第21話「怪物くんとよばれた男」
少し、
昨日は突然、銀行強盗に巻き込まれてしまった。ATMの順番待ちをしてたいのだが、
相変わらず、間が悪い。
それはいい。
なんだか馴れ馴れしい男に助けられ、死なれそうになった。
現れたヒーローに全て任せろと言われたが、彼はどうなっただろう?
それが気になって、昨夜はよく寝付けなかった。
ホームルーム前のこの時間、
そんな伴に、一組の男女が話しかけてくる。
「よぉ、伴! ……なんだ? お前、酷い顔してるぞ?」
「ちょっと、言い方! もぉ、言うほど酷くないんだから。酷くはないもん、ね?」
ちょっと傷付く。
だが、明るい笑みを向けられ自然と気持ちが
男の方は、
「うん、酷くない。酷くない! 酷くないよ、伴っ!」
「……なあ、翔。お前、彼女の
「ちょっと、私は犬? それとも……やっぱ、犬? 犬っぽい?」
「ちょっとな」
翔が笑って、その少女は
彼女の名は、
玲は肩口くらいまでの髪を、いつも通り指で丸めながら
あと、さっきも同意した通り少し犬っぽい。
無邪気にじゃれてきたり、一生懸命に
翔と玲は恋人同士、互いに
この学校では、誰もが
「あ、そうそう、伴? 君ね、昨日銀行に寄って帰ったじゃない? 大丈夫だった?」
「俺も気になってた。なんか、またニュータントが暴れる事件だって?」
「恐いよね、伴が無事でよかったわ。すぐにヒーローが来てくれたみたいだけど」
「新顔らしいな……黒い甲冑の騎士、ちょっと悪魔っぽい奴。くぅ、見たかった! なあ、伴! お前は見たか? ここいらじゃよいどれヒーローに探偵ヒーローといろいろいるが、今度はダークヒーローっぽいぜ」
言えない。
巻き込まれてたなんて、言えない。
ちょっと言える雰囲気じゃない。
乾いた笑いを浮かべつつ、伴はどうにか話題を切り替えようとした。
同時に、昨日のおせっかいが気になって二人に聞いてみる。
「なあ、翔。玲もさ……
勝手に友達認定した上に、酷く馴れ馴れしくてやたら親しげだった。そして、伴にはもう返しきれない恩もできてしまった。
彼は無事だろうか?
教習所で習った応急技術や、本で読んだマニュアルなんて役に立たなかった。
ドバドバ
苦しそうな中で笑っていた連児のことを思い出す。
だが、二人から帰ってきた答は訳のわからないものだった。
そして、ますます連児の人物像がぶれてゆく。
「ああ、真逆君! 隣のクラスの! 彼、なんていうか……がっかり系? 残念な子? んと、勉強はできないんだけど体力はあって、でも運動神経はサッパリなの。誰にも優しいけど
「玲、逆にわからくなってくるんだけど……要するに、バカ?」
「ああ、うん。バカよ」
なるほど! よくわからん!
正直にそう思ったが、翔がさらに全く違うことを言い出すので混乱してくる。
「おいおい、玲……バカは酷いぞ。バカだけど、はっきり言うのは酷い」
「そぉ? でもほら、愛され上手っていうか……将来の仕事は大物か、それともヒモかって感じ。それに、スケベで有名だよ?」
「そうは言うがなあ、玲。ああ見えてあいつはいい奴だぞ? 野球部の試合に、俺と一緒に助っ人に入ったことがある。顔が広いんだな、あいつ」
「……よく、覚えてる……ツーアウトの時に一人送りバントした人でしょ」
「ん、ま、まぁ、あれだ! えっと……そうそう、一緒にプール掃除したこともある」
「……有名、だよね……女子更衣室の
駄目っぽい話ばかりなのだが、話してる翔と玲は楽しそうだ。
そして、二人の笑顔が見れて伴も気持ちが明るくなってくる。
あとで隣のクラスに行って、無事かどうかを確認しておこう。そう思ったその時だった。チャイムが鳴って、周囲がそぞろに自分の席へと戻り出す。
もうすぐ担任の先生が来るなと思った、その瞬間。
突然、けたたましい声が響いた。
同時に、廊下を猛ダッシュで何かが走り抜ける。
「うおおおおっ! 遅刻っ、
あっという間に外の廊下を走り去ったのは……連児だった。
元気だった。
超元気だった。
めっちゃ元気じゃね? 昨日の怪我は? なんて思ったが、慌てて伴は口を
連児は隣の教室に駆け込み、見えなくなった。
そして、途端に壁の向こうが騒がしくなる。
どうやら
だが、気になることを言ってたのを思い出す。
「そういや……
もしかしたら、と思わず伴は勝手な空想を広げる。
俺に、片思いの女の子がいる!
その
だから、連児に『大好きな伴君のこと、注意してて見ててね? オ・ネ・ガ・イ』と言った訳だ。そう、悪い虫がつかないように連児は伴を見張っているのだ。
そこまで考えたが、トリップできるタイプではない伴。
昔からそうだが、思考や想像がありありと浮かんで積み上げられても……不思議とどこか違和感がある。他人事のような、なにかがずれているような。自分が頭と心で接する全てが、なにかに
「ま、そんな訳ないよなあ。……なら、冥夜って誰だ?」
その時、教室に担任教師がやってきた。
だが、腕組み考え込む伴は気付かない。
クラス中が「おおー!?」と口々に驚きの声をあげるのを。
その半数、女子が
担任の後ろには、新品の制服を着た一人の少年が続いていた。
「えー、ホームルームの前に転校生を紹介します。君、自己紹介を」
「はい、先生」
それは不思議な少年だった。
どこにでもいそうな容姿は、適度に整って端正と言える。翔とは別のタイプのイケメンというやつだ。そして、伴が気になったのは目だ。
どこか気品を満たした余裕があって、その実全く油断を自分に許さない緊張が張り詰めている。リラックスした中での、不思議な臨戦態勢。
その男は、ありふれた学校指定の制服を着てても、貴族のようだった。
さりげない品格は、まるで
「はじめまして、
場の空気が凍った。
そこまで言って彼は、ゴホン! と
「今のは冗談です、忘れてください。外国暮らしが長かったので、通じないジョークでしたね。改めてよろしくお願いします」
それが、進太郎との出会いだった。
そして、後に伴は知ることになる。
まだ何も知らず、何にも目覚めていない……何者でもない自分の、そう遠くない未来を。無数の未来の可能性を見切り、その一つを確定させる夢幻の女皇帝が、唯一見逃したヒーローとしての明日を。
連児と進太郎と、そして伴。
決して交わらぬ運命と因果が、互いを呼び寄せる中で結びつき始めたのだった。
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