食卓にはレタスのサラダ
「ケーキ、例の種をくれ」
埃っぽいソファに座っていたケーキは飛び起きた。
「わお! 情熱的だね! ぼくは今からどうしたらいい!?」
ケーキは勢いのまま立ち上がりかけ、ナイフに腕を掴まれ止められた。
「つまらないこと言ってないで冷凍のパックを出してこい。フォークに旨いものを食わしてやるんだ」
しかめ面で息巻くナイフに、ケーキは呆れたように肩を揺らした。
「こないだからなんかあった? 今までのジャックとはまるで別人だよ」
「フォークには味覚がない」
「知ってるよ。たぶんその辺の話はぼくのがジャックより詳しいと思うよ。それで、それがどうしたの」
「自分じゃ味がわからないから、目の前で自分と同じものを旨そうに食っててくれって。それでいい、それが幸せだと言ったんだ。わかるか、チェリー。あいつはそう言って、少し笑ったんだ。信じられるか」
そう言ってナイフは広げた手を見つめ、ぼろぼろと泣き出した。ケーキはぎょっとして立ち上がり、どうにもできず狼狽えた。
「ちょ、ちょっと、泣かないでよ。ほ、ほら、いくらでもあげるから」
貯蔵庫から取り出したパックをざらざらと手の上からソファーの上のハンカチへ積み上げていく。ナイフはそれを一瞥した。
「前にお前が言った通りだよ、チェリー。俺は嬉しかったんだ。お前は確かに得難い友達だが、俺とは違う」
「それは……そうだよ。ぼくはケーキだ」
「そうじゃない。ケーキは皆お前みたいな人間なのか? 違うだろう? 人間性の話だ。俺は肉しか興味がない。お前は何でも食うだろう。そういう話だ……そうだよ、摂生しろよ、お前そのうち体を壊すぞ」
「いきなり言ってくるね……? 検診は受けてるよ、ちゃんと内科のある総合病院に行ってる」
「ついでに頭も見てもらったらどうだ。信頼できる病院なんだろ」
ケーキは目を瞬いた。どうにも話がずれている。
「ジャックのが深刻だと思うよ。きみはアレじゃん、普通の人だ。ケーキでもフォークでもない、食うことも食われることも縁のない大多数だ」
「だったらどうだっていうんだ。俺にどうしろっていうんだ、チェリー」
ケーキは眉を下げ、柔らかに微笑んだ。
「そうだね、涙を拭いて……また、食事にでも誘ってくれよ。湿っぽいのは苦手でさ。泣きたいのなら止めないが、もっと激しく泣いたら良い。そしたら頬を舐めて慰めてあげよう」
ナイフは顔をあげてケーキを見た。目を瞬き、ぽかんとした表情のまま言った。
「……気持ち悪いなお前。知ってたけど」
「ジャックってば、ぼくに対する当たりが強すぎやしない? 言われるような心当たりは普通にあるけど、それにしたって慰めようとした友人に対してさあ……もう少し優しくしてくれても良くない?」
「自覚あったのか、絶対ないと思ってた」
「ちょっとちょっと、ぼくの事なんだと思ってたの」
「変態」
「いやまあそうかもしれないけどさあ?」
◆
真白な部屋。ナイフは頬杖をついて席に座っていた。フォークの持つカトラリーにライトが当たり、きらきらと光る。
「うまいか」
「……あまい」
熱に浮かされたように皿の中身をさらうフォークを、ナイフは食事に手を付けることもせず、じっと微笑んで見つめていた。
「そうか」
◆
「ち、近頃、その、ナイフなんだか辛そうだけど……食事が甘くなったことと、関係あったり、する?」
ナイフは曖昧に首を振ってはぐらかそうとした。
「気にするな。食事は美味いだろう……なら、いいんだ」
「そう、そうだけど! でもっ、前みたいにナイフは笑わなくなった。僕は、ぼくは……」
フォークは語調を強め、ナイフへ縋りついた。腕の外側がぎゅっと握られる。
「ねえ、なにを……いれたの? どうして……どうして、ナイフはそんなつらそうな顔で食べるの」
押しに負け、ナイフはたじろぐ。フォークが問い詰めるようなことを言ったのは初めてだった。
「あれはケーキの精液だ。お前には甘く感じられるが、俺の舌には……でもそんなことは関係ない。お前が、嬉しそうに食ってくれれば、俺はそれでいい」
顔を逸らしたナイフに、なおもフォークは食い下がった。
「僕が……僕が嫌だ。ナイフ……ナイフが僕の救いだった……僕は、ナイフが目の前で美味しそうに食べてくれるだけでよかった、こんな、こんな風になりたかったわけじゃない」
フォークはナイフに掴みかかり、勢いのままに押し倒した。
「甘くなくたって良い、僕はナイフと同じようには感じられないけど……同じように飲んで見せる。だから、だから……」
フォークはナイフの体に跨ったまま、ぼろぼろと涙をこぼした。
「だから、前みたいに……ぼ、ぼくの事は良いから、お願いだ……」
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