第22話「買えない人間」

 お昼休み、それは学生生活最大の潤い。

 そして、真逆連児マサカレンジにとっては学校へ通う最大の目的だった。


「くっそー、まさかこの俺が焼きそばパンもコロッケパンも買えないとは……不覚!」


 連児は憩いと安らぎを求め、中庭を歩く。

 両腕で胸に抱えているのは、購買部こうばいぶで買ってきたパンだ。

 今日は満足の行く品が買えなかったが、昼休みの購買部は弱肉強食……四限目の授業が数分長引こうものなら、人気商品は全て他のクラスに持っていかれるのだ。

 それでも、昼食のパンが買えるのはとても嬉しい。

 あとは、日当たりのいい場所で携帯をいじりつつ腹ごしらえだ。

 そう思っていた、その時。

 不意に連児の視界に見知った三人組が現れる。


「ちょっとちょっと、バンっ! ほら、こぼしてる! お行儀悪いぞ」

「はは、レイの前じゃ形無しだな。ほら、テッシュ」

「わ、わかってるよ、ショウ。玲もあんましうるさく言うなよな」


 中庭のベンチに、三人の男女が並んで腰掛けている。

 仲良し三人組にも見えるし、一組のカップルとその友人という雰囲気もあった。つまり、どっちにも見える微妙な距離感があって、三人共それを気にしていないような親しさが感じられる。

 美男美女な二人と少し間を開けて座るのは、皆野伴ミナノバンだ。

 彼は連児の視線に気付いたのか、周囲をキョロキョロと見渡す。そして、誰も自分を見ていないのを確認すると、連児を手招きした。

 こういう時、すぐホイホイ呼ばれてしまうのが真逆連児という少年だった。


「おう、どした! 伴、そんなに周囲の目が気になんのかよ」

「そりゃな、えっと……連児。連児と話すからには、まあ、色々と」

「へへ、照れるぜコンティクショー! 隣、いいか?」

「あ、ああ」


 連児は周囲の評判や噂というものが、あまり関心がない。

 一方で伴が心配しているのは、ここだけの話が周囲に漏れ聞こえて連児に迷惑がかかることだった。

 そうとは知らずに、連児はパンの小山をベンチにおろして座る。

 昼食を食べ始めた彼を見て、伴は半ばあきれたように言葉をつむいだ。


「……平気、なんだな」

「ん? ああ、って言うだろ! つまり、ええと? 都会の食い物だって美味いって話さ。んで? なんの話だよ、伴」

「お、おう……昨日、大丈夫だったか?」

「ああ、あれなあ。お前さあ、止血とか頑張ってくれちゃったから、死ねなくて――」

「死ねないなんて言い方はやめろよ! ……あ、悪ぃ……でも、そゆの、よそうぜ」


 伴がわずかに声をあらげたので、それで美形カップル二人組も連児に気付いた。

 女子に人気の御神翔ミカミショウと、その全校公認の恋人、宮部玲ミヤベレイだ。

 丁度、連児とは伴を挟む位置取りで腰掛けてる二人は、話に加わってくる。自然と連児は、伴の目配せで昨日の件はまずここまでとした。

 次の瞬間、玲のよく弾んだ瑞々みずみずしい声が響く。


「ちょっと、連児君! ……それ、美味しい? 全部、それなの?」


 玲はまゆをひそめて、パンの山を指差す。

 勿論その隣では、弁当箱を持った翔も同じリアクションだ。


「ん? 変か? えっと、隣のクラスの御神と宮部だよな。お前らも食うか?」

「い、いいよ……ね、ねえ連児君。なんで……コッペパンなの? 


 そう、コッペパンである。

 コッペパンの山があった。

 そして、全部同じコッペパンである。

 ジャムもマーガリンも、チョコレートもあんこも入っていない。プレーンでナチュラルなコッペパンである。それを先程から、連児はもぎゅもぎゅ食べているのだ。


「え? なに、ひょっとして宮部はパンより米派か?」

「そういう意味じゃなくて! もぉ、ふふ……やっぱ変な人だよ、連児君。ね、翔」

「だろ? とりあえず連児、ちょっと一個貸せよ。俺の弁当から特別に唐揚からあげを進呈しよう。こないだ、野球部一緒に手伝ってくれたしな」


 連児が差し出すコッペパンに切れ目を入れて、翔は弁当の唐揚げを挟んでくれた。


「おお……おお! 御神君、君はひょっとして凄くいい人なんですね! ありがとうございます!」

「いや、敬語になるなって……現金なやつだな。気持ち悪いから普通にしてくれ」

「おうさ! サンキュな、翔」

「普通のコッペパンばかりだと味気あじけないからな」


 ふと気付けば、伴が不思議そうに連児を見ていた。

 彼も昼食を食べているが、握り飯を手にじっと見詰めてくる。


「ん、どした? 伴」

「あ、連児……お前、凄いのな」

「当たり前だぜ!」

「そう言っちゃうとこがまた……はは、ほんと凄いよ。どてらい、大した奴だ。普通じゃない、うんうん。ま、改めてだけど……昨日はサンキュな。ありがとう」

「おいおい照れるぜ! よしよし、お前にもコッペパンをやろう」

「あ、それはいらない」


 伴が笑うと、連児も笑顔になる。

 不思議と伴のいる空間では、顔見知り程度だった翔とも簡単に打ち解けられた。ほぼ初顔合わせに近い玲でさえ、元から友人だったかのように接してくれる。

 伴の名前はそのまま、伴奏ばんそうのように主旋律を支えて歌声に寄り添う。

 誰もが自分の歌を持つ中で、彼のおだやかな空気をともなえば……新たな交流が生まれていた。

 妙な奴だよなと、そう思った時に連児の頭の中であの言葉が蘇る。

 あの爪弾冥夜ツマビキメイヤが、警戒しててと言ったのが皆野伴だ。

 そのことを思い出していた、その時。

 不意に玲が「あーっ!」と声をあげた。


「今、何時? 12時過ぎてるよね、当たり前だよね……昼休みだし!」

「どした?」

「翔、みんなもちょっとゴメン! すぐ終わるから」


 玲は突然、携帯電話を取り出した。学校では授業中だけ電源を切ることが校則で決まっており、休み時間等は節度を守る限りは使用を許されていた。

 液晶画面のタッチパネルへ白い指を走らせながら、玲は画面を見たまま話を続ける。


「今週ね、おいっ子の誕生日なの……なんか、限定品のプラモデルが欲しいんだって」

「はは、男の子だなあ」

「それで、プライスレススメラギ? っていう通販サイトに……あーっ!」

「ん? どした?」


 玲は突然、その場で立ち上がった。

 携帯を包む両手をブルブルと震わせる。


「ぜっ、全部売り切れてる……今日の12時から販売開始だった限定プラモ」

「どれだ?」

「あ、翔……これ。1/100アストレア&ユースティア最終決戦仕様セットっての」

「ふーむ、限定品ってならまあ……そういうこともあんのかな」

「どうしよー、買ってあげるって約束したのにぃ」


 困り顔で玲は飛び跳ねる。

 その時、連児は見た。

 すぐに伴が自分の携帯で検索を始めるのを。

 彼はきっと、この仲睦なかむつまじい恋人達のかげ日向ひなたに、こうして助けてきたのだろう。やがて、伴は液晶画面を玲へ向ける。


「このサイトで売ってるぞ。……こんな高いもんを欲しがるのか? 最近の子供は」

「どれどれ……あっ、そう! これこれ! って、20,000円っ!? ちょっ、高っ!」

「定価は、どれどれ……5,000円しないのか。暴利だな」


 連児の目にもはっきり見えた。

 玲と伴、二人のスマホに同じ商品が映っている。

 販売元の公式通販サイトはSOLD OUTうりきれで、オークションでは四倍もの値段だ。

 プライスレススメラギは連児も、稀に使う玩具メーカー『スメラギ』の公式サイトだ。愛称はプラスメ。市販品のプラモや玩具より、やや大人向けの高価な商品、マニアックな限定品を売るサービスである。今までも人気作が売り切れたことはよくあった。だが、今回は異常だ。

 そう思っていると、四人の背後で突然声が響いた。


「突然ごめんね、声が聴こえたから。俺は詳しくないんだけど……そういうのを転売屋てんばいやっていうらしいよ。こっちの世界……あ、いや、日本ではね」


 振り向くとそこには、今日転校してきたばかりの少年が立っていた。

 赤星進太郎アカボシシンタロウは、今時めずらしいクラシカルな二つ折り携帯をいじりながら歩み寄ってくる。気配さえ感じなかったのに、気付けばすぐ側にいたのだ。

 だが、連児は「おっ、進太郎もガラケー派か! 友よっ!」と気が回らない。

 そう、この場の誰もが不思議な転校生に警戒心をいだかなかった。

 それは、彼が気さくな笑みを絶やさなかったからかもしれない。


「今ね、ちょっとネットのSNSや掲示板で話題になってる。アチコチで限定商品が販売開始と同時に買い占められてるんだ。これは……事件かもしれないね」


 そう言って笑う進太郎の表情には、静かな怒りが燃えていた。

 思わず連児は立ち上がってしまう。


「あ、ちょっと待て……もしかし。確認してみるわ、それってひょっとしたら……って、冥夜のメアドがわかんねえ! んだ!」

「そう、詰んだんだよ……連児。。今日は俺も、1/144のメリッサとピージオンを買う予定だったんだ。メタリックコーティングVerの限定品をね。それを」

「……マジ? それ、今日発売だっけ?」

「うん。正確には、さっき発売した。そして、一瞬で市場から消えたんだ」


 進太郎の目には、静かな怒りが燃えていた。

 それは今なら、連児にもわかる。

 何故なら、……それがまだ先のことだと勘違いしていたから。だが、連児の中で楽しい買い物は始まる前に終わってしまった。

 昼食を取るのも忘れて、皆が皆押し黙るしかなかったのだった。

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