を確認した。
黄ばんだ壁に古ぼけた時計の針が、静かにカチカチと時を刻む。4人の心臓の鼓動は徐々に昂ぶる。
「…ねぇ、ホントに大丈夫なの…?」
藤井が、不安げに尋ねた。
「だーかーらー、コレがあるから安心だって…」
と、山本が得意げに御守りを紐を持ちブンブン振り回している。
ーと、その直後の事だった。
「ギョアーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
不気味な金切り声皮工場内に響き渡る。その声は、九官鳥がけたたましく泣きわめいて当たるかのようだった。
すると、暗闇の中からモゾモゾと全身黒ずんだ謎の人影が姿を現した。
「ちょ…何なのよ…?」
北村と三浦は、山本に目配せした。
「…だ、大丈夫だよ…効くはずだから」
山本は軽く震えて御守りを握り締め、黒ずんだソレに向かって両手を伸ばす。
しかし蜘蛛のような長い手足をした黒い女は無視し、天井を這いながらモゾモゾと前進してくる。
「…え…な、な、なんで、効かないの…?」
山本は、ガタガタ震えている。
「ねぇ…私が見える?私が見えるの?」
ソレは深く低いしゃがれた声を発した。4人は激しく身震いした。そして、モゾモゾ移動して4人に向かってくる。ソレは、全身から大量の煤を撒き散らしている。
「私が見える…?ねぇ…」
ソレは目が皿の様に丸くし、4人向かって素早く突進してくる。白目にはくっきりと血管が浮き出ていた。
「ねぇ…き、効いてるんでしょう…」
4人はブルブル震えて、2、3歩後付さりした。しかし、ソレは勢いよくよつん這いで天井を這い、4人に近づく…
そしてその直後の事だったー。工場内から、地獄に落ちたかのような断末魔の声が響き渡ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます