シュガー&チョコレート

「こんにちは、ご機嫌いかが? あ、大きな声を出さないで。美味しいお菓子食べさせてあげる」

ケーキは再び現れた。大きなチョコレート色のトランクを持って、前と同じく唐突に。子供の身長ほどもあるトランクを見て、フォークは涎を垂らしながら後ずさり、威嚇するような声を上げた。

「も、もしかして、お菓子で釣って誘拐するつもりだったりする? だ、騙されない、から」

フォークの一言に、ケーキは目を見開いた。トランクを開ける手を止め、顔を上げる。

「ジャックから聞いたの? ぼくがフォークちゃんを狙ってるって?」

「そ、そう」

「ぼくが血液入りのフィリングを入れたフォンダンショコラを食べさせたって話かな。あ、違う。フォンダンショコラは別の人だ」

「えっ、なにそれ気持ち悪い……」

フォークは嫌そうな顔をした。ケーキはきょとんとして、首を捻った。

「あれ、それじゃない? 何を聞いたの? 誤解がないように言っておくけど、フォークちゃんに出すお菓子には『シュガー』も『チョコレート』も入れてないよ。ジャックは『シロップ漬け』は食べないから」

「シロップ漬け?」

「そうだよ。ジャックは”ナチュラリスト”だからクスリの”入った”ものは食べない。ぼくはたまに食べるけど」

ケーキはピースサインを出して、指をぐにぐに曲げ伸ばししながら喋った。

「ナイフ、ナイフが、なに……?」

「クスリだよ。ジャックは食事の時に酒もクスリも煙草もやんないしやらせないって話。合法でも積もり積もれば害になるしね。ん、まって。もしかしてジャックが人間食べてること知らない? フォークちゃんもそのために連れてこられたんだよ、あれ、聞いてない?」

「えっ? えっ? ナイフが?」

フォークは狼狽えた。ケーキは廊下を歩く足音を聞いた。

「えっ、ほんとに知らないの?信じられないなら聞いてみなよ。本人がお出ましだ」

足音が止み、ガチリと音を立てて扉が開いた。



ケーキの姿を認めると、ナイフは部屋へ飛び込んできた。フォークはナイフへ助けを求めるように視線を送った。

「チェリー、フォークに何をした!」

「晩御飯ごちそうになろうかと思って。食前のお楽しみをね。それで、今日はなに? 人間の脛煮込み?」

その一言で、ナイフはフォークの縋るような視線の意味を悟った。

「チェリー、口を閉じろ。フォーク、耳を貸すな」

「ナイフ……本当? その、僕を……?」

「フォーク、チェリーの言うことに耳を貸すな。そいつはお前をさらって食べる気だ」

その一言でケーキは殊更に顔を歪めた。

「よく言うよ! さらってきて食べようとしてたのは自分の癖にいい子ぶっちゃって! フォークちゃんだって解体して食べるんでしょう? その鍋で今までどれだけの人間を食ってきたのさ、いまさら処女ぶったって正体は割れてるんだよ、ジャックナイフ!」

「黙れ! 俺の客にあることないこと吹きこみやがって! もう我慢がならん。表へ出ろ、チェリー」

「望むところだね」

ナイフはシャツの襟首を乱暴に緩め、叩きつけるように鍋を置いた。大きな音が鳴り、衝撃で鍋の蓋が浮いた。

「……あまい、匂いだ」

顔を上げたフォークの視線は鍋に引き寄せられていった。言い争っていた二人は、はた、と目を見合わせる。

「なに、ケーキの肉?」

「わからない。俺はフォークじゃない」

恍惚とした表情のフォークを見遣り、ナイフは諦めたようにため息を吐いた。

「……チェリー、フォーク、話はあとだ。飯にしよう」



椅子をナイフに返したケーキは、立てたトランクを椅子にして食卓に並んだ。大人しいフォークが我を忘れてがっついているのを、ケーキは少し驚いたような顔で見ていた。

「見ろ。これが俺の料理を義理でも旨そうに食っていた人間の表情だ。俺はこれからどうしたらいいんだ」

涎をだらだらと垂らしながら肉団子を頬張るフォークを尻目に、ナイフはぼやいた。

「お前が来てからこいつはずっとこんなだ。フォーク、チェリーを食おうなんて考えるなよ。こいつの体汚いから……」

「んん? わかった……」

緩慢な動きでフォークは肯定の意を示した。ケーキは髪をかきあげた。

「失礼しちゃうな」

「事実だ」

頬を膨らませていたケーキは椅子代わりのトランクに座ったまま足を組み替え、フォークに目を向けた。

「ねえ、味わかる? なんかちがう? ……聞いてる?」

「フォーク、美味いか」

ナイフの言葉にフォークはむぐむぐと咀嚼する動きを止めて、頬を膨らませたまま首を縦に振った。ケーキは少しだけ面白くなさそうな顔をした。

「ぼくには全然違いが判らないんだけどな。なんなんだろね、ケーキって」

「お前が言うのか」

「まあね」

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