第27話「転売屋はなぜ潰れないのか」

 テンバイダーを追う狂月キョウゲツは、ガス欠のバイクを路肩ろかたへと止める。

 あとで満タンにして返すにしても、相手のことを調べなければならない。親切に愛車を貸してくれた男には、相応の礼を持って感謝をしめす、それが狂月の流儀だ。

 勿論もちろん、卑劣極まるニュータントの風上にもおけぬやからにも、相応の礼をするつもりだ。


「さて……追い詰めるぜ? 悪いが俺ぁ、ずるいのが一番嫌いなんだ」


 倉庫が並ぶ港の一角を、狂月は白いスーツ姿で歩き出す。

 汽笛きてきの声が聴こえて、夕闇迫る海からは冷たい風が吹いていた。

 悪党を追っていなければ、とても素晴らしいロケーションだ。美女がいれば嬉しいが、いなくても酒があればいい。海をながめると、その日その時の気分をいつも狂月は許せる気がした。

 める時も、すこやかなる時も。

 苛立いらちもあせりも、自分の弱ささえも。

 だが、今はセンチメンタルな浪漫主義を心の底へとそっとしまう。


「……いた、奴だ」


 すぐにテンバイダーは見つかった。

 狂月は鼻がく。

 悪党の臭いは逃さない。

 どうやら奴は、無人の管理事務所からフォークリフトの鍵を持ち出したようだ。エンジンをかけて、後輪がステアリングという独特な挙動に驚きつつも運転を始める。

 すぐに狂月は、そのおっかなびっくりな運転へと追いついた。


「よぉ、追いついたぜ? そして、逃がさねえ」

「ゲッ! さ、さっきの!」

「チェックメイトだ……観念しな、テンバイダー」


 そっとジャンプして、フォークリフトの前へと降り立つ。荷物を運ぶ荷台の上に、難なく軽業かるわざで狂月は舞い降りた。

 その姿を見て、テンバイダーが驚きにブレーキを踏む。

 止まったフォークリフトの上で、狂月はバキボキと拳の指を鳴らした。


「観念するんだねえ? 転売なんてこすっからい商売してくれちゃってさあ」

「まっ、待て! おっ、おお、俺は法を犯してなどいない! マイティ・ロウだってそう言ってただろう!」

「ああ、あの旦那だんなはイカれてんのさ。奴は人じゃなく法を守ってる。それだけだ」

「いっ、いいのかよ……あんた、狂月だろ? あの、魔装探偵まそうたんていの」

御明察ごめいさつ。あと、もう一つ知っとくといい。商道にもとる上に、人の道を踏み外した商売だ……転売ってのはさ。だから、覚悟するといい。外道が人並みにつぐなえると思うなよ」


 テンバイダーは転がるようにしてフォークリフトから降りる。そのまま、夜のとばりが降り始めた倉庫街を走り出した。

 そのあとを狂月は、ゆっくり歩きながら追う。

 絶対に逃しはしない。

 どこまでも追い詰める。

 不思議と、以前寶大五郎タカラダイゴロウから聞いた話を思い出した。


「テンバイダー、お前さん……獺祭だっさいって酒をあつかってるかい?」

「あ、ああ……そうだ! 狂月、いや、狂月さん! 獺祭のいいのがあるんだ……どうだい、もしお望みなら」

「相手を見て喋りな、三下野郎さんしたやろう。俺は何を飲むかより、誰と飲むかをこだわるクチでね」

「ひっ、ひいいいっ!」


 テンバイダーは俊敏性しゅんびんせいと反射速度にひいでたニュータントだ。

 だが、どうやら脳味噌のうみその回転はそこまで速くないらしい。

 驚き狼狽うろたえるあまり、自分の能力のかし方を忘れてしまっている。こういう時、狂月なら高さを使う。縦横たてよこに加えて、上下を使って倉庫街を逃げるのだ。少しジャンプすれば建物の屋根も走れるし、多くの遮蔽物しゃへいぶつをブラインドにできる。

 やはり三下だと思ったが、容赦ようしゃしないのが狂月という男だ。


「獺祭は希少価値の高い日本酒だ。だから、転売がもうかる」

「そっ、そりゃそうだ! 二倍三倍払っても、獺祭を飲みたいって奴ぁゴマンといる!」

「じゃあ……お前さん、二倍三倍の値段をもらって、獺祭を味わってもらってるかい?」

「当然だ! 一番の売れ筋、金の卵を産むにわとりさ! だ、だから、頼む、俺の話を――」

「手前ぇが売ってるのは獺祭じゃないよ。その名前だけ借りた、


 先日、狂月も一杯やりながらテレビで見た。

 獺祭を作る酒蔵さかぐらの社長が、涙ながらに会見をしていたのを。

 転売屋は獺祭を買い占める。だが、獺祭とは、日本酒とは生き物だ。日光を避け、適度な温度と湿度で管理しなければ死んでしまう。そして、転売屋にとって獺祭はブランドでしかない。

 今もどこかで、テンバイダーが買い占めた獺祭の山が死んでいる。

 獺祭の死骸しがいを法外な値段で買った者は、皆こう言うのだ。

 値段ほど美味しくないね、と……獺祭の死骸を飲んでそう言いふらすのだ。


「覚悟しな、テンバイダー。巨悪も害だが、手前ぇは害悪である以上に不愉快だ。ほら、俺も大人としてさ……ちょっぴり正義の味方を気取ってみたくなる程度には、不愉快なんだよ」


 テンバイダーを袋小路ふくろこうじに追い詰めた。

 彼は今、積み重ねられたコンテナを背に真っ青になっている。

 だが、狂月はベルトのバックルを装着して変身する。

 慈悲じひはない……殺すに値しない男なれば、命まではとらない。ただ、彼は法ではなく人のことわり、人の道を犯した。ならば、相応のむくいを持って知ってもらわねばならない。

 転売の罪は、法ではなく……ヒーローの正義がさばくのだと。


「トランスフォーメーション」


 蝙蝠こうもりを模したベルトが、カッ! と瞳を見開く。

 そして、探偵は魔装をまといて悪を討つ……誰が呼んだか街のスィーパー、その名は魔装探偵アラガミオン。

 完全武装で狂月は、ゆっくりとテンバイダーへ歩み寄る。

 だが、テンバイダーは今にも泣き叫ばん勢いで声を張り上げた。


「まっ、待て待て待てぇっ! おっ、俺が集めた転売用のアイテムがあるっ! どれもレア物、限定品ばかりのお宝だっ!」

「あ、そゆのいいから。買収ばいしゅう? ナンセンスだね……俺は欲しいものは自分で買う。相手が自信を持って提示した、その値段を信じて、自分の判断で買うんだ。それが正道たる売買だ」

「だっ、だが、俺が集めた品は無視できねえはずっ! ……いいのかあ? 俺なら、携帯からメール一つでプライベートな秘密倉庫を爆破できる」


 アラガミオンは歩みを止めた。

 そのマスクの下で、狂月がくちびるを怒りにゆがめる。

 外道、そして鬼畜きちくにも劣る下衆の極みだ。

 ようするにテンバイダーは、老若男女を問わず多くの者達が求める品を、まるごと人質に取っているのだ。彼が携帯を操作して秘密倉庫を爆破すれば、プレミア値段のチケットからフィギュア、高級酒から外車までと、あらゆる品が無に帰る。

 だが狂月は、アラガミオンは大人だった。

 大人である以前に、男……おとこだった。


「いいよ? やんな……ドカーンと派手に吹き飛ばしちまいな」

「……へ? おっ、おお、お前っ! それでもヒーローか! おっ、俺は本気だ!」

「ああ、いいぜ。ただ、思い知れ……手前ぇで集めた品を、手前ぇが爆破したら……それでこの話は終わりだ。あとは、今後二度と転売家業ができないよう……俺がお前をらしめる。失われた品々の分まで、懇切丁寧こんせつていねいにブッ潰す! 以上だ」


 内心、狂月ははらわたが煮えくり返っている。

 テンバイダーを懲らしめ、その所蔵品をあらいざらい吐かせるのがベストな結末だ。

 同時に、それが困難であることも知っている。

 犠牲をともなうにせよ、悪の元を立たねば犠牲はこれからも増え続ける。

 だが、犠牲を容認できてしまう自分を、苦々しく思えてしまうのがアラガミオンというヒーローだった。

 そして、そんな彼の頭上から声が降ってくる。


「それは困りますね……アラガミオンさん。凄く、困ります。だから……悪いけど介入させてもらいますよ」


 テンバイダーと同時に、アラガミオンは空を見上げた。

 すでに大きな月が浮かんだ夜空に、一人の少年が立っている。倉庫の屋根の上で、夜風に吹かれて見下ろしてくる。

 その目は、んで綺麗なのに底知れぬ魔性を感じた。

 魔力と言ってもいい。

 そして、眼差まなざしがアラガミオンに何かを語りかけてくる。

 その声なき言葉の先を、気付けば欲している自分がおかしかった。


「どこのお坊ちゃんだ? 悪いけどねえ、オジサンはちょっと立て込んでるんだ」

「知ってますよ。今、テンバイダーは指先一つで収集した品を全て消し去ることができる。それを最小の犠牲と黙認することが……俺は、見過ごせない」


 そして、少年もまたベルト状のアイテムを手に取り出した。

 それを腰に当てると、並々ならぬ覇気に夜空が震える。

 沸騰ふっとうする空気の中で、彼は屋根を蹴って飛び降りる。

 身構えるアラガミオンの前へと、異形の戦士が闇をまとって降り立った。その姿は正しく、悪魔の騎士……甲冑に身を包んだダークヒーローだ。

 ブルブル震えるテンバイダーだけが、狂喜の声を震わせる。


「は、はは……おっ、おお、俺にもまだまだツキがあるぜ!」


 アラガミオンは瞬時に左腕の声へ耳を傾ける。

 奴の名は、デーモンブリード……魔界よりの使者。なかば公然の秘密として、日本を含む各地で始まった魔界との接触が生んだヒーローだ。

 そして、今のアラガミオンにとっては最大の敵である。

 だが、デーモンブリードは大振りな拳を振りかぶるや、避けてくださいとばかりに繰り出してくる。俗に言うテレフォンパンチで、攻撃しますよと電話してくるようなものだ。

 当然、アラガミオンは避けつつ反撃を試みる。

 デーモンブリードはそれを受け止め、パワー勝負が始まった。

 真っ向から手と手を汲んでぶつかり合う中、ささやきがアラガミオンの耳朶じだを打つ。


(助かりました、アラガミオンさん……このまま戦うフリをお願いします)

さといねえ、少年。何か手はあるのかい?)

(俺の仲間達が今、この倉庫街からテンバイダーのアジトを探してます)

(なるほど。じゃあ……少し付き合ってもらえるかい?)

(なるべく派手に踊ってやりましょう。テンバイダーに気取られぬように、ねっ!)


 デーモンブリードの瞳が光って、恐るべき膂力りょりょく胆力たんりょくがアラガミオンを軽々持ち上げる。彼はそのまま、アラガミオンを両腕でブン投げた。

 丁度ニヤニヤ高みの見物をしていたテンバイダーの方へと、アラガミオンは落下した。

 だが、即座に飛び起き反撃を繰り出す。

 テンバイダーだけが何も知らずに、二人のヒーローが潰し合う様に喝采かっさいを叫んでいた。

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