第2話「幼馴染み」

「あはははははははは!」

 ユッキーの笑い声が響く。私とユッキーは椅子に座り、机を挟んで向かい合っていた。放課後の教室には、帰り支度を済ませたクラスメートの姿がちらほら。

「もうっ! 笑い話じゃないんだってばっ!」

 私が抗議しても、ユッキーは膝を叩いて笑い続ける。そんなに笑わなくても……ほら、皆もこっち見てるよ? ああ、吉井さん、あんなに目を丸くしちゃって……。

 私はユッキーにジト目を向けた。むすっと大きく頬を膨らませて。すると、ユッキーは「ごめんごめん」と頭を下げた。眼鏡を外し、指先で涙を拭いながら。

「……あー、でもさ、良かったじゃない?」

「なんで?」

「なんでって、劇的な出会いからの告白……ナナの計画通りじゃないの?」

 ……うん、確かにそうだ。私こと七海ななみ七瀬ななせは、オンゲーに出会いを求めていた。だからあれこれと手を尽くし、ついに昨晩、出会いを果たした……果たしたけどさっ!

「私は助けられたかったのっ! 白馬の騎士にっ!」

 バンバンと机を叩く私。恋に落ちるのは私の役目で、そのための出会いだっていうのに……これじゃ、こんなんじゃ、ピエロもいいところよっ!

「でも、カッコいいんでしょ?」と、眼鏡をかけ直しながらユッキー。

「そりゃ、まぁ……」

 それは否定できない。全くできない。好みかは……よく分からないけれど、カケルさんはカッコいい。美形で、男前で……何と言っても、ルヴァーゼ族なのだから。

 ……ただ、カケルさんは白魔術士だ。ナイトではない。白馬にも乗っていなかったし、むしろ白馬に乗っていたのは私の方だ。(立派な翼のオマケ付きで)

 それに、カッコいいからこそ土下座は衝撃的だった。そして、直後の告白は、黒絹の森にいる全ての冒険者に届いただろう。……告白した人、された人の名前と共に。

 それはそれは、話題となったはずだ。「シャウトで告白してる人がいたw」とかなんとか。さすがに、コミュニティサイトやSNSで曝されることはないだろうけど……おのれ、ガッカリーには無反応だったくせに! 陰険だっ! 悪質だっ!

「ナナ?」

「……ん、ちょっと、オンゲーの闇について考えてた」

「……そう。それはともかく、ナナの理想をカケルさん……だっけ?」

「うん」

「その、カケルさんに押しつけるのは、悪いんじゃない? ジョブって言うんだっけ? 白魔術士からナイトに変更することだって、後からできるんでしょ?」

「それはそうだけど――」

「なら、これからよ、これから。ナナ、頑張れ! 応援してる! ファイト!」

 ユッキーは手を伸ばし、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「……何か、ノリが軽くない?」

「あら心外。私はいつだってナナのことを真剣に考えてるわよ? 親友じゃない?」

 うん、その通りだ。異存はない。でも、ブランクがあるからなぁ……。


 ユッキーこと棚橋……あ、今は天野だ。えっと、天野あまの有紀ゆうきは私の親友で、いわゆる幼馴染みという奴である。幼馴染みはもう一人……いるにはいるけど……割愛っ!

 幼稚園、小学校とずっと一緒で、中学校は別々。ユッキーが私立の中学校に進学するために、引っ越したからだ。中学のユッキーは陸上部のエースで、高校も私立の強豪校へ進学する予定だったけど……ご両親が離婚。ユッキーは地元に戻ってきて、公立の時風ときかぜ高校に入学した。今は母方の実家で、お祖母ちゃんと一緒に暮らしている。

 ……色々と大変だと思うし、こんなことを思うのは不謹慎かもしれないけれど、こうして同じ高校に通えることが、私は嬉しかった。(しかも、同じ一年A組!)

 三年振りに再会したユッキーはぐっと大人びていて、美人さんになっていた。ショートカットに眼鏡、細身で落ち着いた雰囲気と、いかにも文学少女然としているが、陸上部のエースだったのは前述の通り。さらには、お祖母ちゃんの空手道場でも汗を流すスポーツ少女なのだ。ただ、文学少女というのも正解で、本も大好き。よく三人で図書館に行ったものである。(誰かさんは、図書館のせいで家が貧乏だとか言ってたけど)

 ……それにしても、美人になったなぁ。小学生の頃からそうなるだろうとは踏んでいたけれど、髪の毛はつやつやだし、お肌だって……三人で遊んでた頃は、擦り傷に切り傷、青あざだらけだったのに。まぁ、それでもユッキーは可愛かったけど。

 きっと男子にモテただろうなぁ。女子のやっかみも……なーんて、つい考えてしまう。小学生の頃も、ユッキーを指して「怖そう」「冷たそう」などと言うやからがいたけれど、それは少しツリ目がちなのと、目を細める癖があるからで、ちょっとお話すれば、怖くも冷たくもないことが分かるはずだ。

 三年間で変わったユッキー。でも変わらない部分もあって、それが笑い声である。遠慮のないというか、無邪気というか……注目を浴びようがお構いなし。大きな笑い声は何よりユッキーらしく、それが今も健在なことを、私は嬉しく思うのだった。

 じゃあ、私は……と考えると、何も変わっていない気がする。もちろん、年相応に成長しているとは思うけれど……実感がないというか、髪型だって小学生からずっとポニーテールだし……って、それが原因なのかな? でも、気に入ってるしなぁ。

 ユッキーは「大きくなった」とアバウトなことを言っていたけれど、何が……縦ではないことを考えると、横……ううむ、私は縦に大きくなりたいのだよ、縦に。

 枝毛は多いし、ニキビも絶えない。体重は標準だけど、体育の授業の度に、自分の筋力のなさを思い知ることになるだろうな。ちょっと、憂鬱。


「……で、どうしたの?」

 ユッキーに促され、首を傾げる私。

「どうって?」

「カケルさんのこと。告白されて、それで?」

「んと、仲間に誘って、とりあえず家まで――」

「わお、いきなり部屋に連れ込むなんて、やるじゃない!」

「人聞きが悪いっ! ……だ、だってさ、チャットモードの切り替えもままならいのに、そのまま話してても、内容が筒抜けじゃない? だから、まぁ、仕方なく……」

「なるほど、で?」

「なんかね、カケルさんも慌ててたみたいで……まぁ、いきなりあんな大きなモンスターに襲われただもん、シャウトできたのが奇跡。それで、落ち着いたら操作も問題なさそうで、チャットモードもちゃんと切り替えてさ、突然ごめんなさいって」

「ふむふむ」

「それから……改めて、好きですって」

「おお、それで?」

「……お付き合いしてくださいって」

「おー……で、オッケーしたの?」

 ぶんぶんと首を振る私に、ユッキーは目をぱちくりする。

「どうして?」

「どうしてって、いくらなんでも、いきなり過ぎるじゃない?」

「ナナが求めてた出会いって、そういうことじゃないの?」

「それは――」

「立場が逆だって?」

「う、うん」

「なら、分かるでしょ?」

「へ?」

「ナナがカケルさんの立場だったら、告白してたんじゃないの?」

「あっ……で、でも、ママだって、その場でパパに告白したわけじゃ――」

「つまり、急展開についていけてないわけだ」

「そうなのっ! だから私も、すぐにお返事はできないって――」

「キープしたのね」

「……ユッキー?」

「ごめんごめん。まぁでも、保留……うん、同じことよね?」

「うーっ……」

「犬みたいに唸らないの。で、カケルさんは?」

「……ですよね、ごめんなさい、待ってますって」

「積極的な割に、物分かりが良いというか……一体、どんな人なんだろ?」

「それは……分からないけど」

 ユッキーは机に頬杖をついて、目を細めた。

「……考えてみると凄い話よね。相手の顔も、性別も、年齢も、住んでる場所も……何もかも、分からないんだから」

 そりゃそうだと、私は肯く。どこの誰がプレイしているか分からない……それが、オンライン・ゲームだ。ただ、それでも成立してるのだから、それはどこの誰がプレイしても構わないということであり、それはむしろ、大きな魅力ではないかと思う。

 ……だけど、それがオンゲーに出会いを求める上で、障害となっていることも事実だ。もし好きになった相手が同性だったら? 海外に住んでいたら? 子供だったら? あるいは、大人だったら? ……不安は尽きない。でも……。

「パパとママは――」

「はいはい、パパとママのラブラブなエピソードは、耳がヒョウモンダコになるぐらい聞かされたから、ちゃんと覚えてる。レアケース、奇跡だとは思うけどね」

 だーかーらっ! そんなこと、分かってるんだってばっ! ……でもさ、しょうがないじゃない? ああ、もどかしい、歯がゆい。私は「うーっ……」と唸り続ける。犬みたいでも構わない、いっそのこと、吠えちゃおうか? わんわんっ!

「それで、浩太は何て言ってたの?」

 私は大きく口を開けたまま、きょとんとする。コータ?

「なんで?」

「なんでって、なんで?」

「なんでってなんでって、なん――」

「ストップ。私が登校した時、二人とも教室にいたじゃない?」

 私は今朝の記憶をさらう。……そうそう、私が登校した時、もうコータは教室にいたんだった。読んでた文庫本が、やけに小さく見えたっけ。でも、それだけである。

「私、コータには話してないよ?」

「どうして?」

「どうしてって……普通だよ? 中学の頃も、ほとんど話さなかったし……」

 コータこと宮城みやぎ浩太こうたも幼馴染みだ。幼稚園、小学校が一緒で、中学校も同じだったけれど……三年間、違うクラス。また、それ以上の、決定的な理由によって、私とコータは疎遠になった。引っ越ししたユッキーよりも。だから、高校で同じクラスになった今でも、何となく、話しづらかった。……入学式から一週間経っても。

「なるほど。じゃあ、今からね」

「今?」

 ユッキーは制服のポケットから携帯電話を取り出し、ぱかっと縦に開いた。

「良い機会だし、もったいないわよ? こんな面白いこと――」

「あーっ! やっぱ面白がってるっ!」

 ユッキーは「ごめんごめん」と言いながら、親指を素早く動かす。ユッキーの携帯電話は、絶滅危惧種の「ガラケー」だ。小学生の頃から使っていて、壊れるまで……と思っているのに壊れないそうだ。……私のスマホは、すぐ画面が割れちゃうのになぁ。(通話やアプリは使えるけど)

 それにしても、その見事な指さばきには、毎度のことながら感心してしまう。ユッキーなら、チャットするのもガラケー方式でいけそうだ。

「はい、送信っと」

「メール?」

「うん。さて、どれぐらいでくるかな?」

 ユッキーは教室の扉に顔を向けた。私もつられて扉に顔を向ける。

 

 ……ダダダダダダッ、ガラガラッ、バンッ!


 騒々しい足音が聞こえてきたと思ったら、扉が勢いよく引かれ、コータが現れた。教室にはもう私とユッキーしかいないのに、コータはきょろきょろと周囲を見回しながら、近づいてくる。目の前で立ち止まったコータを、私はじっと見上げた。

 ……本当、大きくなったなぁ。巨人……は言い過ぎだけど、180センチは軽く越えているだろう。体格もがっちりしていて、この春に寸法を合わせて買っただろうに、濃紺のブレザーはいかにも窮屈そうだ。(前のボタン、外せばいいのに)

 これでも幼稚園の頃は私、小学生の頃はユッキーと、身長も体格もそんなに変わらない感じだったのだ。いくら中学生は成長期だ、伸び盛りだといっても、限度があるだろう、限度が。……全く、タケノコじゃないんだから。

 一方、顔つきはタケノコというよりジャガイモで、ごつごつ角張ってきたけれど……短く切り揃えた髪は小学生……いや、幼稚園の頃から変わっていない。今も、お母さんに散髪してもらっているのかもしれない。


 コータはちらっと私を見てから、ユッキーに顔を向けた。

「有紀、ナナをもてあそんだ野郎ってのは、どこにいやがる?」

 コータは拳をぼきぼきと鳴らした。人差し指と中指の付け根が大きく膨らんでいるのは、空手をやっているから。小学生の頃から、ユッキーの実家でもある天野道場に通っているのだ。全日本の中学生の部で優勝し、朝礼で表彰されていたっけ。

 ……それより今、何か変なことを言ってなかった?

「ユッキー、なんてメールしたの?」

「秘密」

 コータは軽く振って下ろした手を腰に当て、唇をへの字に曲げた。

「……嘘か」

「あら心外。ここにはいないだけよ?」

「どこだ、どこにいる?」

「ダルラジオン」

「だる……何だそりゃ?」

「……で、合ってるわよね?」

 そう言って振り返るユッキーに、私は肯いて見せる。ダルラジオン大陸は序盤から中盤にかけて冒険の舞台となる大陸で、ウィン・ダニアに黒絹の森もその一部だ。

 コータは私とユッキーを見比べると、大げさな溜息をついた。

「なんだ、オンゲーの話か」

 ……この言い草である。これが、私とコータが疎遠になった理由だ。

 これからFFを始めるという時、私はもちろんユッキーとコータも誘った。

 ユッキーは引っ越しもあって、落ち着いたら……という話のまま、現在に至る。ただ、陸上部がハードだとは聞いていたし、私はまだ諦めていない。

 一方のコータは、お母さんがゲーム嫌いだから無理だと断られた。家庭の事情というものがあるし、空手に打ち込みたかったんだとも思う。思うのだけれど……。

「オンゲーの話で、悪い?」

 つんと切り返す私に、コータは待ってましたとばかりに肯いた。

「ああ、悪いね。高校生にもなってオンゲー……それもナナ、お前のことだから、どうせオンゲーで出会いとか、まだそんな馬鹿げたことを、マジで言ってるんだろ?」

 私は思わず立ち上がった。……プレイしないのは、一万歩譲って良しとしよう。でも、知りもしないでオンゲーを馬鹿にされては我慢ならない。それに、私がどこで出会いを求めようが、とやかく言われる筋合いはないっ!

「いいじゃないっ! 私はオンゲーで運命の人と出会って、素敵な恋をするのっ!」

「お前が恋だって? そういう台詞はな、もっと背が伸びてから言え!」

 コータは手を伸ばし、私の頭を押さえる。……むっかー! ひ、人が一番気にしていることを……これでも、四捨五入したら150センチあるんだぞっ!

 私はコータの手を払いのけ……かったい! な、丸太? うう、手がいった……でも、ここで負けては乙女がすたる! 私はがむしゃらに腕を振り回した。  

「お、おい、落ち着け!」

「空手の日本一なんでしょ? コータは黙って、私に殴られればいいと思うっ!」

「理不尽なことをさらっと言うな! ……ぐっ、おま、水月を的確に狙うな!」

「あはははははははは!」

 私とコータが揃って顔を向けると、ユッキーがお腹を押さえて笑っていた。

「はぁ……二人とも、相変わらずね」

「相変わらずって……ねぇ?」

 私はコータを見上げ、首を傾げて見せる。コータは腕を組み、こくりと肯いた。

「こうして話したり、殴られたりって、いつ振りだ?」

「三年の時は、ほとんどなかったよね?」

「クラスも違ったしなぁ……勉強やら空手やらで、何かと忙しかったし」

「私もFF三昧だったから、久し振りだよね?」

「ああ、そうだな」

「じゃあ……コータ、久し振りっ!」

 私が手の平を伸ばすと、コータも応じてハイタッチ。また笑い出すユッキー。

 私は椅子に腰を下ろし、前髪を人差し指に巻き付けた。……えーっと、何の話だっけ? コータは深呼吸をしているユッキーを、まじまじと見下ろしている。

「有紀も久し振りだな」

「……三年振りに帰ってきた幼馴染みがよ? 何の因果か同じクラスになったのに、一週間以上ろくな挨拶もないんだから……そりゃもう、久し振りにもなるわよね?」

「それは――」

「許す。理由も分かったしね」

 ユッキーは私に顔を向け、意味ありげに肯いた。……いや、私は分かってないぞ、その理由って奴。コータは「こほん」と咳払い。

「あー……何だ、これでも、色々あったとは聞いてるけどさ、その、大丈夫か?」

「私は平気。遅かれ早かれだとは、思ってたしね」

「……でもさ、短距離、頑張ってたんだろ?」

「それもねぇ……私は浩太と違ってさ、日本一とはいかないみたい。凄いじゃん、浩太。お祖母ちゃんも自慢の門下生だって、いつも言ってるよ?」

「先生の指導の賜ってやつだ。お前もさ、また道場に来るんだろ?」

「……ほんと、私に蹴られてぴーぴー泣いてたのに、強くなったもんだ」

「いつの話だよ!」

 ……なんか、いいなぁ。私はしみじみそう思った。

 三人で一緒に過ごす幸せ。ブランクなんてない。何があっても、何が変わっても、私達は幼馴染み……それは、変わらない。ずっと。だから、ほっとするんだよね。

「……お前、何をにやにやしてるんだ?」

 コータに言われ、私は頬に手をやった。何だか、いつもより柔らかい気がする。

「それで、どうするんだ?」

「どうするって?」

「ダルラジオン在住、カケルさんのことだよ。人となりは有紀の脚色だろうけどさ、告白されたってのは本当なんだろ?」

「う、うん」

 私は肯き、居住まいを正した。……何か、目が怖いぞ、コータ?

「保留ってことは、付き合う可能性もあるってことだ」

「そうなる……のかな?」

「そうなるんだよ。これからはお試し期間……一緒にさ、何かするんだろ?」

「うん。フレンド登録もしたし」

「友達か」

「ファミリアにも入ってもらったし」

「家族同然か」

「なんで?」

「ファミリアって、家族って意味だろ?」

「そうだけど、仲良しグループって感じだよ?」

「仲良く何をするんだ?」

「……カケルさんは初心者だろうから、まずはメインクエストかな?」

「めいんくえすと?」

「ゲームの中心となる物語だよ。小説みたいな」

「小説か。他には?」

「サブクエストも沢山――」

「待った。メインとサブは何が違うんだ?」

「大体同じだけど、規模が違うというか……番外編?」

「アンソロジーか。そういうのを読むわけだ」

「読むだけじゃないよ? おつかいをしたり、モンスターを倒したり……」

「おつかいはともかく、モンスターとは物騒だな」

「倒さないと、レベルが上がらないもん」

「チャーチャラッチャチャチャチャー……って奴だろ?」

「うん」

「それを一緒にやるわけだ」

「そのお手伝いかな? 私はもう上がらないし」

「手取り足取り」

「……かどうかは、カケルさん次第だけど」

「イニシアチブを握られているわけだ」

「いに?」

「……おい、ちょっと待て!」

「なに?」

「まさかとは思うが、そのクエストとかレベル上げって、二人でやるのか?」

「うん。他にフレンドさんも、ファミリアのメンバーもいないし」

「……二人っきりは、危険だと思う」

「大丈夫だよ。私、強いし」

「145センチしかないのに?」

「なんで知ってるのっ! ……じゃなくて、身長は関係ないでしょっ!」

「お前、成長期って……まぁいい、聞けば聞くほど、危ない気がするぞ、俺は」

 やれやれと首を振るコータ。それを見て、頬杖をついたユッキーが一言。

「浩太、心配し過ぎ」

「だってよ、こいつはゲームと現実の区別も付かないんだぞ?」

「……それはあんたでしょ? そんなに心配なら、浩太もFFをやれば?」

 ユッキーの素晴らしいアイディアに、私は指を鳴らした。

「そうよ! こうして同じ高校、同じクラスになったのも、運命に違いないわ! 三年の時を超え……今こそ! 二人とも、FFを始めるべきなのよ!」

 私は椅子を蹴って立ち上がった勢いそのままに、幼馴染みの名前を叫ぶ。

「ユッキーっ!」

「……考えとく」

「コータっ!」

「だから、俺はお袋が……あっ、やっべ!」

 コータは教室の時計を見上げて、髪の毛を掻きむしった。

「どうしたの?」

「バイトだよ。家の手伝いだけどな」

「すずしろ書店?」

「ああ。命知らずのガキ共が万引きしないようにな。お袋に見つかる前に止めてやらないと、そいつの人生が終わっちまう。言うなれば、人助けだ」

 そう言い残して、コータは教室を飛び出していった。……コータのお母さんが関わっている以上、冗談には聞こえない。小学生の頃、私達が売り物の本に落書きして……いや、止めておこう。教室も夕日で血の色に染ま……うん、早く帰るべきだ。

「店員としてはどうかと思うけど、番犬としては良さそうね」

 そう評したユッキーは、鞄を手にして立ち上がる。私も鞄に手を伸ばした。

「ユッキー、バイトするの?」

「んー……」

「コンビニとか、どう?」

「あれ、割に合わないと思う」

 ――そんな話をしながら、私達は教室を出た。ユッキーに聞いておいて何だけど、私はしないだろうな。……だって、FFをプレイする時間がなくなっちゃうもの!


「こんばんは!」

「ナナさん、こんばんは!」

 ログインしてナナが家に入ると、カケルさんが即座に応じる。

 ――出会ってから早一週間。このやり取りが、すっかりお決まりになっていた。

 カケルさんの成長は目覚ましく、メインクエストやレベル上げも順調で、若葉マークが外れる日もそう遠くないだろう。きっと、空いた時間を全てFFにつぎ込んでいるに違いない……うん、分かる、分かるよ! 私も始めたばかりの頃は、まさに寝食を忘れてプレイしたものだ。(ママがご飯を作り忘れたってのもあるけど)

 見慣れてきたローブ姿も、材質は草布からコットンへと進化。武器の両手杖もメープルからアッシュへと変わった。ただ、今はそれをノコギリに持ち替えて、台座に置いた丸太を踏みつけながら、全身を使ってギコギコ、ギコギコとやっている。

「何を作ってるの?」

「木工ができるようになったので、家具でも作ってみようかと」

 私はぽんと手を打ち、室内をぐるりと見渡した。約三十畳のワンルームは、ファミリア・「ナナ式」の憩いの場……だが、家具は椅子とテーブルだけ。これも、カケルさんを家に連れてきた際、ナナが手持ちの素材で作ったものだ。

「助かる! 家を買ったのはいいけれど、それっきりだったから……」

「家とか土地って、お高いんですよね?」

「うん。でも、Sサイズだから、まだ何とか」

「Lサイズは一億ぐらいとか……うう、お金持ちしか買えませんね」

 ……実は、ワールド移転前ならLでもXLでも買えたのだけれど、移転先に持ち込めるお金には上限があって、その範囲で買えるのはSサイズがやっと。相場が安定したアイテムを移転前に購入して、移転してから競売で売るという換金方法は……面倒だったので、持ち込めないお金は、パパとママに渡した。うん、親孝行、親孝行!

 カケルさんはノコギリをひく手を休めて、ナナを振り返った。

「家といえばご近所さん、凄いですよね!」

「デルフト教会でしょ! 私もあんな凄いの作れるんだって感激しちゃって、思わず空いてたこの土地を買っちゃったんだよね~! あれを毎日見たいなって!」

「ああ、そうだったんですね!」

「うん! 主人のヨハネスさんにも、今度ご挨拶に行こうね! ……あ、ともあれ、今は家具作りを頑張って!」

「はい、頑張ります!」

 カケルさんは頷き、ギコギコと作業を再開。ナナは椅子に腰掛け、それを見守る。

 ……ああ、楽しいなぁ。こうした何でもない、他愛のない会話が愛おしい。

 ヴォジャノーイ・ワールドのフレンドさん達は誰もが一流の冒険者で、FFのことなら知らないことはないという強者揃いだった。だから「何か見つけた!」とか、「これって何?」という発見や疑問が、チャットで交わされることは滅多になく、それぞれが黙々と冒険を進めていることが多かった。(ネットを使えば、何でも調べられるもんね)

 それは一つの楽しみ方だし、いざ高難易度コンテンツとなれば一致団結、ああでもないこうでもないと議論しながら攻略したけど、ささいな日常だって冒険の一部だし、そこで出会った発見や疑問を共有できることは楽しく、嬉しいことだと思う。

 そして、カケルさんにはあの感動のクエストや、白熱のバトルが待っているかと思うと……羨ましくて堪らない。初見。それは、全て経験済みの私が、新しいキャラクターを作ってやり直したとしても、二度と味わうことができないものだから。

 ピカーンッ! アイテムの完成を告げるエフェクトと効果音に合わせ、カケルさんが拳を突き上げる。チャット画面を見ると、完成したのは寝具……ベッドだった。

「じゃあ、置いてみますね!」

 そう言って、カケルさんは部屋を忙しなく歩き回った。置く場所とか向きとかを、私の見えないところで、試行錯誤しているに違いない。

 ややあって、ナナの目の前にベッドが出現した。木製のフレームに白いマットレスが置かれ、同じく白い枕と布団も完備されている。ナナは早速ベッドの上に飛び込んで、枕に顔を埋めながら、両足をばたばたと動かした。

「おー! やっぱベッドはいいね! 癒やされる!」

「それは良かった!」

「カケルさんも寝てみたら?」

 仰向けになったナナは、目を閉じておやすみモード。

「いいんですか?」

「もちろん!」

「では、お言葉に甘えて……」

 カケルさんはベッドに近づき、ナナの上に覆い被さった。

 ああ、これって一人用だったのか……そう思う間にも、ナナとカケルさんの顔が急接近。前髪が触れ合う距離……どころか、手やら膝やらは、直に触れ合っている。

「ご、ごめんなさい!」

 カケルさんは弾かれたように起き上がると、ベッドの上から飛び降りた。よくあることだから、何も謝ることはないんだけれど……何だか、ちょっと恥ずかしい。

 ナナは身を起こして、ベッドの上に座り込んだ。さて何て言おうか……私がキーボードの上に指を置いて考えていると、カケルさんが先に口を開いた。

「え、えっと、次は本棚でも……あ、素材が切れたので、買ってきますね!」

「買うって、競売で?」

「はい、僕はまだ採取できないので……」

「それなら、私が採ってくるよ!」 

「いいんですか?」

「もちろん! あ、カケルさんも一緒に行こうよ! 私が採った原木をカケルさんが加工すれば、経験値稼ぎにもなるしね! うん、一石二鳥だ!」

「ぜひ、お願いします!」

 ナナはベッドの上に立ち上がると、カケルさんを仲間に誘った。そして、移動用の魔法を詠唱する。ここから採取ポイントなら、魔法で飛んだ方がずっと早い。

 詠唱を終えると、ナナとカケルさんの体が光に包まれ、画面が暗転した。


 短いローディングを抜けると、黒絹の森だった。

 移動した直後は横殴りの風と雨だったけれど、タイミング良く天気が回復。みるみるうちに晴れ渡り、木々の切れ間から覗く青空には、大きな虹がかかっていた。

 移動魔法の転移先であるキャンプから、ナナが先に立って、原木の採取ポイントへと向かう。ナナは背負った採取用の両手斧を軽々と振るい、行く手を阻むモンスターを粉砕。こんな芸当ができるのも、高レベルならではだ。

 ちなみに、ナナはもう初期装備ではない。ブラウスはコートに、ミニスカートはタイツ付きのものに変更した。……どうも、露出の多い装備は落ち着かない私である。

 採取ポイント付近に到着。モンスターが出現しない、安全地帯にカケルさんを案内し、ナナは伐採を開始。巨木の幹に光るポイント目がけて斧を振り下ろす度に、ドシュッ! ドシュッ! と心地よい旋律。光が消えたら、別のポイントを目指して移動し、再び斧を振るう……やっていることはこの上なく単調だけど、これがまた、楽しいのだ。

 原木がそれなりに集まったら、カケルさんに手渡す。カケルさんはそれをその場で材木に加工。ギコギコ、ギコギコ。これまた単調だけど、切れば切るほど経験値が貯まって……テーレッテレー! レベルアップのファンファーレが鳴り響く。

「おめでとう!」と、ナナは拍手を送る。

「ありがとうございます!」

「よ~しっ! じゃんじゃん採ってくるから、ガンガン上げちゃおうっ!」

「はい!」

 すでに本棚を作れるだけの木材は集まっていたけれど、路線変更、大いに結構! 何が起こるか分からない、何をしたって構わない……これぞ、冒険の醍醐味!

 ドーンッ! 爆音が轟く。それも、一回や二回で鳴り止まず、ドーンッ! ドーンッ! ドーンッ! ……絶え間なく響き渡り、黒絹の森を揺るがした。

「な、なんですか、この音!?」

 狼狽するカケルさん。事情を知らなければ、戦争でも始まったかと思うだろう。

 私は笑いながら、チャットを打ち込んだ。

「行こう!」


 ――爆音の正体は祝砲だった。

「エターナル・コントラクト」……通称「エタコン」は、プレイヤー同士が永遠の友情や愛情を誓い合う儀式で、平たく言えばオンゲーの結婚式である。

 ……そんなシステムが公式に用意されていること自体、オンゲーをプレイしたことがない人には不思議なことかもしれないけれど(コータもぽかんとしてたしなぁ)、それこそオンゲーをプレイして貰えれば、その理由が自ずと理解できるはずだ。

 この世界で出会い、長きに渡って苦楽を共にしてきた仲間に対して、特別な想いや感情を抱くことは、何らおかしいことではない。むしろ、自然なことだと私は思う。


 会場となる大聖堂は、まさに永遠の愛を誓い合うにふさわしい場所だった。

 正門から大聖堂へと続く石畳。その両脇を固める芝生は、青々とした緑の絨毯。花壇には色とりどりの花々が鮮やかに咲き誇り、水路には清水が巡っている。――そして、厳かにそびえ立つ、石造りの大聖堂。そのステンドグラスで描かれている黒髪の女性こそ、魔女様ではないかと、乙女達の間ではもっぱらの噂である。恋愛の女神、黒絹の魔女。


 ――そんな大聖堂の前で今、永遠の愛を誓ったばかりの二人に向かって、大勢の参列者が次々と、まるで競い合うかのように。……というのも、祝砲の主役は機銃や大砲といった、実戦用の武器だからである。

 ファンタジーに何でそんな……と思うことなかれ。ダルラジオン北方に位置する技術大国「ガラン・ド・ソール」では火器が重用され、その扱いを得意とする「技師」というジョブも存在するのだ。……まぁ、今では「賑やか師」扱いだけど。

 黒絹の森では対人戦が禁止されているけれど、機銃や大砲の派手な爆音やエフェクトは健在。だから、新郎新婦に集中砲火を浴びせるのが、一種の伝統となっていた。

「随分とまぁ、手荒い祝福ですね……」

 大聖堂すら破壊しそうな爆発を目の当たりにして、カケルさんも呆然としている。

「羨ましいという気持ちも少し……というか、大半かな?」

 やがて、砲撃が治まった。さっきまでの騒がしさが嘘のように……いや、騒がしかったからこそ、静寂が引き立っている。フィナーレを飾るのは、二人の旅立ち。

 翼の生えた白馬にまたがる二人。エタコン専用のマウント「エターナル・ペガサス」。ナナのペガサスとは違って二人乗りで、豪華な装飾品付きである。

 花火にシャンパン、花吹雪、クラッカー、バルーン、そして拍手と歓声に見送られ、二人を乗せたエターナル・ペガサスは、いななきと共に舞い上がっていった。

 ――二人のことを知らなくても、その場に居合わせただけで、その幸せを願わずにはいられない。また、幸せのお裾分けを貰ったような、暖かい気持ちになれる。それは、今この瞬間、この場所にあるのは、幸せだけだからかもしれない……なんてね。

 パパとママのエタコンの写真は何度も見せて貰ったけど、こうして実物を見ると感慨も一入ひとしおというか、パパとママもこんな感じだったんだろうなぁ。永遠の愛を誓って、砲撃されて、飛び立って……私もいつか、この場所で。……花嫁さんのウェディングドレス姿、素敵だったなぁ。二人とも幸せそうで……うう、羨ましいぞっ!

「エタコンを申し込むには、何か条件が必要なんですか?」

 カケルさんの質問……チャット画面を見て、私は我に返った。

「確か……特別なクエストをクリアするのに、レベルが50は必要だったかな?」

「費用もお高そうですね」

「無料もあるし、有料プランでも……リアルで数千円だった気がするよ」

「プランによって、式の内容も違ってくるんですよね?」

「うん。貰えるドレスも違うみたい」

「どうせやるなら、一番良いのが良いですよね?」

「そうね、豪華にどーんとやっちゃいたいなっ! 一生に一度のことだしねっ!」

「分かりました。じゃあ、僕はまずレベル上げを頑張りますね!」

 気合いを入れるカケルさ……ん? えっと、それって……。

「そして、ナナさんにエタコンを申し込みます!」

 カケルさんはそう言葉を続け、ナナに向かってにっこりと微笑んだ。

 私はキーボードに指を置いたまま、カケルさんを見詰めることしかできなかった。

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