3.神話武装、カラドヴォルグ!!
「美咲!何か言うことはない?」
「あ、はい……すみません、でした……」
寮に帰ってくると、案の定、
一通り説教が終わると、明日はため息を吐き、正座をしている美咲に抱きついた。まさかの行動に、美咲も慌ててしまう。
「ちょ、ちょっと!?明日さん!?」
「もう……本当に心配したんだから。もし、何かあったと思ったら、わたし……わ、たし……」
「……明日」
安心したからなのか、明日はそのまま泣いてしまった。美咲はその頭を優しく撫でることしかできなかった。何か気の利くことを言えれば良かったのだが、そんなことができるわけがなかった。ただ、頭を撫でて泣き止んでもらうことしかできなかった。
しばらくすると、明日は泣き疲れた挙げ句、そのまま眠ってしまった。未だに美咲は明日の頭を撫でていた。撫でられるのが気持ちいいのか、表情が少し笑っている様に見えた。
「もう。人の膝の上で勝手に寝ないでよ」
寝ている明日のおでこを軽く突いてみる。少し呻き声を上げたが、それからまた穏やかな顔で寝始めた。
「……今日はもう寝よう」
明日をベットになんとかして寝かせることができると、美咲も同じベットで横になって寝る。隣で寝ている明日の温かさが伝わってきて、美咲は安心感を感じる。
今日は沢山ありすぎて美咲自身も疲れてしまった。自分が神話武装を手に入れたこと、『シンソウ』を討伐する組織に勧誘されてしまったこと、そして、自分が『ヴィクトリア』というものになってしまったこと。思い出すだけで頭が再び混乱する気がした。
「……もう、早く寝よう」
そう言って横を向くと、直ぐ近くに明日の寝顔があった。そう言えば、明日も今日、ぼぉーとしていた時があった。理由は聞けなかったが、先程泣いていたことを考えると、『シンソウ』のことを思い出していたのだろうか。確かに、美咲は巻き込まれていたわけで……。
「お休み、明日」
額にキスをし、布団の中で手を握る。すると、握った手を握りかえしてくれた。そんな安心しきった気持ちで、美咲はようやく眠りについた。
~*~
時刻はもうすぐ深夜を指そうとしている。そんな都会の街に、空中を浮遊するものがあった。人の形をしているそれは、比較的光の弱い上空を選んで飛んでいる様にも見える。風になびかれている二対の結ばれた髪は、まるで尻尾のようにも見える。
「くっそ!何処に逃げても追ってきやがって!せめて、このGPSさえ外せることができれば……!」
視線を足元についているシールに向ける。赤く点滅しているそれは、研究者達によって貼り付けられたものである。何とかその場からは巻くことができたが、シールには探知機能が付いていたらしく、それを頼りに追っているようだった。
しばらく飛んでいたため、少しだけ疲労感を感じたので、比較的人の目につかなそうな路地裏に入っていく。武装を解除し、元の私服姿に戻る。武装を解除すれば、シールも共に消えてしまうため、しばらくは追われる心配はないだろう。
しかし、着地した場所が悪かったようだ。奥の方を見ると、ガラの悪そうな男達が路地裏でたむろしていた。人の気配に気づいた男達は、一斉にそちらの方を向く。
「ああ?誰だ?俺達に何か用かよ?」
「ていうか、こいつ女じゃね?しかもチョーカワイイし!」
「オイオイ嬢ちゃん。ここはお嬢ちゃんの来るようなとこじゃねーんだよ。さっさと帰んな」
「いや、待てって。こんな時間に女一人の方が珍しいだろ。ここは俺達と一緒に遊ばねーか?」
男達が一斉に少女に話しかける。それを面倒くさそうにため息を吐くと、はっきりと少女は言った。
「悪い。あんたらみたいな頭の悪そうなやつに興味ねーんだ。他を当たってくれよ」
そう言って少女はその場から離れようとした。しかし、男の一人に腕を掴まれてしまい、動くことができない。
「おいおい。女が男に口答えするなんていい度胸じゃねーか!怪我しても知らねーからな!」
「ここで喧嘩売るか?普通」
殴りかかってきた男を見て、もう一度ため息を吐くと、殴りに来た男の腕を軽く払い、攻撃を躱す。男はそのまま地面に転がる。
「なっ!?て、てめぇ!女だからって容赦しねーぞ!」
残りの男達が少女に殴りにかかってくる。少女は頭を痛そうに抱えながら、残り3人の相手を一人でした。小さい頃から空手を習っていた少女にとって喧嘩でしか人と戦えない男は相手でもなかった。5分もしないうちに男達を追っ払ってしまった。捨て台詞を文字通り言い捨ててから逃げていく男達。
「けっ。相手にもならねー」
「そうだろうな。育ってきた環境が違うんだからな」
「……覗きは犯罪だって知らねーのか、おっさん」
声の聞こえてくる方を少女が向くと、そこには鬼怒川が立っていた。相変わらず白衣を着ず、真っ赤な服を着たままである。
「知ってるさ。反応が消失した場所から周辺を探してみたが、何をやっているんだか」
「仕方ないだろ。降りた場所が悪かっただけだ」
「だからって喧嘩を売る必要はなかっただろ。まあ、無事だから良かったものの。さあ、俺の所に来るんだ。聞きたいことが山ほどあるのでな」
「誰がそう易々とついていくかってんだ!ゲイヴォルグ!」
少女がそう叫ぶと、赤い光をまとい、武装が装着されていく。全ての武装が装着されると、少女はそのまま背中のシャトルを起動させ、その場から飛び去ってしまった。
「……お前には仲間が必要だろうに。楓」
鬼怒川のその言葉は、既に楓と呼ばれた少女には届かなかった。
~*~
(い、痛い……)
右手に違和感を感じて、美咲は目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまった。身体を起こし、違和感のある右手を見るために布団を剥いでみる。そこには、もちろん明日が眠っているのだが、布団の中でくるまり、びっしりと汗をかきながら、美咲に握られている手を強く握っていた。時折、呻き声を上げながら苦しそうにしている。
「み、明日?……大丈夫?明日?ねえ、明日!」
眠っている明日を強く揺らして起こそうとする。しかし、眠りが深いのか、なかなか起きてくれない。それよりも彼女は更に苦しそうに呻っている。
「明日!ねえ、大丈夫!?明日!」
「ん……んぅ……」
瞼を重そうに上げながら、明日はようやく目覚めた。その目には、何故か涙が溜まっていた。よほど怖い夢でも見ていたのだろうか。
明日は美咲が目の前にいるのを確認すると、美咲の胸にいきなり飛び込んできた。
「み、美咲なんだよねぇ……生きてるん……だよ、ね……」
今までにない不安そうな声に、思わず明日の顔を覗こうとした。だが、それだけは止めた。顔を覗いてしまえば、それこそ明日に何を言われるかわかったものじゃないからだ。時間を見ると、まだ登校までに余裕がある。美咲は明日が落ち着くまで抱くことにした。ただ、静かに待った……。
~*~
ようやく寮を出たのは、明日が落ち着いてから1時間後のことだった。何も変わらない登校風景。変わったところと言えば、明日との会話がいつも以上に少ないことだ。溝が深くなった訳ではないが、何となく話しかけづらい雰囲気があった。あれから、明日は美咲の顔を見ずにずっと顔を合わせないように下を向いていた。
「みっさき!」
「ひゃわあ!?あ、藍!?」
「今日も柔らかいですなぁ。一体何を食べればこんなに―――て、今日は明日怒らないの?」
「ああ、怒らないっていうか、何というか……」
後ろから話しかけてきたのは、クラスメイトである
「何か喧嘩でもしたの?」
「いや、特に喧嘩はしてないけど」
「じゃあ、何で先に行っちゃったのかな?」
「それがよく分かんないだよね。強いて言えば、昨日帰ってくるのが遅かったんだよね」
「そうだったの?それって完璧に怒ってない?」
「でも、その後にあたしを心配してたって言って泣いてたからそれは違うんじゃないかな」
「今までも思ってたけど、本当に二人って複雑な関係だよね?何か漫画の百合を間近で見てるみたい」
「な、ななな、何言ってるの!?あ、あたしと明日はそんな関係じゃないよ!?」
「知ってる知ってる」
にやついた顔で言われてもまるで説得力がなかった。というよりも、藍は美咲と明日の関係を面白がっているだけに感じる。人前ではいちゃついていないと思っているのだが、藍の様子を見ている限り、実は隠し通せていないのではないかと不安に駆られてしまう。
そりゃ、昨日の夜にも寝る前に寝ている明日の額にキスをしたが。それは友達への敬愛というか、友情表現の一つというか、愛情表現の一つというか……。そんなことを蒸し返していると、美咲は自分の顔がどんどん熱くなっていくのがはっきりとわかった。
「と、とにかくあたしと明日の間には何もないの!それでOK!?」
「ハイハイ、リョーカイですよ。美咲と明日の間にはただの友情しかない、と」
「そ、そう言うことです!それよりも、ここで立ち止まってないで早く学校に―――」
と、美咲が言いかけた時、突然大きな爆発音と共に生徒達の悲鳴が聞こえてきた。見上げれば、ちょっと登った坂の上で、青空には似合わない黒煙が上がっていた。
美咲は走り出していた。美咲の意思ではない。身体が勝手に動いたのだ。それに、頭の中で赤いランプが点りながら、けたたましく警告音を鳴らしているような感じがした。本能が告げているのだ。あの煙の元に行かなければ、と。
坂を登り切ると、息を整えることさえ忘れ、美咲は目の前の光景を見た。真っ赤に燃えるひびの入ったアスファルト。その炎の真ん中に、スライム状の緑色の物体が周囲にいる生徒達を襲っていた。
「『シンソウ』!やっぱりこいつらだったんだっ!」
「み、美咲ぃ。い、一体何が……どうなって……」
息を切らしながら、美咲の後を追っていた藍が後ろから話しかける。しかし、美咲の返事がないことに気づくと、仕方なく自分の目で目の前の出来事を見ることにした。その光景を見た藍は、言葉を失ったと同時にその場で膝から崩れてしまった。
「助けないと。でも……」
そう、美咲は『シンソウ』を倒せるほどの力を持っている。昨日言われた神話武装の力を使えば、『シンソウ』から人を守ることができるのだ。しかし、ここまで人が多いと、神話武装で変身した時に噂になったりしないだろうか。それを心配してしまい、なかなか変身することができない。
「ど、どうすれば……」
その時、空から金色に輝く剣が落下してきて、『シンソウ』達に直撃した。『シンソウ』達は灰となり、消えていった。更に、その上空から青い装甲を纏った司が降りてきた。
「何をしてる?早く変身しないと」
「で、でも、こんなに人がいるとばれちゃうんじゃ……」
「他の人達はパニックになって周りなんて気にしない!私が保証してやる!」
「…………わかりました」
覚悟を決めた美咲は、首に下がっている神話武装を取り出し、それを昨日同様に掲げた。
「神話武装、カラドヴォルグ!!」
美咲が叫ぶと、金色の光に包まれ、着ていた制服が弾ける。そして、その上から赤い装甲が代わりに美咲の身体を包んでいく。やがて包んでいた光が消え、赤い装甲を着た美咲が姿を現した。
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