第25話「たった一人の冴えたやりすぎ」
夕闇迫る
夕食の匂いはカレーだろうか? どの家からも家族を待つ香りが入り交じる。その中で誰もが、足早に
目的のコンビニ前では、部活帰りの高校生達が集まっている。
空腹に負けて買い食いをする者や、漫画雑誌を回し読みする者。
「間違いないかい? 大五郎ちゃん」
「ええ、このコンビニですね」
「よくもまあ、冥夜ちゃんも奴の
「ですね。それに、俺も怒ってますから。酒の恨みは怖いですよ」
二人の前で今、自動ドアが開く。
そして「あーしたー」というやる気のないコンビニ店員の声を背に……一人の男が現れた。なんてことはない、ひょろりと
だが、彼は狂月と大五郎を見るなり固まった。
引くつかせた口元から、何とか絞り出してきた言葉が
「な、
この男が恐らく、
今日だけであらゆる限定品を驚異的なスピードで買い漁り、値を吊り上げて莫大な富を得ている。少し高くてもいいから欲しいという、純粋な購買欲をプレミア値段で
そう、小悪党……
だからこそ狂月は許せない。
そして、それは隣の大五郎も同じだった。
「やあ、テンバイダー……ダメだなあ、ダメダメだよ? 大人買いは大人になってからって、言われなかったかい? ……大きなお子様にはオシオキが必要だ」
「その白スーツ……まさか、手前ぇが」
「正解、俺が狂月だ。またの名を……
即座にテンバイダーが走り出す。
だが、その時にはもう狂月は動いていた。
やはり、ニュートラルで肉体的に強化された人間……ニュータントだ。だが、その力も正しく使われなければヴィランのそしりは
力が大きければ大きい程、責任が
「しっかし、なるほどな……カラクリがわかってきたぜ?」
ひとりごちて狂月は加速する。
変身前でも肉体的には高い運動力を持っているが……テンバイダーもまた、スーツ姿のまま狂月を引き剥がしてゆく。
そう、速い。
この手の小悪党によくある、策略や知能で戦うタイプではないらしい。
「このスピード……やはり加速系の力を持ってやがる。それであの驚異的な買い占めをやりくりしてたのね、ふむふむ」
テンバイダーの武器、それはどうやら速さだ。
恐らく彼は、常人の何十倍も速く動ける。つまり、それだけ肉体に巡らせた神経パルスの伝達速度が速いのだ。ニュータントの肉体ならば、その
つまり、ただこすっからいだけのヴィランではないのだ。
徐々に置いていかれる中、どんどん狂月は酒の酔いを忘れてゆく。
背後で頼もしい声が聴こえたのは、そんな時だった。
「狂月さん、乗ってください!」
「ナイスだ、大五郎ちゃん!」
爆音と共に、バイクに
ホンダのレーサーレプリカで、当然だが大五郎はヘルメットを被っていない。ずっと後ろを振り向けば、持ち主らしき男がヘルメットを脱ぎながら追いかけてくる。
その男を親指でクイとさして、大五郎は悪びれずにニヤリと笑った。
「ちょっと借りてきました。壊すつもりはないですし、あとで返すってことで」
「だな。とりあえずありがたく使わせてもらう。ごめんね、青年!」
「じゃあ、行きますか」
「あいよ」
狂月が後ろに飛び乗るなり、大五郎はスロットル全開で走り出す。
二人を乗せたバイクは、
かなりエンジンから何からいじってる音だが、テンバイダーとの差は縮まらない。
そして、こちらをちらりと振り返ったテンバイダーがさらに加速する。
「やべぇな、大五郎ちゃん」
「
大五郎も迷わずエンジン全開で追いかける。
振り落とされそうな加速の中で、狂月は不意に身を硬くした。
ハンドルを握る大五郎も、何かを感じ取ったのか声が強張っている。
「狂月さん。ちょっと面倒なことになりそうですね」
「だね。そういえばさあ、大五郎ちゃん。免許、持ってる?」
「小さい頃、デパートの屋上で仮面ライダーから貰ったやつなら実家に」
「まずいなあ、まずいよねえ……お酒も飲んでるし。飲酒運転」
「まあ、法的な話をすれば緊急時ってことで? ……ダメですよねえ」
角を曲がったテンバイダーを追って、大五郎が車体を傾ける。
転倒寸前のハングオンで抜けた先では、何故かテンバイダーが立ち止まっていた。逃走をやめた彼の前では、大通りの信号が赤になっていた。
そして……信号機の上に夕日を浴びて、一人の男がマントを
予感が当たった、それも直撃だ。
マッシブな逆三角形のボディにが、全身を包むスーツに筋肉の躍動を浮かべているそして、目元をマスクで覆った姿はまるで正義の騎士だ。
胸には大きく『ML』のロゴが入っている。
それは、この世界で最強のヒーローの一人。
誰もが憧れるニュータントの希望、そしてヴィランと戦う法の
「そこまでだ、諸君。これ以上の
斜陽の光の中、真っ白な戦士が腕組み見下ろしていた。
――マイティ・ロウ。
あらゆる悪と戦う、正義の味方。
彼がニュータントとして屈強なフィジカルとパワーを持つばかりか、とてつもない能力を持っている。それは、あの
だが、狂月は以前からこの聖人君子様が苦手だ。
嫌いだと言ってもいい。
「狂月さん……運転代わります、行ってください」
「おいおい大五郎ちゃん、どしたの? ちょっとシリアスじゃない?」
「……俺もどっちかというと、絶対に無理なんで。彼のスタイルというか、やり方が」
「そうねえ、そうだねえ。どっちかというと大嫌い、かな? 俺もさ」
大五郎はバイクを降りた。
そして、震えるテンバイダーが振り返る。
彼にとっては、前門の虎と後門の狼だろう。
だが、狂月は知っているし、大五郎も察していた。
今、マイティ・ロウの鋭い眼光は自分達二人を見詰めていた。
「ヘルメットを被らず二人乗り、その上に飲酒運転。そもそも、そのオートバイは君達の物かね? そして……自動二輪の免許を持っているのかい?」
思わず「へ?」とマヌケな声を発したのはテンバイダーだ。
だが、軽やかにマイティ・ロウはアスファルトの上に舞い降りる。
彼は信号が青になるのを待ってから、歩行者用の横断歩道を歩いてくる。
逆に、その横を通り抜けてテンバイダーは往来の中へと消えていった。
「行ってください、狂月さん」
「あいよ。んじゃま……あとでまたあの店であおうぜ」
「ええ。できれば祝杯をあげたいですね」
「いいねえ、とっておきのボトルをあけよう。またな、大五郎ちゃん」
「またあとで、狂月さん」
狂月は改めてバイクを
同時に、そそり立つ巨壁の如きプレッシャーでマイティ・ロウが迫った。その前に歩み出る大五郎の背が、とても小さく見える。
狂月は祈った。
大五郎の無事を。
テンバイダーごとき小物、命を賭けるに値しない人間だ。だが、そんな小さな悪意が法の目をすり抜け、多くの人々を苦しめている。ならば、悪の大小は関係ない。
だが、マイティ・ロウはそう考えてはいないようだ。
「待ち給え、君! ヘルメットを被らなければいけない! ……む?」
「マイティ・ロウ、ちょっとばかし俺と付き合ってもらえるかな。絡み酒ってのは趣味じゃないけど……法で裁けぬ悪を討つため、ちょっぴり無理してみようと思うんだよね」
「法で裁けぬ悪? ふむ、君は勘違いをしているな……法が裁けぬならば、それは悪ではない。法は常に新しく、最も古い秩序! 裁けぬものを悪というなら、まずは法を修正すべきだ。全てを法で律して守る……それが正義!」
「……正論だけどね、マイティ・ロウ。正しさが人を救うんじゃない。正しさを考え求めるからこそ、法より何より心が誰かを救うんだ」
その声が狂月にも、まだ聴こえていた。
だが、振り向かずにアクセルを吹かす。
細い路地に逃げ込んだテンバイダーを追って、狂月は祈るような気持ちで走った。疾走するエンジン音の向こう側へと、大五郎の気配は消えていくのだった。
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