カトラリー・セット
冷たくなったシチュー鍋をナイフが取りに来たのは、それからずいぶんと時間がたってからだった。白い室内の強い光は、少し疲れたナイフの顔に影を落とした。
「フォーク」
「あ、えっと、なに……」
「食事にしよう……腹が減っただろう」
「う、うん」
ナイフはシチューを取り分けフォークへ渡した。場違いに明るい部屋の中、二人は黙ってシチューを食べた。沈黙は重く、冷たいスープはざらついて、フォークは今、自分が何を食べているのかもよくわからなかった。頭をよぎったのは、足元で床と同化しているサクランボのガトーショコラと、ナイフの激昂。先に食べ終わったナイフは匙を置いて、鍋に蓋をした。
「旨いか」
義務的にナイフは問いかけた。しんとした食卓にナイフの声が響き、フォークはびくつく。
「う、うん。美味しいと思う……多分……」
「そう思う理由を聞かせてくれ」
フォークは狼狽えた。理由を問われることなど、今まで一度もなかったからだ。嘘を言えば見抜かれる、あの不透明な黒の目に。フォークはぼんやりしたままの、回りの悪い頭で考えた。
「あなたが……いつも食事をおいしそうに食べるあなたが、作ったものだから……かな……」
「そうか」
ナイフは突然、両目から涙をこぼした。
「あ、あの……」
「本当にフォークなんだな」
「えっ、あの……ええと……?」
ナイフは横に首を振った。
「……何でもない。忘れてくれ。季節の変わり目になるとどうも情緒が不安定で困る」
顔を上げたナイフはいつもと同じ無表情だった。まだ少し中身の残っている鍋を、ナイフは皿と一緒に下げた。
◆
ガラスのコップに光が透け、白い食卓へとプリズムのように虹色を投射していた。
「あ、あの……昨日の、お友達さんは……約束って……」
パンを割りながら、フォークはおどおど尋ねた。
「帰した。俺の客人にちょっかいをかけない。そういう約束だったんだ。なあ、あいつのこと、食べたいと思うか。美味しそうだと感じるか」
フォークは知らずのうちに垂れていた唾液を手の甲で拭った。フォークは首を振る。
「た、食べないよ……友達なんでしょ……」
「俺の友達じゃなかったら食うのか?」
ナイフの呟きに、フォークはぎょっとして顔を上げた。
「そ、そういうことになるのかな。でも、だって、仕方ないよ。良くないっては思うけど、そういう風にできてるみたいだ……」
言い訳のようにフォークは言った。ナイフは虚を突かれたように立ち上がった。カトラリーがテーブルに落ちる。急に立ち上がって身を乗り出すナイフに、フォークは驚き、身を竦ませた。
「えっ、なに……」
「そう思うか。おまえは、そう言うか」
じっと見つめるナイフの真剣な眼差しに、フォークは動けなくなってしまった。しばらく見つめ合った後、ナイフは意を決したように口を開いた。
「チェリーはお前を狙っている。あいつはお前を食べる気だ」
「え……食べるって……」
「言葉通りの意味だ。フォークがケーキを食べるように、チェリーはお前を狙っている。俺はそれを阻止したい」
フォークはぞっとして目を瞬いた。フォークの持つ飢餓感と陶酔が、捕食相手にも同じように備わっている。食べる食べられるの関係の非対称性を否定することは、想像を絶する恐怖だった。
「あいつに近づくな」
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