2.貴女も、私も、『ヴィクトリア』なのよ
「……美咲、遅い」
寮に帰ってから、既に一時間近くが経過しようとしていた。それなのに、未だに美咲が帰ってこないのだ。遅くならないように言ったのに。携帯には美咲宛てにかけた電話の履歴がずらっと並んでいる。しかし、それでも彼女から帰ってくる気配はない。
「まさか、変なことに巻き込まれたわけじゃあ……。まあ、美咲なら大丈夫かな。トラブルメーカーってわけでもないし」
そんなことを零してみる。そうでもしないと、自分自身が不安で押し潰れてしまいそうだからだ。何となくは思っていた。彼女の性格は、何時かトラブルに巻き込まれやすい性格をしている、と。
「早く帰ってきてよ……。というか、せめて連絡の一つくれてもいいじゃない……」
~*~
謎の少女に車に乗せられること十分。車が停車した場所は、やはりというか意外というか、美咲が通っている私立美桜女学園高等学校の正面入り口であった。
私立美桜女学園高等学校は、お嬢様学園として長い歴史を持つ高校である。しかし、近年になって、少子高齢化に悩まされてからは、お嬢様だけでなく、一般の女生徒も受け入れるようになったのだ。それでも偏差値が高いことに変わりないが、一般の生徒を受け入れたことでその人気も上昇しているようだった。
その高校を前に少女は、堂々と正門から入っていった。美咲も置いて行かれないように後を追っていく。
「あ、あの。どうしてうちの高校に?」
「それは見ればわかるさ。さあ、着いたぞ」
「え?」
少女が立つ正面。そこには、薄汚れた倉庫が建っていた。高校の創立年を考えればあってもおかしくはないが、校舎自体は十年前に建て替え工事が行われたのだ。そのため、他の周辺の建物も共に建て替え工事が行われたものの、その倉庫だけは行われずにそのままになっているのだ。様々な噂があるが、それはまた別の話である。
少女は倉庫に手をかざすと、扉に謎の紋章が浮かび上がり、重厚感のある扉が開かれる。美咲はそれをただ見つめることしかできなかった。
「じゃあ行こうか」
少女はそう言って倉庫の中へ入っていく。美咲も連れて入っていく。
そこには―――、
「ふあああああぁぁぁ!」
巨大な階段があり、その先も大きな空間が浮かんでいた。まるで遺跡やダンジョンで出てきそうな階段である。
「ここを下れば目的地に着くよ」
少女は言って、階段を下りていく。同じく美咲も続いていく。
階段を下れば大きな地下空間が広がっているが、美咲が思っていたものとはかけ離れていた。コンクリートで囲まれた空間には、巨大な機械が置かれていたり、美咲よりも太いコードが吊されていたりと、変わった空間が広がっていた。
しばらく歩いていくと、目の前に金属製の扉が見えてきた。その扉の上には、監視カメラだと思われるものが設置されていた。
「司、只今少女を連れて戻って参りました」
『ご苦労だった。入れ』
どこからか声がすると、目の前の扉が開かれる。階段が少しだけ薄暗かったこともあり、扉の先は眩しく、目を瞑ってしまう。
目が光に慣れ、閉じていた目を開いてみると―――、
「ウェルカムトゥ『シンソウ』討伐班へ!」
「ほぇ?」
パーンというクラッカーの音と共に火薬の匂いと白衣をまとった人々で充満した部屋で歓迎をされていた。またも、美咲の頭は整理できずにいた。
困惑している美咲を見て、少女は申し訳なさそうな顔で美咲の方を見た。
「すまない。ここの人達は少し
「い、いえいえ。そんなことはないですよ。あたしも少し騒がしいのは好きですし。何で自分がここにいるのかはわからないですけど」
「だろうな。少々強引だったが、所長から言われたのでな。そう言えば、名前をまだ名乗っていなかったな。私は
「赤沢美咲です。宜しくです」
司から差し出された手を、美咲は少々戸惑いながらも握った。と、握った手に伝わってきた感触は、女の子特有の柔らかさと共にガッシリとした感触も帰ってきた。
「で、話は変わるんですが、何で自分はここに連れてこられたんですか?」
「ああ、そのことなんだが、私の口よりも所長から直接訊いた方が早いだろう」
司は唯一白衣を着ていない男性に話しかける。話し終えると、男性は美咲の前に立つ。
「俺がこの討伐班の所長である
「は、はあ。そ、それよりも、何であたしはここに連れてこられたんですか?」
「そうだな。どこから話せばいいのやら……。そうだ。まずは『シンソウ』についてどのくらい知っている?」
「『シンソウ』についてですか?えっと、緑色のスライム状の生命体であり、その生態については未だにわかっていない。それと、『シンソウ』は人を襲い、襲われた人間は『シンソウ』に身体を溶かされて取り込まれちゃうんですよね?」
美咲は授業で知っている程度の知識を口にした。すると、鬼怒川は腕を組んだ状態で首を2、3度縦に振る。そして、口を開いた。
「なるほどな。教科書に載っている知識は頭に入っているんだな」
「今度学校で小テストがあるので、覚えていたんですよ」
「そ、そうか。まあ、その情報は後々役立つだろうから、テストが終わっても覚えていた方がいいぞ」
「あ、はい……」
「さて、では本題に入ろう。君は俺に何故ここにいるのか訊きたいのだな」
「そ、そうです!それと、ここが何処で、あたしがまとっていた鎧?みたいなのも訊きたいんです!」
「わかった。立ち話も疲れるだろう。向こうのソファにでも座って話そう」
鬼怒川が指さす先には、見ただけで高級そうなソファと天板がガラスでできているテーブルが置かれている。一体いくらお金がかかっているのだろう。そう思ってしまう。とりあえず案内された通りに、美咲はソファに座る。
そのソファは見た目通り、とてもふかふかしており、この上で寝ても気持ちよさそうなほどであった。思わず、気の抜けた声が出てきてしまう。
それを見ていた鬼怒川も苦笑していた。
「さて、ではまず、一番気になっている君の首に下がっているそれから説明する」
「お、お願いします!」
「そう堅くなるな。君の首にあるそれは『神話武装』と呼ばれるものだ。見てわかる通り、モチーフは剣なのだが、それは神話に登場する聖剣の名を持っているのだ。君のその剣の名はカラドヴォルグだ」
「因みに、私の首に下がっているのはエクスカリバーだ」
いつの間にか美咲の隣に座っていた司は、服の下に隠していた首飾りを取り出して見せる。その飾りはカラドヴォルグと違い、司のエクスカリバーは金色に輝いていた。
「カラドヴォルグ……。それが私の神話武装の名前、ですか?」
「そうだ。そして、神話武装が『シンソウ』に唯一対抗できる武器なのだ」
「『シンソウ』に対抗できる武器、か」
「そして、私や貴女の様に神話武装を扱える適正者のことを『ヴィクトリア』と呼んでいる」
「ヴィクトリア、ですか」
初めて聞く単語で頭がパンクを起こさないように、美咲は口に出してなんとか覚えることに専念する。すると、ある一つの疑問にたどり着いた。美咲はそれを真っ先に聞き出す。
「あの、その神話武装って女の人にしか扱えないんですか?」
「その辺は研究不足だからなんとも言えんが、俺達の研究結果では女性だけにしか扱えないようだ」
「だから、人物名から取って『ヴィクトリア』と呼んでいるの。貴女も、私も、『ヴィクトリア』なのよ。この力があれば人を助けることもできるし、何より『シンソウ』を倒すことだってできるの」
「俺達はその力を使ってこの世にいる『シンソウ』を駆逐することを目的に活動をしているんだ」
美咲はようやく自分がここにいる理由を理解することができた。まず、首に掛かっているものを神話武装と呼び、それを使えば『シンソウ』に対抗するための力が手にはいること。次に、その神話武装を使える女性のことをこの組織では『ヴィクトリア』と呼んでいること。そして、その目的は『シンソウ』をこの世界から排除すること。
……なんだろう。知らない間にもの凄いことに巻き込まれてる気がする。
「俺からの話は以上だ。何か質問とかはあるか?」
「これってあたしも参加をしないといけないんですか?」
「……本来なら参加をして欲しいところだが、それは俺が決めることじゃない。赤沢、君が決めることだ」
「あたしが、決めること……」
「さあ、今日はもう終わりだ。ルームメイトが待っているんだろう」
「ああ!そうだった!早く帰らなくちゃ!」
「今日は私が送ります。私も彼女と話したいことがありますし。それでいいかな?」
「あ、はい!宜しくお願いします!」
美咲と司は鬼怒川に礼をしてから部屋から出た。
鬼怒川は終始笑顔だった。その鬼怒川に話しかけてきたのは、後ろで立っていた爽やかな顔をした青年であった。
「所長。どうでしたか。二人目のヴィクトリアは」
「そうだな。実際、彼女の持っている神話武装は強力なものだ。此方としては、仲間に入って欲しいところだが、果たして」
「待ちってことですか?」
「そうなるな。まあ、今のところは司一人で何とかまかなえているが、それもいつまで続くか。そうだ。例のヴィクトリアはどうなった?」
「現在も捜索中です。未だに居場所も把握できていない状況です」
「そうか。引き続き捜索を頼む」
「了解です」
青年はその場から立ち去り、モニタールームと書かれた部屋に入っていった。残された鬼怒川は既に冷めてしまっているコーヒーを一口飲んだ。
~*~
外は既に暗くなっていた。時間を確認してみると、学校に来てから30分近くも過ぎていることがわかった。美咲の感覚としてはそんなに長話をしているつもりはなかったが、時間がそれを告げていた。
「はぁ……。絶対に怒ってるよ……」
「すまなかった。こんな時間まで付き合わせてもらって」
「そんな、司さんが悪いわけじゃないですよ。どちらかといえば、あの時興味本位で見に行ってしまった自分が悪かったんです」
そう、全ては美咲が悲鳴の正体を知ろうとしてしまったからだ。それさえなければ、神話武装というものも手に入らなかったし、こんな面倒ごとに巻き込まれもしなかったのだ。
「そう自分を責めるな。私だって最初は貴女と同じだったんだから」
「あたしと?」
「そう。私も君と同じく興味本位から巻き込まれてしまったんだ。当時はどうして自分がって思っていたが、今ではそれも悪くないなって思ってる」
「どうしてですか?」
「神話武装があれば、人々を守ることができるんだ。こんな私でも誰かを助けることができるんだってわかってからは、意外とすんなりと受け入れることができたんだよ」
「あ……」
その時の司の顔を見た美咲は、何か言いかけたのだが、今はそれを言う場面じゃないと思った。司が過去に何かあったことは今の言葉からも、その表情からもわかったが、今は聞かない方がいいだろう。本人が言うべきだと感じたときに聞こうと。
「どうした?」
「あ、いえ。それより、あたしのことは美咲でいいですよ。貴女なんて言いにくいですよね?あたしも司さんって言ってますし」
「では、お言葉に甘えさせてもらうわ。これも何かの縁だものね。美咲さん」
「は、はい!」
会話をしているうちに、気づけば既に寮の前に着いていた。気づかなかっただけで公園の前も通りすぎたらしかった。
「それじゃああたしはここなので」
「待って」
「はい?」
まだ言い足りないことがあるのだろうか。美咲はそう思った。
しかし、司の口から出てきたのは衝撃的な一言だった。
「実は、私もここの寮に住んでいるの」
「…………え?」
美咲はほとんど言葉を失っていた。
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