遥かなる深淵 ①

サトコは、幼少の頃から誰も信じる事が出来なかった。サトコの両親は不仲であった。父親はギャンブルに狂い、酒癖が悪く母親によく当り散らしていた。母親はビクビク怯え泣くだけであり、何にも出来なかった。そんなある日の事ー。サトコが小学校低学年の頃、父親は蒸発してしまった。母親は夜は働きに出て、サトコはずっと一人だった。


中学の同級生達は、サトコの家庭を馬鹿にしサトコ自身もおかしな子として苛められ、孤立する様になったのだった。サトコの親の家系も何らかの疾患があったのだろう。


その上、サトコ自身も昔から何処かしらおかしな娘であった。周りに合わせるのが苦手でどう頑張ってもズレが生じてしまうのだ。頭の回転も悪く会話も苦手であった。団体行動が苦手でドジで鈍臭く、周りから嘲笑され孤立する事が多かった。そして、どう頑張っても自分はピエロの扱いを受け、どうすれば良いのかも分からずじまいであった。周りが普通に出来ている事が何故か自分は出来なかった。自分だけが異世界から迷いでた異邦人の様な扱いだった。


母親は夜職で働き、家計を支えた。母親は次第に夜、帰らなくなっていった。サトコは常に孤独だった。家庭の中でも学校内でも自分の心は風船のようにふわふわ脆く浮いており、いつ破裂するか分からなかったのだった。


サトコは悟ったのだった。自分は何もかも呪われているかのような感覚になった。強大な力を持った禍々しい悪魔が自分にまとわりついて離れないー。


友達だと思っていた人からも好きになった人からも馬鹿にされ裏切られるー。しかも、その理由が分からないー。そんな惨めな人生が続くのなら、いっその事社会に復讐した方がマシだと思ったが、心はひ弱な子兎な為いつもビクビクしており、周りの様子に敏感で何も出来ずじまいなのであった。


それは会社の謝恩会があるとある夜の事だった。サトコは乗り気ではなかったが、毎年行われる慣例の行事である為、仕方なく参加する事になった。サトコは、昔から断る事が出来ない性格であり、右に左に流されやすい操り人形のようであった。その為、色んな人から振り回され利用されやすく、今まで面倒な役を押し付けられる事が多かった。信じていた人達から、騙#弄__もてあそ__#ばれ利用される事も多かった。サトコは人間嫌いであり、誰も信用などしていなかった。


グランドホテルの広い一室が貸し切りになり、バイキング形式で和洋中の豪華な料理がテーブル席に並べられいた。


みんな上品で煌びやかな正装で着飾る中、サトコだけ黒のリクルートスーツで参加する事にした。職場の人が盛り上がっている中、サトコは一人静かにジュースを飲んていた。周りは成人しておりカクテルやシャンパンで談笑しているのだった。


すると、背後に強い冷気を感じた。全身血塗れの女がしきりにコチラに助けを求めてくるのだ。

「ど、どうされたんですか…?」

何かの仮装かドッキリなのだろうか?しかし、辺りを見渡しても、その様な気配は全くない。女は長い黒髪を前に倒し、紅いドレスを着ていた。

「た、助けて欲しいの…追われていて…」

女は紅いヒールをカクカク揺らしながら近づき、震えた声で話しかける。サトコは、恐る恐る辺りを見渡した。すると、女の背後に全身黒のローブを纏った男がゆらゆらこちらに近付いてくる。その男は肌がはいいろがかり、じっと睨みを効かせていた。右手には杖のような物を携えている。

「追ってるって…アレですか…?」

その異様な光景に、サトコは身震いすると床にグラスを落とした。


呪い師の様な姿をしたアレは、黒いオーラを放ちながらゆらゆらとコチラに近づいてくる。その全身黒づくめの、長身で不気味な男は睨みをきかせているのだった。

「…ス、ストーカーですか?警察呼びましょう…」

サトコのその言葉に、女が血を滴らせながら首を横に振った。

「む、無理よ…だって、私、死んでるのよ…警察にどうやって…」

どうやら彼女は霊体であるようだった。しかし、サトコは何故か彼女にシンパシーの様なものを感じでほっとけなかったのだった。


サトコは不安げに他に見える人はいないが辺りを見渡したが、会場内の人達は、サトコに気にも停めずに食事を頬張り談笑していたのだった。なんて、平和な光景なのだろうかー。彼ら今、同じ空間に化け物がいて、自分達に危害が及ぶ事など微塵も知る由はないのだろう。天国の中に見えない地獄の光景があるというのにー。そこで、サトコはハッとした。今のこの状況が、今までの自分の生い立ちに似ていた。自分が苦境に立たされている時に周りは気にも留めずに、仲間と談笑していた。自分は、惨めな野良猫…いや虫ケラなのだ…


どうやら化け物と幽霊は、サトコにしか見えないようだった。誰も、サトコに気にもとめない。みんな、今が楽しくて仕方ないのだ。

「…じゃぁ、私はどうすれば…」

サトコは戸惑った。

「…ちょっと、一緒に向かって欲しい所があるの。」

血塗れの女はサトコの手を引くと、一緒に会場外へと出ることにした。サトコは出る直前、テーブルにあった塩を持ち出したのだった。

「ちょっと…白田…?」

トイレから戻った職場の人とすれ違ったが、サトコは気にもとめず、ひたすら走ったのだった。食は人は首を傾げた。

 ホテルの正門まで出ると、サトコはゼエゼエ荒い呼吸をした。

「…ど、どうしたんですか?1体…。」

すると、血塗れの女はニッコリ微笑んだ。そして、女の口が徐々に裂けていった。

「…ま、待って…?」

サトコは顎を小刻みに震わせわなわな震えると、後付さりをする。そして、女の背後には例の怪しい男がずっと立っているのだった。


女は首をくねらせ、目を皿の様に丸くさせている。

「ギャハハハハハ!!!」

女は首を不自然にカクカク揺らしている。歯はギザギザしており、裂けた口からは舌が大きく垂れていた。その女の背後には、依然として魔術師の様な風貌の男がじっとこちらを睨んでいるのであった。


女の両腕が不自然にカクカク曲がりながらサトコ目掛けて伸びてくるー。サトコは、大量の塩を女の顔面目掛けてばら撒いた。


女は全身に炎を纏うと、けたたましく悲鳴を上げた。その悲鳴は鶏の鳴き声の様な高く響き渡る音量であり、サトコは両耳を塞ぐと皆のいる会場内へと逃げる事にした。

サトコはひたすら会場目指して走った。


両脚にドロドロした鉛の様な物が纏わりついた。まるで泥のぬかるみにはまったかの様にな感覚を感じなのだ。振り向くと、女の姿がそこにあった。女の身体が全身黒灰色になっており、カクカク伸びた腕が鉛の様にドロドロになってサトコの脚をしっかり掴んでいるのだった。サトコは悲鳴を上げた。


ー助けて…!誰か…!


会場内からは社員達の陽気で賑やかか黄色い声が飛び交っている。皆、酔がそれなりに回ってきたらしいー。誰もサトコの事は忘れ、談笑しているのだった。サトコの身体は徐々に重くなっていった。女の後ろで男はじっとこちらを見ているー。


ーもう駄目だ……


サトコは死を覚悟した。目からは薄っすらと涙が流れてきた。何やっても自分を助けてくれる人はいないー。そんな惨めな人生だった。女の首がカクカク揺れ、サトコ目掛けて勢いよく伸びたー。



ーと、その時だったー。青磁色の炎が花火の様に激しく炸裂した。そして、女と背後の男を激しく包み込むと、2体の霊の額に札が貼り付けてあり、身体にはぎっちりと鎖が巻き付けてあるのだった。

「ちっ。もう、遅かったか…」


そして、目指し帽を被ったポニーテールの少女が、煙草を咥えながら鎖を引っ張り、サトコと女の霊の間に立ちはだかったのだった。

少女の目は琥珀色に光り、ぶつぶつ呪文を唱えると鎖は青磁色光り、2体の霊は金切り声を上げた。その地獄のようなおびただしい悲鳴に、サトコは耳を塞いだ。

「サトコ、隠れてろよ。」

少女はぶっきらぼうにそう言うと、鎌を構え二体の霊目掛けて突進した。二体の霊は悲鳴を上げながらド腕を黒く泥のようにし、黒須目掛けて襲いかかる。黒須はうまくソレを避けると、兎の様な素早い身のかわしで二体の首を切断していった。二体の霊はけたたましく悲鳴を上げながら膨大な青磁色の炎に包まれ、小さくなっていった。すると、背後に浮いてあった2体の案山子がぱっくりと口を開いた。二つの魂は、二体の人形の口の中にそれぞれ吸い込まれていったのだった。


サトコは、状況が依然として飲み込めないでいたー。2体の霊が出現し、自分だけが見えそして謎の少女に救われるー。

「…あ、あの…」

サトコは、恐る恐る重たい口を開いた。

「予定が変わった。お前の記憶を戻し、力を与える。」

少女はボソッと低い声を出すと、サトコの目の前に立った。そして、サトコの額に手を当てると、彼女の瞳は再び琥珀色に光ったのだった。


サトコはその温かい感覚に、デジャブを覚えた。光は益々強くなり、その眩しさにサトコは目を閉じた。

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