一章 なるほど、あんたか
①
「すっげえ! アメちゃん見ろよ! この湖の広大さを!!」
「うーん! 気持ち良いね! これは琵琶湖レベルか!?」
目の前に広がる光景に、彼らのテンションはひどく上がっているようだ。
(いつも明るくて楽しくて、なんかいいなあ、こういうの)
釣られて、ジルベルタもつい微笑んでしまう。
ここは湖の街・トライアディ。街のどこからでも、巨大な湖が視界に入る。
今は、幹人が目を覚ましてから十日後だ。全メンバーで王都を早朝に出発したオオヤマコウセンは、ポッロ車でしばらく走り、このトライアディへ昼過ぎに入った。
多くのメンバーの要望により、一行はまっすぐ湖の岸辺へとやってきている。岸は岩を組んで補強してあり、湖面までは少し高さがある。
「湖の色、エメラルドグリーンに見えるな!」「この色になるのってどうしてなんですか?」「水底が海なんかと比べて浅い事が原因だな」「湖に飛び込んだ太陽光が緑の波長を水中で拡散させきれないままに水底で反射してこっちの眼に届くんだよ」
岸から身を乗り出して、オオヤマコウセンのメンバーたちは、ああだこうだと盛り上がっている。
「騒がしくてすまんな、ジル」
隣でそんな事を言う照治に、ジルベルタは笑顔で首を横に振る。
「ううん、そんな。仲良しだよね、オオヤマコウセンの皆って」
「気が合うんだ。根っこの価値観が皆して似ているから、一体感が出やすい」
「なるほど。コウセンセイ、だったよね?」
「そうさ、よければ覚えておいてくれ。こことは違った世界に住む、狂人の呼び名を」
冗談めかした彼の言葉に、ジルベルタはまたつい笑ってしまった。
ジーリン・アッドクライムのもとへ共に向かうにあたって、彼らオオヤマコウセンの事情は一通り、聞いてある。
彼らはこことは違う世界、異世界から来た人たち。
もとの場所へ帰る方法を探していて、おそらくジーリンは大きな手がかりを持っている。だから会いに行く必要がある。
(信じられないような話だけど……)
しかし実際、どう考えても彼らオオヤマコウセンの知識と技術は異様だ。照治に言わせれば最も異様なのは人間性だという話だが、それを差し引いても普通じゃない。
わざわざ自分にそんな嘘を吐く理由もないだろうし、そんな人たちではないとも思う。
ジルベルタは、彼らの言う事を全面的に信じている。
「しかし、思ったよりも湖を走る船が多いな。島と行き来は頻繁なのか?」
「島によるかな。人がよく行く島もあれば、全然行かないところもあるみたい。あとは魚釣り用の船だね。ここのお魚は美味しいよ」
そんな事を話しながらジルベルタと照治で先頭を歩き、皆でぞろぞろとそのまま湖沿いを行く。
しばらくすると、渡し場が見えてきた。
岸に繋がれた何艘もの船が、湖の上に浮いている。
渡し場に設えられた小屋の前に差し掛かると、ガチャリとドアが開いて老齢の男性が顔を出す。
「おう、オオヤマコウセンの皆さんだな。マスターは先頭のお兄さんかい?」
「ええ、自分がギルドマスターです。渡し場の取りまとめの方へ、王室から連絡が行っているかと思うのですが、あなたが?」
「ああ、わしだよ。……しかし、たまげたさ。まさか王室から直々に紹介の手紙が来るとはね。さすがは噂の賢人さんだ。国王様からそこまでの信頼を得ているとはね」
渡し場の取りまとめらしい男性は、感心したように頷きながら言った。
「恐縮です。運と縁には恵まれていまして」
照治は、特に舞い上がっているわけでもなく、冷静だ。
しかし、照治たち当人がどう思っているのかはわからないが、オオヤマコウセンといえば、今やかなりの有名ギルドである。
厄介な魔物を討伐し特例で黄ランク結成、メンバーに新世代筆頭のザザ・ビラレッリを引き入れ、大精霊祭では予選から勝ち上がり大本命を破り、さらに伝説の精霊を鎮めて観客を救う活躍。
そして先日の、難攻不落といわれていたマヤシナ・ダンジョンの攻略だ。
マヤシナはその特殊さと厄介さから数あるダンジョンの中でも最悪の場所と知られ、数字外れ(ナンバーレス)すら何人か命を落としてきた。
冒険者の間では、攻略不可能なダンジョンの代名詞ですらあった。
だと言うのに。
「船多いなあ……主たる推進方式はなんだ?」「まさかのウォータージェット推進に一票!」「いや、さすがにそれは。……帆船ではなさそうだな」「サイズから言って手漕ぎってんでもないっすよね」「じゃあ輪かな? でも外輪はなさそう?」
並んだ船を見て、相変わらず何かよくわからない単語で賑やかな彼ら。
時折自称するように、変な人たちではある。だけど、だからこそかもしれない、彼らには特別な知識と技術が、そして貪欲に前へ進む情熱がある。
ウルテラから出された新聞で、オオヤマコウセンは『賢人』と讃えられていた。
その呼び名は今や王都でも有名で、ついさっき渡し場を取りまとめる男性も口にしていた。このトライアディにも、そしてきっと他の街にも知れ渡っている事だろう。
(すごい人たちなんだ、本当に)
もし真実、この世界に滅びが迫っていたとしても。
もしかして彼らなら、ワイワイ楽しみながらなんとかしてしまうのではないだろうか。そんな風にすら思う――。
「……え、え!?」
ドボーン、と。上がった水柱は計ふたつ。思わず動揺に声を漏らしてしまった。
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