ハチミツとサクランボ:茶会編
「なにそれなにそれっ、フォークちゃんてば個性派ファッションだね」
口輪をつけられたフォークの周りを、ケーキはぐるぐると回った。
「間違いが起こらないようにと……ナイフが……」
「ふーん。そっか、ねえ、僕とキスしない? ジャックには内緒でさ……」
フォークの目は口へと引き寄せられた。ワイヤフレームのマズルへと手が伸ばされる。フォークの鼻孔を甘露が満たし、目に入る光が五倍になったような眩暈感が襲う。そこへ、ナイフの怒号が飛んできた。
「おい! チェリー、どこ行った!!」
「あっ、やっべ。ぼくがここにいたことは内緒ね。じゃね、バイバーイ!」
ナイフの声と反対側へケーキは走り去っていった。真白な廊下にはフォークだけが残された。しばらく後、廊下の曲がり角からナイフが現れフォークに問いかけた。
「フォーク、チェリーはどこだ。さっきまでここにいたはずだ」
「し、知らない」
ややぼんやりとした様子でフォークは答えた。ナイフは顔を寄せ息を吐いた。
「……まあいい。変なことされてないか。されて……なさそうだな」
フォークはマズルに手を乗せた。キスされそうになったことは、言わないでおこうと思いながら。
◆
「フォーク。飯だ」
「うん」
フォークは熱に浮かされたみたいにぼんやりしていた。スープをはねさせ、野菜を取り落し、肉を噛まずに飲み込んだ。そんなフォークの様子にナイフは少しだけ表情を曇らせたが、フォークはそれに気が付かなかった。
「チェリーが気になるか」
「う? んんん……そう、かも……」
食事をする手を止めたナイフの問いに、上の空でフォークは答えた。ナイフは右手に持っていたカトラリーを置き、紙ナフキンで口を拭った。
「あいつを、食いたいと思うか」
ぐるぐるとしていた目が一瞬だけ見開かれ、フォークは首を振った。無言の否定にナイフは無表情を崩さない。
「そうか」
ナイフは食事を再開した。虚ろなフォークの目は爛々と輝く。開かれた唇の端から皿へ涎が垂れたのを、ナイフは視界の端に見た。
◆
フォークの元に、ケーキは現れた。白い部屋は、突然の訪問者に色めく。
「フォーク、お茶! しましょう!」
椅子に座ってナイフを待っていたフォークは突然の乱入者に固まった。蜂蜜の色香。ケーキの体臭の芳しいところを、フォークの鼻はよくよく嗅ぎ分ける。
「あはは、涎出てる」
ケーキは抱えていた鞄からポットとティーカップを取り出し小さな皿を並べた。タッパーを開け、中のガトーショコラを手づかみで並べてゆく。焼き菓子からは、ケーキに負けず劣らず甘い匂いがした。フォークの瞳孔は開き、視界は鮮やかなコントラスト。白い部屋はちかちかと極彩色に彩られた。
「お茶淹れるね」
ポットからどぼどぼと紅茶を注ぎ、ケーキは小さなミルクピッチャーからシロップ入りのミルクを入れた。ぬるい茶はミルクティーへと色を変える。
「このお茶、香料か何か入ってる? 甘い匂いがする」
「そうだよ。いい匂いがするでしょ。花の香りが移してあるんだ」
ケーキは頬杖をついて薄く笑った。
「とにかく食べてみてよ、これが好きなんだ」
◆
「あ、まい」
「サクランボが入ってるんだよ」
ケーキはそう言ってガトーショコラを切り崩し、クリームに挟まれていた糖蜜漬けの赤い果実を齧った。光を透かす真っ赤な果実は冷たい触感を舌に残す。しゃくしゃくとした感触の果実はねっとりと絡む蜂蜜味で色づいていた。
「美味しいでしょう。ねえ?」
「おいしい……」
涙を流し、菓子を頬張るフォークを眺め、ケーキは口の端を釣り上げて淫靡に笑った。フォークは堕落の味を知った。ケーキは愉快そうに笑う。
「そうそう。これはね、舶来物のチョコレートを入れたんだ、クーベルチュールのやつね。それからクリームと……」
ばたばたと音がして、扉が蹴り開けられた。真白な部屋に、鍋を抱えたナイフが飛び込んでくる。ケーキは緩慢な動作で振り向いた。
「チェリー、俺のフォークに何してやがる」
「えー? 何もしてないよ。楽しいお話を少しね。ジャックってば良い子みつけてきたじゃん。確かにこれはジャックがはまり込むのわかるなあ」
「黙れ」
鍋をテーブルの上に放り出すように置いて、ナイフは憤然として言い放った。ナイフは怒っていた。
「出ていけ。今すぐ」
ケーキは白い椅子から不満げに立ち上がり、自分の皿やポットを鞄の中へ納めた。
「別にいいけど。フォークちゃんがまだ食べてるじゃん。彼が食べ終わるまでは待ってよ」
「むぐ」
ナイフはフォークが食べていた皿を横から取り、乗っていたものを床へ落としそのまま足で踏みにじった。フォークはびくりと肩を震わせた。
「茶会は終わりだ。皿は返してやる。帰れ。二度と来るな」
「ジャックってば酷いなあ、せっかく持ってきたのに」
めんどくさそうな顔のままケーキは皿を受け取り、鞄に放り込んでジッパーをあげた。
「手を出すなと約束しただろう、破ったのはお前だ、チェリー!」
ナイフはケーキの手首を掴み、扉の外へと引っ張っていった。フォークは遠くなる争い声と、潰れて床を汚すそれをぼんやり見比べていた。机の上のシチュー鍋は段々と冷めていき、それがぬるくなってもナイフは戻っては来なかった。
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