第23話「彼立ちぬ」
それは、不思議な一日だった。
午後の授業中、
そして、自然と周囲の密やかな声を耳に入れてしまう。
『ちょっと、アンタも買えなかったの? あのライブのチケット』
『そうよ、でも……悔しいけど買うしかないじゃない? 散財しちゃった』
『いや、俺もラッキーだったよ。
『瞬殺だったからなあ、どこも売り切れ。そんな中、買えてありがたいよ』
『少し根が張るけどさ、売り切れた商品が出回ってくれるなら、って』
友人の
彼女が
そして、ネット上では
法外な値段のプレイミア価格が、それなりに売れているようだ。
放課後、そのことを思い出しても伴は奇妙な違和感に胸がざわめく。
「なにが……何が起こってるんだ? いや、違う……何かが起こっている」
ホームルームを終えて校舎を出ても、奇妙な疑念が
それは些細な日常の一コマで、毎日の
人気の商品が売り切れる、限定品だから人気が出る。
――だが、それだけか?
――何故、それだけのことが気になる?
――どうして、今日に限って小さな悲劇が見過ごせない?
それは、伴が持つ奇妙な強運にして悪運、言うなれば『ありえない時だけの
そして、そのことでいつも伴の人生は波乱に満ちている。
気にならないのは、タイミング悪く訪れる珍事が全て自分にだけ降りかかるから。
だが、今回は違う……彼が気付けた異変はまだ、正体を明かさぬまま多くの日常を侵食し、生活をゆっくりと蝕み始めた。決して姿を表さぬ、存在も定かではない悪意の元に。
玲が声をあげたのは、そんな時だった。
「ねね、翔……伴のやつ、やっぱ今日は変」
「まあ、いつも変だけどな。だかが、今日は変さ加減が少し妙だ」
「そう! そうなの! ……ん? なに、あの人だかり。って、誰!? あの制服!」
「ん? ああ、ありゃお嬢様学校で有名な、
「凄い……モデルさんみたい。うんっ、ガチで美少女! しかも、ちょっと
「はは、お前が言うかねえ。お前だって相当なもんだぞ?」
「ん、知ってる。けど、ありがとっ!」
いつも通りさり気なく
校門のところに、すらりと背の高い他校の女生徒が立っていた。その制服は、白と黒とで色彩を断ち切った修道服のようだ。
すらりと背が高く、少年のように短いベリーショート、端正な顔立ちも中性的である。
そして、伴は背後で聴き慣れつつある声を聴いた。
「おっ、なんだ?
伴を追い越していったのは、あの
彼は臆面もなく、美少年然とした美少女に駆け寄った。
間近で見上げてアレコレ話しかける連児に、昴と呼ばれた少女も挨拶を返す。
周囲の者達は振り返っては美貌に目を細め、男子は華美な制服も手伝って立ち止まる者が大半だ。そんな中で連児だけが、奇妙な親近感を昴に向けている。
そして、伴の目には昴が迷惑を感じていないように見えた。
「少し、馴れ馴れしい。連児、ちょっと離れて」
「はは、照れるなよ。で? なんだ? 俺に用があって来たんだろう?」
「そう。残念ながら……そう」
連児の意外な交友関係に、誰もが驚いてるところだった。
ありえないと口にする者さえいる始末。
だが、翔や玲と一緒に伴も挨拶を投げかけ、そのまま通過する
昴がその言葉を口にするまでは。
「……実は、
「ん? それってまさか」
「有名なバイオリニストのコンサート。予約開始と同時に全て売り切れてしまった……そして今、高値でオークションに出回っている」
その言葉を聴いた瞬間、伴は脚を止めた。
やはり、かなりの広範囲で買い占めと転売が行われている。
それよりも、確かに聴いた。
冥夜様、と。その名は確か、連児が伴に近付くように言った少女の名前だ。そう、女の子だ。それは浮ついた気持ちよりも逆に、真逆な感情で伴を挟み込む。
即ち、好奇心と恐怖心だ。
思わず伴は、気付けば話に首を突っ込んでしまった。
「今、冥夜って……教えてくれ、連児! お前が前に言ってた、冥夜って子のことだろ? それを今……この人が冥夜さんなのか? ち、違うよな、今――」
改めて伴は長身の少女を見やる。
伴や連児より頭半分ほど背が高く、平坦な胸も相まってどこか神秘的だ。そして、彼女がその手に手を重ねたので初めて気付く。
昴は今、両手を包む手袋の片方を脱ぎ捨てようとしていた。
それは、こんな季節に不釣り合いな、そして日常生活ではあまり見ないタイプの手袋だ。白い布地で、手の甲に
昴はじっと伴を見詰めて、手袋を脱ぐのをやめた。
「……連児の友達か? 友達、いるんだな」
「あったりまえよ! 紹介すんぜ、俺の親友の皆野伴だ。それと、あっちが御神翔と宮部玲。みんな仲間さ」
そう言って笑う連児に、昴はそっけなく「そう」と返すだけだった。
そして、彼女は小さく溜息を
「……そういう訳で、買いそびれたんだ。冥夜様が楽しみにしてたコンサートチケット。で、どうして私はお前なんかを頼ろうとしたんだろうな」
「そりゃ、仲間だからだろ? あ、こいつ俺のバイト先の仲間なの」
いまいち話が見えないが、普通校の連児とお嬢様校の昴に意外な接点があった。
そして、やはりここにも謎の買い占めの犠牲者が一人。
そう思っていると、相変わらず人のいい玲が前に歩み出る。
「あの、私は玲っていいます。えっと」
「昴……榊昴」
「ああ、昴さんね。よろしくっ! で……実は私もなの」
「あ、ああ。えっと、売り切れ……? その、欲しいものが」
確か、お昼休みに転校生の
こうして意図的な品薄状態を作り、高値で売りさばく人間を……転売屋と言うらしい。そして彼の言う通りに、品切れになった商品やチケットは全て、ネットオークションに高額で並んでいた。こうしている今も、買い損ねた者達が値段を釣り上げている。
やはり、伴はそこに確かに感じた。
そして、それはこの場の誰もがそうだと思う。
一番わかり易いのは連児だった。
「そう! そうなんだよ! 俺も、プライスレススメラギで買い損ねたんだ! しかも、今日が予約開始日だって忘れてた! メリッサー! ピージオーン!」
「え、ええと……プライスレス、スメラギ?」
「プラモだよ! こっちの玲もそう、限定品のプラモが瞬殺で売り切れだ」
「連児も、なのか……ふむ」
昴は考え込む仕草で、細いおとがいに手を当てる。
そして再度、伴の気にしている名前があがった。
「今回の件に関して、冥夜様は何も関与していない。私達の計画の外で、なにかが起こった……一応確認するが、連児も何も聞いていないな?」
「ん? ああ。ってか、冥夜の奴は今どこで何をしてんだ? 最近会えないから困るんだがよ」
「今、ロシア。……私も、ちょっと、ううん……凄く、寂しい」
「俺の残機を増やすには、あいつのドS極まりないエロめかしさが必要不可欠なんだよ。って、待て昴! 手袋を外すな、謝る! た、頼むっ!」
やはり、気になる。
冥夜とは……
その答を欲する伴を振り返って、連児が一同を見渡した。
「っし、じゃあ……ここは一つ、大人の知恵を借りっか! 昴も伴達も、俺についてこい」
こうして伴達は、謎の放課後へと巻き込まれ始める。
連児が皆を連れて行ったのは、隣町である
そして、この瞬間から事件は事件として動き出した。
少しだけ未来、伴がヒーローとして立ち上がる瞬間の、その時を迎えるための
無自覚に
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