②
「なんだなんだあ!? 誰か落ちたのかあ!?」
「ああ、大丈夫です」
「大丈夫って、いや、しかし賢人の兄さん……」
取りまとめの男性も慌てているが、照治は涼しい顔だ。
そしてやがて、湖面からふたつの人影が浮いてきて、彼らはずるりずるりと岸の上に上がってきた。
否、帰ってきたと言った方がいいだろう。
「電気科二年・井岡、戻ってきました!」
「機械科二年・島田、潜ってきました!」
服をびしょぬれにしてそう言うのは、井岡と島田。メンバーの中で特に明るく、ジルベルタの施設の子どもたちともよく遊んでくれる元気な男の子二人だ。
彼らは揃えて声を発した。
「「スクリューっすね!」」
「ほおー、スクリューか」「あの船体サイズで? へえ……」「そのスクリューは何で動かしてるんだろ」「魔道具か? でも俺たちみたいに、精霊聖水使う形のチューンにでもしないとそんなに出力でないはずじゃ」
「いやいやいやいや待ってください!」
さすがに突っ込まずにはいれらない。平然と話を続ける一同に声をあげながら、とにかくジルベルタは湖に飛び込んだらしい井岡と島田に駆け寄った。
「こんなにびしょびしょになって! お天気もいいしそろそろ暑くもなってきましたけどっ、これじゃあ気持ち悪いでしょう!」
「たしかに不快感はあります! いやでもね、聞いてくださいジルベルタの姉さん! これは必然的な不快感なんです!」
「ご、ごめんなさい、どういう……?」
わからずに問うと、井岡は説明してくれる。
「俺たちは絶対に船の推進方法を確認したい。今すぐ確認するには当然、潜るしかない。潜ったらもちろん濡れて不快感を得る――事ほどさように、俺たちが俺たちである限り、この不快感にはどうせ行き着く」
すぐさま、島田が話を継ぐ。
「そう、つまりこれは必然なんす。なので、俺たちは抵抗なんてしない。必然に対して駄々はこねない。そういう自分で生きていたい」
「す、すごい……何を言ってるか本当に全然わかんないです……!」
何かしらの信念は感じるが、理解をしてあげる事ができない。
人と人がわかり合うのはこんなに難しかったろうか。
すごい人たちなのは間違いない。間違いけれど同時に、やはり、すごく変な人たちでもあるのだ。
「あんたらなんか、こう、アレだな、独特というか……」
「そういう生き物だと思って頂ければ。ところで、話を戻しましょう」
冷静に話を促す照治は、さすがこの集団の長。こうでなければ引っ張れないのだろう。
「おう、まあ、そうするか……。あんたたち、例の島へ行きたいんだって?」
男性の口調は、少し困ったような色だった。
「もちろん国王陛下のご紹介だし、お連れするけどよ。悪いが、たぶんな、たどり着かないと思うぜ。あの島について、ここに来る前に話くらい聞いてきたんだろ?」
「ええ、王室やギルドで聞ける事は聞いてきました。なんでも、その島にはなぜか近づけないんでしたね」
「そうさ。島の近く、ある程度のところに、目には見えない壁があるんだ。どの方角から攻めてもそれにブチ当たる。気味が悪くて仕方ねえ」
男性はため息を吐いた。
「なんか魔物が住んでるんだろう。たまにあるっていうからな、そういう場所」
男性の言う通り、自分の縄張りに近づかせまいと、魔物が特殊な魔法で結界を作る事はまれにある。
「今まで、力自慢・魔法自慢の冒険者たちがなんとか島に乗り込んでやろうと、壁破りに挑戦してはきたんだが駄目だったよ。島に陣取ってるのはきっと、えらく強い魔物なんだろう。湖のヌシ、なんて呼ぶヤツもいる」
「なるほど、それはそれは。問題ありません、さっそく船を出して頂きたい」
「……いや、まあ、出すけどよお」
チラリと男性が、ジルベルタとザザに視線を向けた。
「かの【血染め桜】に【薙旋】。特等冒険者が、しかもその中でも特にお強いと評判のお二人が揃ってる。そりゃあ自信はあるだろうさ。……だけどな、実は、極等冒険者が島に入ろうと頑張った事もあったんだぜ」
「それも耳にしました。そして、駄目だったと」
「知ってんのかい。それでも行こうってんなら、止めても無駄だな……。だったら、とにかく行ってみて体験した方が早いだろう」
岸に繋がれた船の内、二つを順に指さしながら男性は言う。
「あれとあれ、今回ご用意した船だ。好きに乗りな。もう船員は待機してる」
「わかりました、お世話になります。……全員聞け! メンバー分けは適当でいいだろう! さっそく船に乗り込むぞ!」
いよっしゃあ! と勢いのいい声を返し、メンバーは各々船へと足を踏み入れていく。
「ねえテルジ、大丈夫なのかな? 島に入れる?」
ジルベルタが小声で問うと、彼は泰然と笑った。
「おそらく、大丈夫だ。ダンジョンの奥で手に入れた青い球っころ、その中から出てきた黒い箱があるだろ。地図のデータが入っていたヤツ。あれが認識タグの役割を果たすはずだ。島に掛けられたプロテクトはそれで通れるだろう」
「え、ええっと……」
「俺たちには入場権があるって事さ」
ジルベルタにはよくわからないが、彼が言うからにはそうなんだろう。
そんな風に思ってしまうくらいには、ジルベルタは照治に信頼を持っている。
「照兄! てるに~! 一緒に乗ろうよ! ところでスクリューをどう動かしているかが明らかになったぜ! 頼んだら見せてもらえたんだ!」
「なにい!?」
「まさかの人力だよ人力! でも身体強化魔法アリの世界なら確かに合理的!」
「……うーんなるほどそうか身体強化魔法アリだと人体はかなり優秀な動作ユニットと考える事ができるのか! とにかく俺にも見せてくれえ!」
弟分の幹人に呼ばれて、照治はそちらへ行ってしまった。そのまま、幹人と同じ船に乗るのだろう。
「ジル~! こっち乗りなよ、女子会しようぜ」
自分はどうしようか、考えていると声がかかった。
オオヤマコウセン最年長メンバーの一人、横倉だ。きっぷのいい女性で、頼りがいがある。
彼女の乗る船の中を覗けば、男子の何人か、そして女子メンバーが皆揃っている。
「あ、いいですね。では失礼して」
「いらっしゃ~い」
船内に入り、向かい合う形で二列に作られた長椅子、その空いている場所に座った。
船には屋根があるので、日差しから逃れられて少し涼しい。
「おそろいですね? では出発!」
先頭で操舵輪を握る船員が言って、船が出航した。
「ジルはこれ、乗ったことあんの?」
「うん。結構速いでしょ?」
「いいね、気持ちいい」
飛沫をあげる湖面を眺めながら、横倉は上機嫌だ。
「ところでミイさん、ミキヒトさんとはどうなんですか?」
「っ! っ、そ、あ、え、……あのっ、ええとっ」
「ぶっこむなあザザ……。でもたしかに、それをこの場で切り出す権利があんのはあんただけだよ……」
ザザの発言に魅依は思い切りたじろぎ、横倉が小さく拍手しながらそう言った。
幹人と魅依が付き合い始めたというのは、ジルベルタも聞いている。とは言え、彼らはあまりベタベタとはしていないようだ。今だって、別々の船に乗っている。
あるいは、皆でいる時はなるべく今まで通りでいようと決めているのかもしれない。
「え、ええと、そ、あの、……た、大変、よくして頂いています!」
「取引先相手みたいな返答だ」
横倉が苦笑しながらそう突っ込みを入れ、ザザはため息を吐いた。
「いいな~」
「ええと……」
「いえ、しょうがないと思います。ミキヒトさん、ミイさんの事、すごく好きですもんね。……でもいいな~。譲ってくれたりしませんか」
「そ、それは、その、ごめんなさい、それだけは、ちょっと絶対に……」
「じゃあ半分こ、半分こしましょう」
「だ、だめです……!」
「え~……」
足をプラプラとさせながらザザは不満げに唸った。
「ジルさんはお相手いないんですか? とても人気がありそうですが」
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