俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する

ファミ通文庫

プロローグ

「……勝つぞ、幹人。今年こそ、今度こそ」

「うん、勝とう」


 兄のように慕う先輩の呟きに雨ケ谷幹人は頷きを返した。

 目の前にはモーター、ギアボックス、シャフト、ケーブル、センサー、タイヤにゴムにバネに基板にその他諸々と、それらを収める無骨な金属フレームの集合で出来た物体が鎮座している。


 これは幹人たちお手製のロボットであり、来週末からの全国工業高等専門学校ロボットコンペティションを戦う愛機にして相棒だ。


「統率力とナイスな采配に期待してるよ、照兄」


 幹人が照兄と呼ぶロボット研究部部長、中久喜照治はこちらの言葉に掛けている眼鏡をくいっと直して、その整った顔に不敵な笑みを浮かべた。


「おう、任せとけ。だが、今年はマシンの消耗が激しい戦略だからな。メンテ班のお前の方が大変かも知れんぞ」

「死ぬ気で手ぇ動かすよ。伊達にレポート提出前夜を幾度となく越えてきてないさ」


 幹人たちは高専生だ。すなわち、高等専門学校に通う学生である。

 高等専門学校は主に中学を卒業した者を受け入れる、多くが機械、電気、情報、土木、化学などを学ぶ工業系の科で構成される五年制の教育機関だ。


 幹人は機械科の三年生、照治は電気科の五年生である。

 高専では、国語や歴史などの文系一般科目の時間が削られ、その代わりに機械科なら機械、電気科なら電気と、選択した専門の科目についての講義が山と用意される。


 高校と比べ、良い悪いは別として特殊である事は間違いない教育機関だ。偏差値で言えば概ね六◯から六五と進学校クラスの位置にあるものの、なんだかよくわからない風変わりな学校というのが一般世間的な評価だろう。


「気合入れないとね。高専って言ってわかんなくとも、ロボコペやってる学校って言えば世間様にはピンと来てもらえるんだから」

「そうなんだよなあ。……ロボコペやってる奴なんて全体で見たら少数派だが、だからこそ責任重大だと勝手に思っておくか」


 ロボコペの全国大会と言えば、国営局による全国放送もされる派手な舞台だ。

 幹人たちの所属する大山工業高等専門学校はそれなりに強豪であり、今年も地区大会を優勝、全国大会へ駒を進めている。


 今日は11月の第2土曜日。東京の両国国技館で開かれる全国大会は1週間と1日後の第3日曜日。みっちり作業の出来る土日は今日と明日が最後となるので、現在、大詰めとなる改善・調整会の真っ最中である。

 場所は学校の構内にある独立したガレージとその周辺、時刻は午後3時を回る。


「とりあえず今んとこ一番安定してる24でいくって事でいいんだよな? タッチセンサの閾値」「おおーい、この関節ちょっと緩んでるよこれ……」「本番のボールの空気圧ってどんなもんだっけ?」


 有志で構成された大山高専ロボット研究部は総勢30名ほど。揃って、部でまとめて購入している紺に近い深いブルーのツナギを着込んでいる。


「それにしても、ちょっと小腹が空いてきたな……」

「うーん、買い出しに行ってくれてるメンバー、そろそろ帰ってくる頃だと思うんだけど……お、なんて言ってたそばからだ」


 遠くから見慣れた人影が歩いてくるのが見え、ほどなくして聴こえ始めたのは姦しい話し声。


「っあ、お兄ちゃーん! 買ってきたよー!」

「おー、待ってた待ってた。ありがとう、咲」


 ビニール袋を下げた手をこちらに振るのは、長い黒髪をサイドテールにまとめた女の子だ。シャッターを開けたガレージの中から手を振り返した幹人の下へ、軽やかに駆けてくる。

 ガレージの中は板張り仕様に改装してあり土足禁止なので、入り口で彼女は靴を脱ぎ脱ぎ、きちんと揃えて上がってきた。


「お菓子! とかハンバーガーとか! 元気が出そうなやついっぱい買ってきた!」

「めちゃありがたい、えらいえらい」

「でしょでしょ!」


 ビニール袋を床に置き、中身を取り出しながらにっこりと笑う彼女は幹人の4つ歳下の妹、雨ケ谷咲。目のぱっちり大きな愛らしい顔立ちをしており、表情の無邪気さと相まって、実年齢よりも少し幼く見える。


 咲はロボ研部員、どころか高専生ですらなく、近所の中学校に通う二年生だがこの時期は毎年、差し入れを届けてくれたり買い出しを担当してくれたりと、ガレージに居る事が多い。


「私らのとっからも取りにきて。数は余裕あるはずだから、適当に」「飲み物もあるよー! 翼とか授けてくれる系の奴も大量にね!」


 咲の後からはさらに2人の女子がやってきて、同じく膨れたビニール袋をガレージの床へと置いた。


「女子だけで行かせて悪いな、助かる」

「いいですよ、その代わり優勝して下さいよ」「声張り上げて応援すっからね!」

「鋭意努力しよう」


 礼を言った照治にそれぞれ言葉を返した彼女たち2人は、高専生だがロボ研部員ではない。それぞれ化学科と建築科の学生であり、機械科や電気科と違ってロボット制作は専門外。

 この時期、試合以外の事に頭と手が回らなくなる部員のため、咲と同じようにあれこれ手伝いに来てくれているのだ。


「お、照兄、そう言えばこれで全学科揃ったね」

「そうだなあ。ま、うちの部らしくて良いんじゃないか」


 大山高専は機械、電気、情報、化学、建築の全五学科。

 ロボコペに向いた機械科、電気科は当然として、プログラミングの専門家である情報科の学生も1名、このロボ研には在籍している。そこに諸々の手伝いで化学科と建築科の2人が来てくれて、この場には全ての学科が揃った事になる。

 こんな修羅場に部外者がいる事を嫌うチームもあるんだろうが、このロボ研はどちらかと言うとむしろ、お祭り感を好ましく思う性質だ。


「よおし、食うぞ。俺もお前も今日は泊まりだからエネルギー付けんと保たん」

「そうね。お、咲、ありがと」


 照治の言葉に頷きながら、幹人は妹からハンバーガーを受け取った。

 これを食べたらまた全力で作業だ。頭はもう、優勝を目指す全国大会の事で一杯で。

 だから、当然のように想像もしなかった。

 大会に行くどころじゃないなんて状況に、自分たちが陥るなんて、そんな事は。




「んおおおおおおおああああああああああああああああああああああッ!?」

「……なんだあ?」


 頭を殴られるようなインパクト。上がった叫び声に幹人は上半身を起こした。眼をこすりつつ、時計を見れば午前七時半。

 結局、昨日というか今日というべきかは、自分や照治を含めて何人かの泊まり込めるメンバーで朝方まで作業をしていた。雑魚寝のような形で、四時間くらいは眠っただろうか。

 完全にシャッターの上がったガレージ正面から光が差し込み、室内はひどく明るい。

 そして、そこから覗く景色は。




「幹人ぉおおおおおおおおお! 大変だ! 起きろ!」

「……照兄の叫びで起きた、んで、えと…………、……や、え、……ん?」



 緑の濃さが、何より意識を持っていく。活き活きと木々が立ち並び、その葉は青々と生い茂り、陽の光を照り返している。手前には背の低い草むらが広がり、人工物の気配は一切ない。

 どこともしれない森の中、そんな表現がおそらく妥当だろう。

 ガレージの外に広がっていた光景は、学内では絶対にありえないものだった。



「どうなってんだ……」「どこだよここ……キャンプ場みたいな匂いするぞ」「自然溢れてる感がやばい、アウェーなのはわかる!」



 周りを見渡せば、一緒に泊まり込んだほとんどの人間が起きているようで、口々に困惑に染まった言葉を零している。


「……えと、あー……その、なんなの照兄。この狼狽える気も起きない状況」

「俺が知るか! 起きてみたら他の奴らがシャッター開けてて、外を見たらわけのわからん森の中だ!」

「……ぬえー、なにぃおにーちゃーん」


 こちらの腰元にひっついて眠っていた咲が、寝ぼけまなこで上半身を起こす。


「咲、外、見てみ」

「んえー……あかるぅい」

「もうちょっと違う視点で」

「みどりがゆたかー………………え?」


 そこで初めて咲は怪訝そうな顔をして、やがてすっくと立ち上がり、開け放たれたシャッターの下へ駆け寄った。


「え、あれ、……あれ、……お兄ちゃんここどこぉ!?」


 まじまじと外を眺め、振り返って問うてくる顔を見るにどうやら眠気は飛んだようだ。


「兄ちゃんたちもわかんないんだなー……」

「えー……ええ……、えええ……」



 呆然とする咲。それはそうだろう。

 改めて幹人も妹の隣へ行く形で、空いたシャッター際に行って外を見てみる。濃厚な緑の香りが鼻先に届いた。

 何人かの部員たちが外に出て草むらや木々の間に足を踏み入れているようだが、特に発見はなさそうだった。


 幹人たちの表情にゆっくりと、しかし確実に焦りの色が増していく。




(……意味不明過ぎてあんま実感沸かないけど、これ普通にやばい状況だよな?)


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