第27話「転売屋はなぜ潰れないのか」
テンバイダーを追う
あとで満タンにして返すにしても、相手のことを調べなければならない。親切に愛車を貸してくれた男には、相応の礼を持って感謝を
「さて……追い詰めるぜ? 悪いが俺ぁ、ずるいのが一番嫌いなんだ」
倉庫が並ぶ港の一角を、狂月は白いスーツ姿で歩き出す。
悪党を追っていなければ、とても素晴らしいロケーションだ。美女がいれば嬉しいが、いなくても酒があればいい。海を
だが、今はセンチメンタルな浪漫主義を心の底へとそっとしまう。
「……いた、奴だ」
すぐにテンバイダーは見つかった。
狂月は鼻が
悪党の臭いは逃さない。
どうやら奴は、無人の管理事務所からフォークリフトの鍵を持ち出したようだ。エンジンをかけて、後輪がステアリングという独特な挙動に驚きつつも運転を始める。
すぐに狂月は、そのおっかなびっくりな運転へと追いついた。
「よぉ、追いついたぜ? そして、逃がさねえ」
「ゲッ! さ、さっきの!」
「チェックメイトだ……観念しな、テンバイダー」
そっとジャンプして、フォークリフトの前へと降り立つ。荷物を運ぶ荷台の上に、難なく
その姿を見て、テンバイダーが驚きにブレーキを踏む。
止まったフォークリフトの上で、狂月はバキボキと拳の指を鳴らした。
「観念するんだねえ? 転売なんてこすっからい商売してくれちゃってさあ」
「まっ、待て! おっ、おお、俺は法を犯してなどいない! マイティ・ロウだってそう言ってただろう!」
「ああ、あの
「いっ、いいのかよ……あんた、狂月だろ? あの、
「
テンバイダーは転がるようにしてフォークリフトから降りる。そのまま、夜の
そのあとを狂月は、ゆっくり歩きながら追う。
絶対に逃しはしない。
どこまでも追い詰める。
不思議と、以前
「テンバイダー、お前さん……
「あ、ああ……そうだ! 狂月、いや、狂月さん! 獺祭のいいのがあるんだ……どうだい、もしお望みなら」
「相手を見て喋りな、
「ひっ、ひいいいっ!」
テンバイダーは
だが、どうやら
驚き
やはり三下だと思ったが、
「獺祭は希少価値の高い日本酒だ。だから、転売が
「そっ、そりゃそうだ! 二倍三倍払っても、獺祭を飲みたいって奴ぁゴマンといる!」
「じゃあ……お前さん、二倍三倍の値段をもらって、獺祭を味わってもらってるかい?」
「当然だ! 一番の売れ筋、金の卵を産む
「手前ぇが売ってるのは獺祭じゃないよ。その名前だけ借りた、獺祭の成れの果てだ」
先日、狂月も一杯やりながらテレビで見た。
獺祭を作る
転売屋は獺祭を買い占める。だが、獺祭とは、日本酒とは生き物だ。日光を避け、適度な温度と湿度で管理しなければ死んでしまう。そして、転売屋にとって獺祭はブランドでしかない。
今もどこかで、テンバイダーが買い占めた獺祭の山が死んでいる。
獺祭の
値段ほど美味しくないね、と……獺祭の死骸を飲んでそう言いふらすのだ。
「覚悟しな、テンバイダー。巨悪も害だが、手前ぇは害悪である以上に不愉快だ。ほら、俺も大人としてさ……ちょっぴり正義の味方を気取ってみたくなる程度には、不愉快なんだよ」
テンバイダーを
彼は今、積み重ねられたコンテナを背に真っ青になっている。
だが、狂月はベルトのバックルを装着して変身する。
転売の罪は、法ではなく……ヒーローの正義が
「トランスフォーメーション」
そして、探偵は魔装を
完全武装で狂月は、ゆっくりとテンバイダーへ歩み寄る。
だが、テンバイダーは今にも泣き叫ばん勢いで声を張り上げた。
「まっ、待て待て待てぇっ! おっ、俺が集めた転売用のアイテムがあるっ! どれもレア物、限定品ばかりのお宝だっ!」
「あ、そゆのいいから。
「だっ、だが、俺が集めた品は無視できねえ
アラガミオンは歩みを止めた。
そのマスクの下で、狂月が
外道、そして
ようするにテンバイダーは、老若男女を問わず多くの者達が求める品を、まるごと人質に取っているのだ。彼が携帯を操作して秘密倉庫を爆破すれば、プレミア値段のチケットからフィギュア、高級酒から外車までと、あらゆる品が無に帰る。
だが狂月は、アラガミオンは大人だった。
大人である以前に、男……
「いいよ? やんな……ドカーンと派手に吹き飛ばしちまいな」
「……へ? おっ、おお、お前っ! それでもヒーローか! おっ、俺は本気だ!」
「ああ、いいぜ。ただ、思い知れ……手前ぇで集めた品を、手前ぇが爆破したら……それでこの話は終わりだ。あとは、今後二度と転売家業ができないよう……俺がお前を
内心、狂月は
テンバイダーを懲らしめ、その所蔵品をあらいざらい吐かせるのがベストな結末だ。
同時に、それが困難であることも知っている。
犠牲を
だが、犠牲を容認できてしまう自分を、苦々しく思えてしまうのがアラガミオンというヒーローだった。
そして、そんな彼の頭上から声が降ってくる。
「それは困りますね……アラガミオンさん。凄く、困ります。だから……悪いけど介入させてもらいますよ」
テンバイダーと同時に、アラガミオンは空を見上げた。
その目は、
魔力と言ってもいい。
そして、
その声なき言葉の先を、気付けば欲している自分がおかしかった。
「どこのお坊ちゃんだ? 悪いけどねえ、オジサンはちょっと立て込んでるんだ」
「知ってますよ。今、テンバイダーは指先一つで収集した品を全て消し去ることができる。それを最小の犠牲と黙認することが……俺は、見過ごせない」
そして、少年もまたベルト状のアイテムを手に取り出した。
それを腰に当てると、並々ならぬ覇気に夜空が震える。
身構えるアラガミオンの前へと、異形の戦士が闇を
ブルブル震えるテンバイダーだけが、狂喜の声を震わせる。
「は、はは……おっ、おお、俺にもまだまだツキがあるぜ!」
アラガミオンは瞬時に左腕の声へ耳を傾ける。
奴の名は、デーモンブリード……魔界よりの使者。
そして、今のアラガミオンにとっては最大の敵である。
だが、デーモンブリードは大振りな拳を振りかぶるや、避けてくださいとばかりに繰り出してくる。俗に言うテレフォンパンチで、攻撃しますよと電話してくるようなものだ。
当然、アラガミオンは避けつつ反撃を試みる。
デーモンブリードはそれを受け止め、パワー勝負が始まった。
真っ向から手と手を汲んでぶつかり合う中、
(助かりました、アラガミオンさん……このまま戦うフリをお願いします)
(
(俺の仲間達が今、この倉庫街からテンバイダーのアジトを探してます)
(なるほど。じゃあ……少し付き合ってもらえるかい?)
(なるべく派手に踊ってやりましょう。テンバイダーに気取られぬように、ねっ!)
デーモンブリードの瞳が光って、恐るべき
丁度ニヤニヤ高みの見物をしていたテンバイダーの方へと、アラガミオンは落下した。
だが、即座に飛び起き反撃を繰り出す。
テンバイダーだけが何も知らずに、二人のヒーローが潰し合う様に
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