4.司さん、考えがあります!
赤い装甲に身を包んだ美咲は、司の横に並んだ。それを見た司は美咲にしか聞こえない声で言った。
「誰も見てなかったでしょう?」
「そ、それはそうですけど……。やっぱり、何となく慣れないというか……」
「最初はそんなものだよ。私だってそうだったんだ。あまり気にすることじゃないよ」
「は、はい……っ!」
美咲は妙な緊張感を感じているものの、いずれ時間が経てばなくなるだろうと思った。それは目の前の『シンソウ』の数を見れば誰もがそう思ってしまうだろう。司が先行して倒したのは、ほんの僅かであるらしかった。司が黄金の剣、エクスカリバーを抜くと、直ぐにその先にいる『シンソウ』を見る。未だに多くの『シンソウ』が残っている様だ。
「それじゃあ、『シンソウ』の駆除を始めようか」
「でも、あたし戦い方なんてわかりませんし……」
「昨日は普通に戦えてたでしょ?そんな感じで大丈夫だ」
「昨日の……感じ……」
昨日は知らずのうちに戦うことができていた。身体が勝手に動き、気づけば目の前にいた『シンソウ』を倒していた。その後は司の戦いを見ているだけで、美咲自身は見ているだけだった。
昨日は偶然動き方を知っていた。しかし、今日はわからない。あの時は防衛本能的なものだったのだろうか。
その時、美咲の両腕が真っ赤に輝きだした。そして、脳に神話武装の情報が一気に流れ込んでくる。
これだ。昨日、感じた身体が勝手に動く感覚は、間違いないなくこの時だ!と、美咲は思った。
「何となく戦い方がわかったようだな」
「はい。何時でもいけます!」
「それじゃあ行こうか。私は右側を倒していくから、美咲は左側を頼んだ」
「了解です!」
美咲の返事を合図に、美咲と司は一斉に飛び出していった。
司はエクスカリバーを振り上げると、『シンソウ』目掛けて振り下ろす。エクスカリバーは地面に突き刺さると共に、周囲にいた『シンソウ』をなぎ倒していく。『シンソウ』は灰となり、エクスカリバーが起こした風と共に飛ばされていった。
一方の美咲は、襲ってくる『シンソウ』を一体ずつ相手にしている。効率としては明らかに悪いが、武器のない彼女にとってはそれ以外に戦う方法がないのだ。それでも、着実に敵の数は減っている。
しかし、まだ向こうの方では、多くの『シンソウ』が生徒達を襲っている。生徒を取り込んだ『シンソウ』は、どんどんと大きく成長していく。
「これでは埒があかないな。成長している『シンソウ』も数多くいる。美咲、生徒達の避難を最優先にしてくれ」
「で、でも、それだと司さんに負担が……」
「何。今までも一人で戦っていたんだ。今更一人で戦ったところでそこまで負担にはならないさ」
そう言って、司は一人で『シンソウ』の大群に向かっていった。飛び上がる瞬間、美咲は司の悲しげな顔を見逃さなかった。
「司さん……」
美咲は司のことを気にしながらも、生徒達の避難誘導を行っていた。中にはクラスメイトや同じ部活の部員、顔見知りもいたのだが、美咲だと気づかれることはなかった。……ただ一人を除いて。
「美咲……何やってるの……?」
「……
流石にルームメイトで親友である明日の目を欺くことはできなかった。明日に気づかれる状況としては最悪のタイミングだった。何せ自分自身も、何故神話武装を身に纏っているのかさえよくわかっていないのだ。関係図で言ってしまえば、確実に明日の方が上である。美咲が仮に説得しても理解してもらえるのだろうか。
が、そんな思考を阻害したのは、ある程度の生徒を吸収した『シンソウ』だった。明日を襲おうとしていたが、美咲は明日を抱えてその場から離れる。成長した『シンソウ』は大きな雄叫びを上げる。
「美咲。あれは何なの?」
「ごめんね。説明は後でちゃんとするから」
明日を死角になっている木の陰において、美咲は司のもとへと向かった。後ろで明日が何か行っているのが聞こえたが、美咲はそれを払って向かっていった。
司は次々と『シンソウ』を切り刻んでいく。しかし、いくら切っても切ってもその数は減るどころかどんどん数が増えている。そこへ避難誘導が終わった美咲が合流する。
「避難誘導終わりました、司さん」
「そうか。ありがとうな、美咲。さて、後は『シンソウ』の駆除だけだが……いくら切っても増えていく一方なんだ。どうしたものか」
「何か増員させている原因があるんじゃないですか?」
「増員させている原因、か。しかし、今まではこのようなことはなかったはずだ」
「だとしたら、どうして数が減らないでしょう―――」
美咲が言い終えるのと同時に、大きな爆発音が聞こえた。さらに、地響きと地震が同時に発生する。美咲も司もその場でしゃがみこんだ。しばらくして揺れと地響きは収まったが、目の前には今までになかったものが見えていた。
「こ……これって……」
「私も、これは初めて見た」
二人の目の前には、通常の『シンソウ』の10倍以上もの大きさをしたタワー状の『シンソウ』が現れた。マンションで例えれば4階に相当する高さである。何故、そのようなものが現れたのか。すると、司がタワー状の『シンソウ』を見て気がついた。
「美咲、あれが原因だったんだ」
「タワーが、ですか?」
「ああ。あの『シンソウ』の近くに行けば何かわかるはずだ」
「わかりました。行ってみましょう」
美咲と司はタワー状の『シンソウ』に向かって走っていく。その間にも前にいる『シンソウ』を司がエクスカリバーで切り捨て、後方を美咲が殴ったり、蹴ったりしながら進んでいく。しばらくして、学園の校門の前まで来ると、そこには赤い服を着た大柄な男性が立っていた。鬼怒川である。
「二人共、よく無事だったな」
「所長こそよくご無事で。しかし、あれは一体何ですか?」
「ああ。これは『シンソウ』を生み出す
落ち着いた声で、しかし、あまり余裕のなさそうな声で語る鬼怒川。学園で『シンソウ』が現れること自体が本当に想定外だったようだ。それは司も同じだったようで、その瞳は厳しくもひどく悲しそうな顔をしていた。
校門の前で出来た巨大な『シンソウ』は襲いはしないものの、次々に新たな『シンソウ』を生み出していた。周りには既に襲われてしまった生徒のものであろう鞄やローファー、ネクタイやリボンが落ちていた。さらに、溶けきれずに残ってしまっている手首や足も落ちていた。
そのあまりに悲惨な光景に、美咲は吐き気を催し、口を手で必死に抑えた。朝からこのような光景を見せられるとは思いもしなかった。しかし、ここで美咲は一つの疑問が思い浮かんだ。
「そういえば、何で鬼怒川さんは襲われていないんですか?」
「ん?ああ、まだ説明していなかった。この学園は見えない結界が張られていてな。重要施設というもの一つの理由だが、『シンソウ』が突然街全体を襲うかもしれない。そのための避難場所としての確保もしているわけだ」
「な、なるほど……」
「それに、『シンソウ』には中にいる人間の姿は見えないはずだ。学園の姿は見えているがな」
真剣な顔から打って変わり、笑って見せる鬼怒川。美咲も納得をしたようで、これ以上の詮索は特にしなかった。
改めて美咲は『シンソウ』の方へ顔を向ける。相変わらず動く様子がない巨大な『シンソウ』だが、先ほどの1.5倍の数の『シンソウ』を生み出していた。これ以上放置すると、街に甚大な被害を起こしかねない。しかし、あの巨大な『シンソウ』を倒すためにはどうすべきか、いい打開策が全く思い浮かばない。
いくら『シンソウ』を倒したところで、これらを生成する元となる巨大な『シンソウ』を倒さなければ意味もない。さらに、体力にも限界がある。出来れば先にあの巨大な『シンソウ』倒しておきたいのだ。
「でも、どうすれば……」
幸い、生み出された『シンソウ』はまだ目で見える周辺にいるため、これ以上の被害というのは考えられないだろう。しかし、坂の下には明日や藍達がいる。早めに対策を打たなければ二人も襲われてしまう可能性だってある。
と、美咲は巨大な『シンソウ』を改めて見る。そこには、体の中に埋め込まれた赤く光る玉のようなものが見える。その光は心臓のように強くなったり、弱くなったりしている。
「司さん、あたしに考えがあります!」
「考え?」
「はい。そのためには司さんの力が必要なんです」
そう言って、美咲は司に耳打ちをする。
「……どうですか?」
「うん。それならいけそうな気がするな。それじゃあ、美咲の作戦で行こうとするか!」
「はい!」
美咲と司は同時にスタートを切る。先行したのは司。目の前にいる『シンソウ』を切り捨てながら進んでいく。その後ろで美咲は後ろから襲ってくる『シンソウ』を倒しながら、司の後ろをついていく。その間に先程までいた『シンソウ』が既に半分以下にまで減っていた。
「司さん!」
「了解した!」
美咲の合図を受けて、司は飛び上がった。その高さは普通の跳躍とは異なり、学園に生えている木々を軽々と飛び越え、目の前にいる『シンソウ』の赤い玉の位置をも飛び越える。司は『シンソウ』のタワーの先端に近づくと、握っているエクスカリバーを振りかざす。
「後は頼んだぞ、美咲」
司は『シンソウ』を切り裂くと、埋まっていた赤い玉が露わになる。それを確認して、美咲は飛び上がる。美咲が向かう先には赤い玉がある。もし、予想があっているとすれば、これを破壊すればこの巨大な『シンソウ』は倒せるはず。美咲は拳を握ると、拳が熱くなるのを感じる。オレンジ色のオーラを纏った拳を、赤い玉へ向けて殴った。
「これで、どうだぁ!!」
すると、赤い玉に亀裂が入る。しかし、それだけで破壊されるまでは至らなかった。さらに、その玉はより強い光を放つ。それと同時に、裂けていたはずの身が瞬く間に修復され、美咲を飲み込んでしまう。
『ぐばぁ!!?』
「美咲!?」
「美咲くん!?」
司も、鬼怒川もともに声を上げたが、美咲は既に『シンソウ』の体の中。助かる可能性は、著しく低いだろう。いくら『シンソウ』に対抗できる力があったとしても、飲み込まれてしまえば話は別である。
(あたし、飲み込まれてる!?どうしよう……)
身体に力が入らない。これが、『シンソウ』に溶かされる感覚なのだろうか。意識も段々と朦朧としてくる。
(あたし、ここで死ぬのかな……。はは、初めて神話武装を手にした時とほとんど同じ状況だな……)
初めて手に触れた時、美咲自身も『シンソウ』に囲まれて襲われる直前だった。その時に助けてくれたのが司である。そして、神話武装を初めて身に纏って、『シンソウ』を倒した。それが全ての始まりだった。
「全くちょっと遠目で見てたらこれかよ。情けねーたらありゃしないな!」
初めて聞く声と、見たことがない神話武装を纏った少女が美咲の目の前に現れたのだった。
神話武装 ヴィクトリア 七草御粥 @namuracresent-realimpact
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