第21話「怪物くんとよばれた男」

 皆野伴ミナノバンは朝から不機嫌だった。

 少し、へこんでいる。

 昨日は突然、銀行強盗に巻き込まれてしまった。ATMの順番待ちをしてたいのだが、老婆ろうばに順番をゆずったため、銀行に取り残されたのだ。譲らず先に預金を下ろしていれば、外で老婆の悲鳴を聴いただろう。

 相変わらず、間が悪い。

 それはいい。

 なんだか馴れ馴れしい男に助けられ、

 現れたヒーローに全て任せろと言われたが、彼はどうなっただろう?

 それが気になって、昨夜はよく寝付けなかった。

 ホームルーム前のこの時間、すでに眠くてすこぶるご機嫌ナナメなのだ。

 そんな伴に、一組の男女が話しかけてくる。


「よぉ、伴! ……なんだ? お前、酷い顔してるぞ?」

「ちょっと、言い方! もぉ、言うほど酷くないんだから。酷くはないもん、ね?」


 ちょっと傷付く。

 だが、明るい笑みを向けられ自然と気持ちが弛緩しかんした。眠る訳にはいかない今になって眠気を振りまく睡魔すいまも、今だけはその存在を忘れてしまう。

 男の方は、御神翔ミカミショウ。クラスメイトで親友だ。優男やさおとこ風の整った顔立ちに、すらりと長身。成績優秀でスポーツ万能、女子にも人気が高い。だが、彼が好意を寄せるのはいつだって一人だ。


「うん、酷くない。酷くない! 酷くないよ、伴っ!」

「……なあ、翔。お前、彼女のしつけはしっかりやった方がいいぞ」

「ちょっと、私は犬? それとも……やっぱ、犬? 犬っぽい?」

「ちょっとな」


 翔が笑って、その少女は林檎りんごみたいに赤くなる。

 彼女の名は、宮部玲ミヤベレイ

 玲は肩口くらいまでの髪を、いつも通り指で丸めながらうつむく。そして、黒目がちな大きい瞳で、上目遣うわめづかいに彼氏の翔を見詰みつめるのだ。その姿は、友人の伴が見ても見目麗みめうるわしい、まさに美少女そのものだ。

 あと、さっきも同意した通り少し犬っぽい。

 無邪気にじゃれてきたり、一生懸命に一途いちずだったりするところがそうだ。

 翔と玲は恋人同士、互いにかれ合って交際している仲だった。

 この学校では、誰もがうらやむお似合いのカップルである。


「あ、そうそう、伴? 君ね、昨日銀行に寄って帰ったじゃない? 大丈夫だった?」

「俺も気になってた。なんか、またニュータントが暴れる事件だって?」

「恐いよね、伴が無事でよかったわ。すぐにヒーローが来てくれたみたいだけど」

「新顔らしいな……黒い甲冑の騎士、ちょっと悪魔っぽい奴。くぅ、見たかった! なあ、伴! お前は見たか? ここいらじゃよいどれヒーローに探偵ヒーローといろいろいるが、今度はダークヒーローっぽいぜ」


 言えない。

 巻き込まれてたなんて、言えない。

 ちょっと言える雰囲気じゃない。

 乾いた笑いを浮かべつつ、伴はどうにか話題を切り替えようとした。

 同時に、昨日のおせっかいが気になって二人に聞いてみる。


「なあ、翔。玲もさ……真逆連児マサカレンジって知ってるか? 隣のクラスらしいんだけどさ」


 勝手に友達認定した上に、酷く馴れ馴れしくてやたら親しげだった。そして、伴にはもう返しきれない恩もできてしまった。

 彼は無事だろうか?

 教習所で習った応急技術や、本で読んだマニュアルなんて役に立たなかった。

 ドバドバあふれる真っ赤な血を、どうにか見よう見まねで止血するのがやっとだった。

 苦しそうな中で笑っていた連児のことを思い出す。

 だが、二人から帰ってきた答は訳のわからないものだった。

 そして、ますます連児の人物像がぶれてゆく。


「ああ、真逆君! 隣のクラスの! 彼、なんていうか……がっかり系? 残念な子? んと、勉強はできないんだけど体力はあって、でも運動神経はサッパリなの。誰にも優しいけど軽薄けいはくだし、下心が見え見えなんだけど女子からは嫌われてない。けど。うーん」

「玲、逆にわからくなってくるんだけど……要するに、バカ?」

「ああ、うん。バカよ」


 なるほど! よくわからん!

 正直にそう思ったが、翔がさらに全く違うことを言い出すので混乱してくる。


「おいおい、玲……バカは酷いぞ。バカだけど、はっきり言うのは酷い」

「そぉ? でもほら、愛され上手っていうか……将来の仕事は大物か、それともヒモかって感じ。それに、スケベで有名だよ?」

「そうは言うがなあ、玲。ああ見えてあいつはいい奴だぞ? 野球部の試合に、俺と一緒に助っ人に入ったことがある。顔が広いんだな、あいつ」

「……よく、覚えてる……ツーアウトの時にした人でしょ」

「ん、ま、まぁ、あれだ! えっと……そうそう、一緒にプール掃除したこともある」

「……有名、だよね……女子更衣室ののぞき穴、あれ空けたの真逆君だっていう話」


 駄目っぽい話ばかりなのだが、話してる翔と玲は楽しそうだ。

 そして、二人の笑顔が見れて伴も気持ちが明るくなってくる。

 あとで隣のクラスに行って、無事かどうかを確認しておこう。そう思ったその時だった。チャイムが鳴って、周囲がそぞろに自分の席へと戻り出す。

 もうすぐ担任の先生が来るなと思った、その瞬間。

 突然、けたたましい声が響いた。

 同時に、廊下を猛ダッシュで何かが走り抜ける。


「うおおおおっ! 遅刻っ、ぃ! 繋がれ俺の皆勤賞かいきんしょぉォォォォォォオ!」


 あっという間に外の廊下を走り去ったのは……連児だった。

 元気だった。

 超元気だった。

 めっちゃ元気じゃね? 昨日の怪我は? なんて思ったが、慌てて伴は口をつぐむ。

 連児は隣の教室に駆け込み、見えなくなった。

 そして、途端に壁の向こうが騒がしくなる。

 どうやらにぎやかなハイテンションの原因は連児のようだ。どうやらバカでスケベだがムードメーカー、そんな感じのようである。とりあえず、人がいいのは昨日のことでよくわかった。

 だが、気になることを言ってたのを思い出す。


「そういや……冥夜メイヤの奴が注意して見てろって、そう言われて? そんなこと言ってたな。……冥夜? 誰だ?」


 もしかしたら、と思わず伴は勝手な空想を広げる。

 

 そのが、連児を通してなんとか俺と仲良くなりたいのだ。

 だから、連児に『大好きな伴君のこと、注意してて見ててね? オ・ネ・ガ・イ』と言った訳だ。そう、悪い虫がつかないように連児は伴を見張っているのだ。

 そこまで考えたが、トリップできるタイプではない伴。

 昔からそうだが、思考や想像がありありと浮かんで積み上げられても……不思議とどこか違和感がある。他人事のような、なにかがずれているような。自分が頭と心で接する全てが、なにかにへだてられているような感覚があるのだった。


「ま、そんな訳ないよなあ。……なら、冥夜って誰だ?」


 その時、教室に担任教師がやってきた。

 だが、腕組み考え込む伴は気付かない。

 クラス中が「おおー!?」と口々に驚きの声をあげるのを。

 その半数、女子がまばたきも忘れて品定めする中で目をうるませるのを。

 担任の後ろには、新品の制服を着た一人の少年が続いていた。


「えー、ホームルームの前に転校生を紹介します。君、自己紹介を」

「はい、先生」


 それは不思議な少年だった。

 どこにでもいそうな容姿は、適度に整って端正と言える。翔とは別のタイプのイケメンというやつだ。そして、伴が気になったのは目だ。

 どこか気品を満たした余裕があって、その実全く油断を自分に許さない緊張が張り詰めている。リラックスした中での、不思議な臨戦態勢。

 その男は、ありふれた学校指定の制服を着てても、貴族のようだった。

 さりげない品格は、まるで常在戦場じょうざいせんじょうの騎士を思わせる。


「はじめまして、赤星進太郎アカボシシンタロウです。えっと、一応魔界から来ました。魔王の息子で、プリンスやってます。人間界へは融和的な方向性での進出を模索中で――」


 場の空気が凍った。

 そこまで言って彼は、ゴホン! と咳払せきばらいして人懐ひとなつっこい笑みを浮かべた。


「今のは冗談です、忘れてください。外国暮らしが長かったので、通じないジョークでしたね。改めてよろしくお願いします」


 それが、進太郎との出会いだった。

 そして、後に伴は知ることになる。

 まだ何も知らず、何にも目覚めていない……何者でもない自分の、そう遠くない未来を。無数の未来の可能性を見切り、その一つを確定させる夢幻の女皇帝が、唯一見逃したヒーローとしての明日を。

 連児と進太郎と、そして伴。

 決して交わらぬ運命と因果が、互いを呼び寄せる中で結びつき始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る