1.神話……武装?
放課後―――。
美咲は
本当なら、今月のお財布事情が厳しいのだが、いつも宿題を写してくれる親友に逆らうことなんてできるはずが無く、結局奢ることになってしまった。財布の中身が更に軽くなっていくのが、感覚になくとも何となくわかる気がした。
その隣では、親友の明日が美味しそうに奢ったクレープを頬張っていた。
彼女が食べているクレープは、クレープ生地たっぷりの生クリームにバナナ、苺、蜜柑の乗った上に、チョコレートソースをかけた他のクレープとは比較にもならないほどのボリュームであった。
実際、美咲も気になっていたので彼女が食べているクレープは美味しそうであった。……自分のクレープが手元にあるのだが。
と、明日が美咲の視線に気づいたのだろう。此方に目を配らせていた。明日は一度視線をクレープに落とすと、今度はそれを美咲に差し出してきた。
「ちょっとだけ食べる?」
その目は、完全にいたずらっ子のような目であった。
「ううん。いいや。あたしは自分の分もあるし」
「そう。これ、見た目以上に美味しいんだけどな」
クレープと美咲に視線を交互に移しながら、明日はそう言った。……何この子、明らかに食べたいでしょって誘ってるじゃん。そう考えてしまった。
「その……た、食べたい……です」
「うんうん。素直が一番よろしい。では、そんな素直な美咲ちゃんには、特別にこのクレープを一口進呈しましょう。……はい、あーん」
「う、うん。……あ、あーん」
控えめに開けた口の中に、その大きさとは不釣り合いなクレープが入ってきた。生クリークの甘さが先に来たが、その後を追うようにバナナの味が来て、それを待ちわびていたかのようにチョコレートソースの味がしてきた。
確かに美味しい。高いだけのことはある。あるのだが、味に関してはよくわからない。と言うよりも、恥ずかしさで舌が上手いこと味覚を感じ取ってくれないのだ。
「美味しい?」
「う、うん。美味しいよ」
「喜んでくれてよかった」
満足そうな表情で明日は再びクレープを食べ始めた。あ、これって間接キスになるんじゃ……。
いけない、いけない。あまり変なことを考えない方がいい。間接キスなんて女の子同士で気にすることじゃないのに。
「さて、それじゃあ食べ終わったら帰ろうか」
「そうだね。あまり遅くなるのもね」
クレープを頬張りながら、二人は駅前を後にした。学校帰りの学生や会社帰りのサラリーマン達で混み始めていた。
美咲達はそれらに逆らうようにして歩いていく。と、美咲はあることに気がついた。
「ゴメン!あたし、買わないといけないものがあるんだった!先に寮に帰ってて!」
「え?あ、うん。わかった。……あまり遅くならないでね。最近、物騒だから」
「うん。心配してくれてありがとうね」
笑顔で明日のことを見る。安心したのだろう。明日も微笑んで人混みを縫うように寮へと向けて歩いていく。しばらくして、その姿は人混みの中へと消えていった。
美咲は目的を達するために近くのデパートに向けて歩いていく。頬張っていたクレープを口いっぱいに詰め込んだ。口の中に少しだけ甘ったるさが残るが、それがクレープのよいところだと感じる。
デパートに入ると、文具売り場に足を運ぶ。美咲の目の前にあるのは、近頃流行り始めている同じ柄で色違いのシャーペンである。ニュースでやっていたのだが、このシャーペンを仲のいい友達に渡せばずっと友達でいられるというものである。美咲はこういったものに目がなく、占いも未だに信じているほどである。
だが、異変があったのはそのシャーペンを買った後だった。
「このシャーペンを明日にあげて……。えへへ」
買った商品が入っている包み紙を抱きしめながら、美咲はデパートを後にする。このまま寮に帰って早く明日にプレゼントしよう。
軽快な足取りで帰路についていると、その途中にある公園に目が入った。既に5時を回っているのだが、子供達が未だに外で遊んでいる。子供が好きな美咲にとって、その光景はとても微笑ましいものだった。
が、突然、女性の悲鳴が静かに鳴りかけていた住宅地近くで響き渡った。
「な、何!?」
突然の悲鳴に公園で遊んでいた子供達は、直ぐに公園から走り去ってしまった。美咲も逃げるのが先決なのはわかっていたが、悲鳴の正体が気になってしまい、足が悲鳴のした方向へ運んでいた。
しばらく走っていくと、嫌がる女性の声が聞こえてきた。近くの木に隠れながら、女性の声が聞こえる方へ顔を覗かせる。
「いやぁ。近づいてこないでぇ……」
そこにいたのは美咲と同じ学校の制服を着た少女が、緑色の物体に襲われていた。
(『シンソウ』!?)
悲鳴の正体を知った時、美咲は足をすくわせてしまった。助けに行かないと。でも、もし、自分もあれに襲われてしまったら……。そう考えているうちに、足が動かなくなってしまったのだ。
そして、美咲は衝撃的なものを目にした。
飲み込んだのだ。同じ学校の生徒が、『シンソウ』に飲み込まれてしまったのだ。
少女は最初こそ藻掻いていたものの、しばらくして脱力したように力が抜けてしまい、服が溶かされていた。そして、服が溶けきると、皮膚の色が変色していき、『シンソウ』に取り込まれてしまった。
「嘘……。取り込まれちゃった……」
あまりに衝撃的であり、ショッキングな場面を見てしまい、美咲は呆然としている他なかった。
「そ、そうだ。早くここから逃げないと」
向こうにばれないように逃げるつもりではいた。しかし、運悪く足元にあった小枝に気づかず、それを思い切り踏んでしまった。当然、周囲にバキッと言う音が木霊する。
美咲は恐怖に駆られた。しかし、気づいた頃には、既に『シンソウ』に囲まれてしまっていた。
「どうしよう。あたしもああなっちゃうの?」
ジリジリと近づいてくる『シンソウ』。囲まれてしまった美咲はその場で崩れてしまう以外にできることがなかった。自然と涙が滲み出てくる。
ゴメンね、明日。あたし、ここで死んじゃうみたい。
じゃらん―――。
「え、足元に何か……」
美咲は自分の足元を見る。そこには剣の形をしたアクセサリーが落ちていた。アクセサリーとしてはあまり需要がなさそうであり、美咲自身は絶対に手に取らないものである。しかし、そのアクセサリーは、どことなく十字架に似ており、思わず手に取ってしまう。
それを胸に当て、何となく祈ってみる。神様でも、仏様でも、何でもいい。とにかく、今の状況からあたしを守って欲しい、と。
すると、持っていたアクセサリーが反応し、美咲を金色の光に包み込んだ。
(何、これ?)
みるみるうちに着ていた制服が解けていき、見慣れない装甲が身を包んでいく。髪もゴムやヘアアクセサリーといった可愛らしいものではなく、身体にまとっている装甲と同じようなもので束ねられる。全身が装甲に変わったところで、美咲を包んでいた光が消えてなくなった。
「ん?な、何これ!?」
出てきた第一声がそれだった。美咲の整理がつかないうちに、変身が完了してしまっているので無理もないだろう。とはいえ、未だにピンチであることに変わりないのだ。
そう考えていると、『シンソウ』が一体美咲目掛けて襲ってきたのだ。
「くるなああああぁぁぁ!!」
美咲は叫びながら、『シンソウ』に向けて拳を突き出した。その拳は襲ってきた『シンソウ』にクリーンヒットし、弾け飛んだ。弾けた『シンソウ』は灰となり、綺麗さっぱり跡形もなく、なくなってしまった。
こんな力、あたし持ってたっけ?美咲は更に思考が追いつかなくなっている。
その時、上空から何かが降ってきた。美咲の近くに着地をしたので、美咲は着地の暴風に煽られ、そのまま後方へ飛ばされてしまった。
「いったぁ……。もう、何がどうなってんの!?」
「無事か?」
「無事だったら、公園の地べたに寝転がってない……って……」
そこから美咲は言葉を失った。
美咲の視線の先、そこに立っていたのは、美咲と同じ装甲をまとっているちょっとだけ大人びた少女。しかし、装甲の色は違っていた。美咲は赤い装甲を、目の前の少女は青い装甲を身にまとっているのだ。
「聖剣エクスカリバー!」
少女が叫ぶと、彼女が掛けているネックレスが光り、何もないところから黄金の剣が現れた。少女がそれを手にすると、『シンソウ』に向けて振りかざした。次々に『シンソウ』は切られると、少女がその剣を地面に突き刺したと同時に弾けた。
手にしていた剣が消えると、少女は美咲の方へ歩みを進める。
「怪我とかはないか?」
「あ、はい……。ありがとうございます」
差し出された手を握り、立ち上がる。未だに思考の定まらない美咲は、そこから先の言葉が出てこない。
それを察したのか、少女から美咲へ話しかけた。
「……見たことない顔だな」
「は、はあ」
見たことないのは当たり前である。美咲も少女のことを初めて見たのだから。
と、美咲は少女の視線が顔よりも下の方に向けられていることに気づいた。美咲は彼女の視線を追っていくと、少しだけ膨らんでいる双方の果実に向けられていた。
「ど、何処見てるんですか……」
「ん?いや、胸は見ていないよ。君の首に掛かっている首飾りを見ていたんだ」
「え、エン……?」
初めて聞いた言葉に戸惑う。というか、まず彼女が何を話しているのかすらわかっていない。美咲は勇気を振り絞り、少女に聞いてみる。
「あ、あの!一体何が起こっているんですか?あたしには、何が起きてるのかさっぱり……」
「あれ?君は神話武装に選ばれたから、私と同じように変身をしたんじゃないのか?」
「神話……武装?」
これまた初めて聞いた言葉に戸惑う。首を傾げて「?」を浮かびあげる以外、美咲にできることはなかった。
少女は少しだけ考える仕草をした後、どこかに連絡を取っている。美咲はその場で立ちつくすだけである。やがて、少女が話し終えると、再び美咲の方へ向きをかえる。
「ちょっとだけついてきてもらってもいいかな?」
「え?で、でも、あたしもう帰らないと。ルームメイトも困っていると思いますし……」
「いいから。ちょっとだけだから。ね?」
少女がそう言うのと同時に、黒塗りの車が公園の入り口前に止まった。明らかに高そうな車である。一体いくらするのだろう。
と、美咲が考えていると、いつの間にか少女に手を掴まれており、そのまま引っ張られた。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
そのまま車に乗せられると、車は寮とは正反対の方向へ動き始めた。
……これって一種の誘拐なんじゃないかな?
美咲は思ったのだった。
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