ケーキのタネとシロップ漬け

「ねえ、ジャック。フォークちゃんと寝ていい?」

ケーキは自分の椅子にしているトランクを指でかつかつと叩いた。フォークはケーキの皿に盛られた肉団子を横からさらって食べている。ケーキは成すがままにしていた。そうして面白そうに、中身の勝手に減る皿とフォークを眺めていた。

「誑かすつもりなら帰れ。お前と寝た人間なんて気持ち悪くて食えるか」

「いいじゃん。食べるつもりないんでしょ?」

ナイフは空になったケーキの皿に自分の肉団子を乗せた。フォークはそれもさらって口に入れた。

「……それとこれとは話が別だ、手を出すなと言っただろう。フォークに触るな、視界に入れるのも禁止だ。用が済んだならさっさと帰れ」

ナイフは手にしたカトラリーで後ろの白い扉を指差した。ケーキはそんなナイフと、リスのような頬で咀嚼を続けるフォークを見比べ、弾けるように笑った。

「あは、ヤキモチだ!」

「うるさい!! お前に何がわかる!!」



ナイフは匙やカトラリーを並べながら、ぼんやりした様子のフォークに目を向けた。匙を置く手が、ライトの光を遮ってテーブルに薄い影を作る。

「フォーク」

ナイフの呼びかけに、フォークは目線を向けることで答えた。しかし、その目は心ここにあらずと言った様子でどこか不安定に揺れている。

「昨日の肉団子、うまかったか?」

「……うん」

「そうか、ならいい」

フォークは葛藤していた。最初は温かな食事が出るだけで嬉しかったのに、フォークはそれで満足できなくなりそうな自分がいることに気が付いていた。ケーキを目にしたフォークの性だ。それが仕方のないことだと知っても、日々の温かな食事が褪せて魅力のないものに感じられる、それがどうしようもなく後ろめたかった。

「……うまかったならいいんだ」

ナイフは鍋の蓋を取り、淡々と言った。ナイフもケーキの肉はどうだったとは聞かなかった。聞けなかった。答えがどうかなんて、ナイフが聞くまでもなくひとつで、それは鋸刃のようにナイフの心を傷つける。わかりきったことだった。混ぜられた鍋から上がるもうもうとした湯気が、ナイフの顔を隠し、頬を湿らせた。



「ナイフ……なんだか、甘い匂いがする」

「本当か?」

ナイフは袖を引っ張り鼻を寄せた。シャツからは汗と布と埃の臭いがした。

「お友達に会ったの?」

「いや、今日は会ってないが……」

フォークは鼻を鳴らし、ナイフに顔を近づけた。目と目が合う。ずい、と寄せられたフォークの目は熱っぽく、どこか遠くを見つめているようだった。息がかかるほどの近く。開いた口元からだらりと垂れた唾液はナイフのシャツに跡を残した。

「……甘い」

ナイフはびくりと肩を震わせた。濡れた感触。フォークの舌がナイフの唇をべろりと這ったが故の。

「なんだ…… うわっ」

足が絡み、フォークがナイフに覆いかぶさる形で二人は倒れた。フォークは我に返ったようだった。

「あ、その、ごめんなさい……」

「いい。そこをどいてくれ。時間だろう、飯にしよう」

「その、ご飯の前に、一度だけ……き、キス、させて」

ナイフは眉をあげ、思案した。

「……いいだろう。手短に頼む」



ナイフは気まずそうに項垂れているフォークへ声をかけた。

「……飯にしよう。腹が減っただろう」

「うん……」



「食べないのか」

「うんん……ううん……」

上の空でフォークはパンをちぎっていた。ナイフは顔に手をあてて首を振った。皿を下げるために立ち上がっても、ぼんやりとしたままのフォークの意識が戻ってくることはなかった。



ケーキは埃っぽいソファの上で伸びをし、手足をばたつかせた。

「それで? フォークちゃんと寝たって話だっけ?」

「寝てない! お前ともだ。お前に関わるとろくなことがない…… フォーク、俺のフォークが……」

「早かれ遅かれ破綻するって言ったじゃん。早く食べないからこうなるんだよ」

ケーキは手の爪を見ながらそう言った。肩を落としてナイフは首をゆるゆると振った。

「……お前が誘惑しなきゃ終わりはもっと遠かった」

「一緒だよ。食べちゃえばいいじゃない。ぼくがいるだろ。慰めてやるよ。悪いようにはしないさ、たった一人の友達だ」

ナイフは首を振った。ケーキはため息を吐いた。

「仕方ない奴だな。彼と一度と言わずキスをするくらいのことなら叶えてあげられるけどどうする?」

ケーキは本棚の間のフリーザーから小さなパックを出した。白い霜がついている。ケーキはそれをナイフの方へ掲げた。

「あげるよ、フォークの胃袋を掴む秘薬だ」

「要らない……」

「要らないの? 世のフォークが上から下から涙と涎を流して欲しがるケーキの種だよ?」

詰め寄ってくるケーキを押し返しながら、ナイフは眉をひそめて首を振った。

「俺のフォークにシロップ漬けを食わせるようなことできるか。喜ぶからと言ってそれは欲しがるだけ与えて良いものじゃないはずだ」

食客ですらなくなったなあと思いながらケーキは嫌がるナイフの頬を冷たいそれでぺちぺち叩いた。

「良いじゃん、調味料代わりに使えば。味に深みが出るよ」

ナイフは心底嫌そうな顔で再度その申し出を断った。

「……それは俺が食いたくない」

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