第28話「さらば卑しき男よ」

 デーモンブリードへと変身した赤星進太郎アカボシシンタロウは、驚いた。

 同時に、納得もした。

 狂月キョウゲツこと魔装探偵まそうたんていアラガミオン……うわさたがわぬ男だ。その強さもさることながら、人の痛みを誰よりもよくわかっている。その上で、痛みを背負ってでも正義を貫く覚悟もある。犠牲はつきものと切り捨てぬだけの、熱い気持ちをデーモンブリードも共有していた。


(よぉ、デーモンブリードの兄さんよう……まだか?)

(もう少し……もう少しだけ、戦ってるフリをしましょう。それと)

(それと?)

(魔装探偵アラガミオン、あなたに興味があるんです)

(男からってのは、嬉しくないねえ……だが、同感だ。俺も気にはなっている)

(ええ……その実力、強さ……知りたいですね!)


 テンバイダーが見守る中、両者は激突する。

 それが例え、時間稼ぎの演技だったとしても……二人は全力で互いの力をぶつけ合った。アラガミオンの本気の一撃が、まるで真空の刃のようによろいかすめる。魔力で形成されたデーモンブリードの無敵の装甲が、渦巻く空気の中で火花を歌った。

 同時に、デーモンブリードもまた連撃を繰り出す。

 互いに脚を止めての打ち合いの中、一撃必殺の重撃を避け続ける。


「やるねえ、少年! オジサン、嬉しくなっちゃうよ」

「これが、アラガミオンの本気……流石さすがだな。では、俺の本気も!」


 互いのパンチが相手をとらえた。

 同時に二人は、相打ちで拳をひたいで受ける。

 だが、ひび割れ陥没してゆく大地の真ん中で、どちらも一歩も引かない。

 素直にデーモンブリードは驚き、同時に嬉しかった。これほどの手練てだれは、魔界でもそういない。そして、力を技へと昇華する洗練された闘志。さらには、先程からずっとアラガミオンの左手に感じている、異様な気配。

 だが、仮面の奥でアラガミオンはにやりと笑っていた。

 それは、とても嬉しそうな笑みだった。


「スピードは互角、互いに当てなきゃ当たらねえ……な」

「ええ。では」

「パワー勝負といってみるかい?」

「いいでしょう!」


 ガシリ! と両手と両手が組み合う。

 少しでも力を抜けば、次の瞬間には放り投げられてしまうだろう。そんな中でデーモンブリードの全身が悲鳴をあげる。きしむ骨に奥歯を食い縛って、全力を振り絞れば……相手も同じように、痛みに耐えて筋力を総動員してくる。

 ヒーロー同士のガチンコのバトルに、テンバイダーが不快な哄笑こうしょうを響かせた。


「ヒャハハハッ! 潰し合え、馬鹿が……ほれほれ、急がないとドカーンと行くぜえ? プレミア付きのフィギュアも酒も、コンサートのチケットも! 全部オジャンだぜえ?」


 苛立いらだちを感じても、今は自分の胸に沈めて抑える。

 ここで対応を誤れば、仲間達の苦労も無駄になる。そればかりか、あの愛らしいメイド三人娘が危険だ。アニー、メイ、そしてフラン。彼女達がテンバイダーの隠し倉庫に突入した時、爆破を命じるメールが発信されたら。

 そのことを考えた瞬間、アラガミオンが一気に力を解放させる。


「おいおい、坊っちゃん……考え事は、危ない、ぜっ!」

「っと、しまった!?」


 アラガミオンが不意に、左手の力を抜いた。

 同時に、右手をより強く押し込んでくる。

 拮抗きっこうしていた二人のパワーが、そのバランスが崩壊した。

 次の瞬間には、デーモンブリードの肉体がふわりと浮く。それは、彼の右腕を巻き込むアラガミオンから発する闘気のうずだ。逆巻さかまく空気が気流を生んで、あっという間に一本背負いでデーモンブリードが投げられかける。

 基本的に投技は、掴み、くずして、投げる。

 この『』ことこそが、投げ技の極意なのだ


(心配すんなよ、坊っちゃん……あっちに、あいつに投げるから上手うまくやんな)

(えっ? ……そう、ですね。じゃあ、それで)


 気迫を叫んで、アラガミオンがデーモンブリードをブン投げた。

 悪魔の騎士といった外観の鎧姿が、あっという間に宙を舞う。

 喝采かっさいを叫んで興奮するテンバイダーも、次の瞬間には目を丸くした。


「ヒャア! 最高のショーだぜ……って、お、おいぃ! こっ、こっちに来る、な、ギャブ!」


 デーモンブリードは衝撃の全てを、最小限のダメージで受け流す。

 その背が、地面との間でテンバイダーを圧縮した。

 周囲のコンテナがひしゃげて割れる中……ゆっくりとデーモンブリードが身を起こす。だが、自分を重りにしてテンバイダーにし掛かっていた。


「おいっ、貴様ぁ! めてんのか、降りろ! 重いんだよ、クソがっ!」

「すみませんね……アラガミオンが手強くて。ああっと、あぶあい! いやあ、あぶない、あぶないっ」


 棒読みでゆっくりとデーモンブリードが立ち上がる。

 その瞬間には、天高くジャンプしたアラガミオンが月を背負っていた。


「避けられるか? 俺のこのっ、蹴りを!」


 急降下で、アラガミオンの飛び足刀そくとうが唸りを上げる。

 間一髪で避けたデーモンブリードをかすめながら……その一撃はテンバイダーの鳩尾みぞおち穿うがった。空気のれる音と共に、ひょろりと痩せたヴィランがその場に崩れる。

 だが、デーモンブリードとて容赦はしない。


「こいつめー、アラガミオン! かくごしろー!」

「はっはっは、やるなデーモンブリードめー!」


 デーモンブリードの拳が、大振りなテレフォンパンチでアラガミオンに向けられる。そして、大げさに避けた相手の前で空振りして……一回転でテンバイダーの顔面にめり込んだ。すかさず反撃してくるアラガミオンの蹴りを避ければ、背後でテンバイダーが「ゲブァ!」とうめく。

 そうして二人は、互いを狙うフリをしてテンバイダーを滅多打めったうちにした。

 その間にも、デーモンブリードは仲間達の連絡を待つ。

 だが、持ち前の機動力で二人からなんとか離れて、テンバイダーはボロボロになりながら絶叫した。


手前てめ! その猿芝居さるしばいをやめろぉ! クソがっ、舐め腐りやがって」

「っと、俺はデーモンブリードと戦ってただけだぜ? なあ?」

「ですね。でも……巻き込まれるのはしょうがないですよ。逃げない方が悪いんですから」


 すっとぼけた二人の言葉に、いよいよテンバイダーはヒステリックに叫んだ。


「いいだろう! 思い知れ……思い知れぇ! 今すぐ俺の隠し倉庫を爆破するっ! いいか、このメールで爆発させるんだよぉ! 全部、ぜーんぶっ、手前ぇ等のせいだ! 沢山の人が、欲しかったものを手に入れられないのは……ヒーローのせいなんだよお!」


 手にした携帯を、震える指でテンバイダーが送信した。

 だが……闇夜に包まれた倉庫街は静けさを保ったままだ。

 そして、頭上から可憐かれんな声が降ってくる。


「お待たせしました、殿下でんかっ!」

「隠し倉庫の爆弾、解体しておきましたので」

「それに……欲しいものが買えないの、転売屋がいるからですよね?」


 点滅する切れ掛かった蛍光灯けいこうとうの上……外灯の高い高いポールに少女が三人立っている。その無事な姿を見て、デーモンブリードは内心で胸をで下ろした。

 アラガミオンも同じらしく、ドン! と胸を叩いてくる。

 拳を交えて力をぶつけ合った者同士、わかり合えたものがある。

 分かち合えた想いの中で耐えた時間が、ヒーロー達に勝利を呼び込んだのだ。


「さて、と……よぉ、テンバイダー。どうするつもりだ? もう逃さねえぞ」

「アニー! メイ! フラン! すみやかに隠し倉庫の物品を持ち出してくれ。そうだな……拾得物しゅうとくぶつとして警察に、ってのが妥当だね。その後は、テンバイダーに売ってしまった店や業者が持ち主として警察に連絡するようにしておいてほしい。ヨロシク」


 バキボキとアラガミオンが拳を鳴らす。

 デーモンブリードも、ゆっくりと重々しい足取りで間合いを詰めた。

 いかにテンバイダーが機動力と瞬発力に優れていようとも、もう逃さない。身動きひとつ下その瞬間、二人の拳がパンチとパンチの間で奴を圧殺する。

 それを悟ったのか、テンバイダーは震える声で叫んだ。


「わっ、わかった! 悪かった! 頼む、何でもやるから……そう、転売品を全部やる! それだけじゃない、売上の金もだ!」

「くれてやるだあ? 手前ぇのもんじゃねえんだよ、そいつは」

「みんなが欲しかった、適正値段で買いたかった品々だよ。それは全部、返してもらう」


 アラガミオンが無造作に、テンバイダーの襟首えりくびを掴んで吊るす。

 もう片方の手は、拳を握って引き絞られていた。

 デーモンブリードには、その中で手の平に食い込む爪の音が、その痛みが聴こえてくるような気がした。二人のヒーローをここまで怒らせたのだ、相応の代価を支払ってもらう。

 二度と大規模な転売ができぬよう、身をもって知ってもらうことになるだろう。

 だが……アラガミオンに追い詰められたテンバイダーは、咄嗟とっさに意外なことを言い出した。


「わっ、わかった! 俺の一番の商品、情報……秘密の数々を言う、全部言うっ!」

「……なるほど、物品や金券だけじゃなく、情報まで転売していた訳か」

「アラガミオン、お前が知りたいことも俺は知っている! 例えば、そうだ! アクゥの拠点や構成員なんかも――」

「誰が手前ぇに頼るかよ……奴等は俺が、俺の手で、潰す。だからもう、喋るな……そのつら見飽みあきたぜ」

「ま、待ってくれ! ……についても喋る! こいつは金になるぞ!」


 ふと、デーモンブリードは思い出した。

 祖父が以前、言っていた……この世界の何処どこかに、謎のウィルス『ニュートラル』に感染した者全てにとっての福音ふくいんが存在するという。その名が、ニュータント・グリモワール……もし手に入れることができたら、ニュータントとして最強の存在になると言われている。

 だが、具体的にはそれがどんなものかは誰もわからないのだ。


「アラガミオン、待ってくれ。……あなたも噂くらいは聞いているでしょう」

「……ああ。じゃあ、ブッ潰す前にさっさと吐けよ。こちとら機嫌が悪いんだ――」


 アラガミオンが再度殺気を解放した、その瞬間だった。

 咄嗟にテンバイダーは、最後の力を振り絞って腕を振りほどく。地面へ足をつけた瞬間、彼は持ち前の加速力を爆発させた。今までのダメージからは想像もできない力である。


「チィ! 逃したか……すまん、デーモンブリード。それと、お嬢ちゃん達も」

「いえ、これでよかったのかもしれません。俺は……あのアラガミオンが無抵抗で弱った人間を、殴るところを見なくて済んだんですからね」

「悪には容赦しねえんだがね、やれやれ。お前さんには負けたよ、デーモンブリード」


 こうして、多くの品々が本来買うべき者達の元へと旅立つことになった。明日の朝になれば、流通も回復するだろう。

 だが、ニュータント・グリモワールの秘密と共にテンバイダーは逃げた。

 すぐにアラガミオンは変身を解除するや、誰かに電話を始める。

 自身も正体を現しながら……デーモンブリードは思う。何か、今回の事件を契機に大きな戦いが始まろうとしている。その予感だけは、寒々しくもはっきりと感じ取れるのだった。

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