俺等は間違ってゆく

第31話「マジで損な橋」

 悪の秘密結社、アトラクシア。

 純粋なる『悪』そのものを自称する、エンプレス・ドリームが率いる組織だ。その目的は『』である。

 そして、真逆連児マサカレンジは知っている。

 エンプレス・ドリームこと爪弾冥夜ツマビキメイヤが生き残って欲しい、最後の一人のヒーロー……それは、彼女の兄の爪弾天輝ツマビキタカキだ。ヒーローが大好きで、ヒーローを超越した力を持って生まれ、それ故に力に身体を喰い潰されてゆく少年……そんな彼をヒーローとして世界に知らしめるため、冥夜は戦っているのだ。

 そんな彼女に、連児は恋をしている。


「ってか、もう恋人? 愛し合ってる? みたいな。ヘヘッ、愛は俺を強くするぜ……!」


 能天気な連児は今日も、アトラクシアの戦闘員として集合場所に来ていた。

 勿論もちろん、真っ黒なスーツ姿で全身を覆っている。

 その漆黒のスーツを裏返す時、彼は燃える初恋の化身となるのだ。

 だが、今はアルバイトで集められた戦闘員の一人にすぎない。


「おーし、全員揃ったな! 今日の仕事を始めっぞ!」


 中肉中背のチームリーダー、戦闘員1号が野太い声を張り上げる。

 今日のシフトでは、10人前後の戦闘員が集まっていた。

 因みに連児は、28号である。

 普段は、ただのモブ……名もなき戦闘員28号だ。

 周囲では買い物帰りの主婦や、近所の子供達が見ている。ここは、まほろば町の閑静かんせいな住宅街だ。そして、連児達が立っているのは橋の上である。

 用水路よりは大きいが、河川かせんかと言えば微妙なレベル。

 小川は今日も、綺麗な清水しみずを鳴らして低きに流れる。

 なんてことはない、まほろば町の一角に広がる普通の光景だ。


「リーダー、すんませーん! なんか、18号が来てないんですけどー!」


 仲間から声があがって、太っちょの1号が向き直る。

 皆、顔は黒ずくめのマスクだ。

 でも、バイト仲間で同じチームだからすぐに表情が読み取れる。

 確か、今日は新人の18号が一緒に参加するはずだ。だが、連児が仲間達を見渡しても、見知った顔しかいない。素顔を隠してても、見慣れた面々が並んでいる。

 やれやれと溜息ためいきこぼして、リーダーの1号は腰に手を当てた。


「困ったもんだな、最近の若い奴ときたら……確か18号はバイトの女子高生だったな。遅刻、あるいは欠勤、と……あとで勤怠きんたいをエンプレス・ドリーム様に報告しなきゃならん」


 こう見えても、1号は几帳面きちょうめんでそつがない。

 そして連児は知っている。

 悪の首魁しゅかいたる冥夜は、いつもあの玉座に座ってけだるげに報告を読むのだ。一瞥いちべつして全てを読み取り、瞬時に判断し、決断する。一介の女子高生、17歳とは思えぬ冷徹で正確な能力を持っているのだ。まさに天賦てんぶの才、生まれながらの女帝エンプレス……そして、そんな彼女がずっと雇っているのだから、戦闘員1号もこう見えて優秀な男なのだ。

 その彼が、18号を待つのを諦め喋り出す。


「じゃあ仕事を始めるか。今日はだな……ロンドン橋だ」

「なんスか、リーダー」

「あー、それって歌のやつ? ロンドン橋落ちた、落ちた、落ちた……ってやつ」

「それ知ってるぜ、ヘルシングだろ! ロンドン橋は? 落とせ、歌のように! っての」


 連児達が立ってるこの橋は、今も自転車で女子高生が通ったり、せわしい歩調の商社マンが行き交っている。それなりに人通りはあるが、それはここが大通りに並行して走る抜け道だからだ。勿論もちろん、スピードを落として車両も通行する。

 この橋を落とす……それはまさしく、悪だろう。

 だが、どうやら事情は少し複雑なようだ。

 1号が簡潔に説明してくれる。


「この橋な、耐用年数も切れてる上に耐震構造がダメダメでな。大正時代に作られた橋で、正直言うと……今この瞬間に落ちても、不思議じゃない。老巧化してんだ」


 一斉に皆で、橋を走って対岸に逃げた。

 連児も迷わず逃げた。

 足元が突然崩れたら、無駄に残機が減ってしまう。

 因みに今、連児の残機は14機だ。

 ここ最近、なんだか冥夜が以前より優しい気がする。

 普段より2%ほど、優しさが多い気がする。

 だから、何気ない日常でストックが増えたのだ。それでも、無駄に消費するのは嫌だし、復活できても痛いものは痛い。死に方を間違えると、激痛の中で時間を無駄に使ってしまうのだ。


「……ま、そういう訳で安全なうちに誰も巻き込まずに落とす。土建屋が橋をなおす。アトラクシアは土建屋から金をもらうって寸法だ。行政にも掛け合ったが、たらい回しにされててな。さっさと架け代えないと大惨事に――」


 1号が説明していた、その時である。

 向こうの通りからぽてぽてと、呑気のんきな足取りで一人の戦闘員が近付いてきた。

 酷く細くてスレンダーで、それでもささやかな胸の膨らみは女性だった。

 連児は即座に眼力で察した。

 上から、78のA、そして58、80……イェスなスリーサイズである。

 恐らく、遅刻してきた18号だろう。


「ういーっす、送れてサーセン。どもどもー」


 コンビニ袋を片手に、彼女は輪に加わった。

 モデルみたいな八頭身で、自然と顔を隠した中でも目立つ。

 1号は即座に説教を始めようとしたが、悪びれぬリアルJKじょしこうせいな18号に苦虫にがむしを噛み潰したような顔になった。見なくてもわかる、そうなっていたのだ。


「ええい、来ただけいい! そうだな、みんな!」

「サーセン、ほんとサーセン。てゆーか、掃除当番だるくてー」

「わかった。説明を端折はしょるとだな、18号。橋を落とす。そこの橋だ」

「りょーかーい。ってか、マジで? へー、なんか戦闘員っぽい」

「そうだろう! この橋はもう寿命だ。長らく市民の架け橋だったが、老巧化で危ない。もう役目を終えてもいいだろう」


 そう言って1号は、無言で橋へと手を合わせた。

 なんか、一緒に倣って連児も合掌してしまう。周囲の仲間達もそうだったし、やる気ゼロな18号も「なんまんだー」とけだるい声で柏手かしわでを打った。

 ちょっと違う気がするが、まあいいだろう。


「さあ、取り掛かるぞ! ツルハシとか持ってきてるからな! ドリルもある!」

「うーっす、ほんじゃま……ちゃっちゃとやっつけますかねー」

「ちょっとちょっとー、18号ちゃん? 意外とやる気じゃん?」

「俺等だってそうでしょ。悪いことして市民もラッキー、土建屋さんもラッキーでしょ」

「ならもう、悪事じゃなくね? エンプレス・ドリーム様、怒らないかなあ」

「悪事じゃねえんだよ、悪事と悪は違うの! そういう感じなの! ディー・ドリーム!」


 かくして、人力による橋の解体作業が始まった。

 連児もツルハシを手に、トンテンカンテンとコンクリートのかたまりを壊し始める。

 ご丁寧に、道には工事中の看板を出してあった。

 連児には難しいことはわからないが、バイト代も出る。その上、あの冥夜が実行段階まで口をはさまないということは、それは無言のゴーサインなのだ。聡明そうめいな彼女は、彼女なりの悪に反しない行動として、この橋の破壊を許可しているのだ。


「ちょっとー、カレシー? そこ、いい? ちょっとどいてー」

「お、おうっ! ど、どした? えっと、18号さん」

「うけるー、18号さんて……キミ、28号だっけ? ハチ繋がりじゃん。どこちゅう?」

「それ聞いちゃう? 名もなき戦闘員同士なのに?」


 気付けば、連児の横に18号がいた。

 彼女は意外と器用に、ガラゴロと亀裂を広げてコンクリートを引っ剥がしてゆく。真面目に働くのにも驚いたが、全く躊躇ちゅうちょを見せずプライベートを聞いてくるのにもびっくりだった。


「てゆーか、一期一会いちごいちえ? どうせ戦闘員同士、次も一緒って限らいないしー?」

「ま、そうだけどな。……因みに俺は、第三中学校だ」

「マジ? へー、同中おなちゅうじゃんか。じゃ、よろしくね? 後輩くん?」

「後輩……え、高校三年生? どこの?」

「それ聞くー? 言えないっしょ。でも、正解。オネーサンをうやまえよー?」


 なんのかんので作業が進む。

 18号も周囲の戦闘員達も、バイトやパート、専業戦闘員の差こそあれ、同じウィルス『ニュートラル』の感染者である。身体能力は高く、重機などなくとも橋が徐々に崩されていった。

 そんな中で、要領良く働く18号に連児は目を奪われる。

 メリハリボディでけしからん乳をしてる冥夜もいいが……しなやかな細身の18号も、いい。そう思える程度には連児もスケベ、だった。


「あ、やば」

「ん? どしたんスか。18号さん」

「や、さんはいいって。それより……やばい、落ちる」

「落ちる?」

「ちょっと強く叩き過ぎたかもー? 最近あーし、変な力が出ちゃうんだよねー……橋、落ちるかも。ちょっちヤバイ」


 彼女が言った通りだった。

 役目を終えてなおも酷使されていた橋が、震えながら自壊を始めた。

 目的達成とばかりに、1号の号令で皆が橋の左右に逃げる。連児も続いたつもりだったが、遅かった。遅いと思った時にはもう、抱きしめてくる18号と共に川に飛んでいた。

 ガラゴロと崩れる橋を背に、連児は見た。

 マスクを少しあげて、素顔すがおを見せたずぶ濡れの18号を。

 ショートカットにピアス、少し化粧……とびきりの美少女が笑っていた。


「無事? だよね? ふふ、さーせん。最近、力の加減ができなくてさ。あーしの顔にめんじて許してよ」

「あ、ああ」

「で? 君はどんな顔してんの。あーしの顔だけ見るの、ずるいっしょ」


 勝手に18号は、連児のマスクも少しずらす。

 砂煙があがる中、上に仲間達の歓声を聴きながら……素顔の連児は見た。少し悪戯いたずらふくんだ、まるで猫のように笑う少女の素顔を。

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