第20話「風のように去りぬ」

 真逆連児マサカレンジが目覚めたベッドは、見知らぬ部屋にあった。

 周囲を見渡すと、まだまだ雑然とした雰囲気で片付かない印象がある。未開封の段ボール箱があちこちにあって、その一つに少女が腰掛け本を読んでいた。

 彼女は連児の意識が回復したことに気付くと、ニコリと微笑ほほえむ。

 連児が発した最初の言葉は、感謝でも戸惑いでもなかった。


人魚系にんぎょけいメイド……アリだな!」


 身を起こして、再度少女をまじまじと見る。

 ヴィクトリア朝時代のイギリスを彷彿ほうふつとさせる、古式ゆかしいメイド服がとても美しい。貞淑ていしゅくなメイドそのものだが、彼女の緑色の髪からは……耳の代わりに綺麗な皮膜の透き通ったが突き出ていた。人魚系と評したのはそのためだ。

 彼女は日に焼けた健康的な肌で、モデルのようにスタイル抜群だった。


「真逆連児様、でございますね? 私は殿下にメイド兼警護役としてお仕えしております、メイと申します」

「おう、よろしくな! そっかあ、いい夢だ……人魚系メイドとキャッキャウフフ、これからイチャコラと――」

「申し訳ありません、連児様。私、殿下専用ですので」

「……おっかしーなあ、妙な夢だぜ」

「ふふ、現実ですのよ?」


 あくまで穏やかな笑みを絶やさず、メイはそっと連児の胸に触れてくる。

 丁寧に巻かれた包帯の下では、銀行強盗のカマキリ男に浴びせられた傷がふさががっていた。救急車が呼ばれたまでは覚えているのだが、ここは病院だろうか?

 人魚系メイド風のナース……イェスだね!

 誰にともなく連児は、親指をグッと立てる。

 だが、メイはにこやかに現実を突き付けてきた。


「私達の秘薬ひやくが効いたんですのね。ここは殿下の地上でのお屋敷です。救急車の方々には悪いとは思ったのですが、面倒事を避けるため連児様を運ばせていただきました」

「そっか……ん? その、殿下ってのは」

勿論もちろん、私どものあるじ……赤星進太郎様アカボシシンタロウですわ」


 聞き覚えのない名前だが、連児は記憶の糸を手繰たぐり寄せる。

 あの時、寶大五郎タカラダイゴロウと共に駆けつけた先で戦闘に巻き込まれた。無計画もはなはだしい銀行強盗は、恐らく個人のニュータントだろう。背後に組織的な繋がりは感じなかった。

 むしろ、助けに入ってくれた謎の集団……そっちの方が気にかかる。

 それは、連児が基本的に悪の組織側、ヴィランを束ねる秘密結社アトラクシアの戦闘員だからだろう。

 だが、目の前のメイには警戒心が自然とほどけてゆく。

 部屋のドアが開いたのは、そんな時だった。


「よう、目が覚めたな。怪我の具合はどう? メイがなにか粗相そそうをしてなければいいんだけど」


 そう言って笑いながら、一人の少年が入ってきた。

 特にこれといって特徴はないが、瞳に不思議と強い光が灯って印象的だ。

 彼は先程メイが言った通り、赤星進太郎と名乗った。

 ベッドを這い出た連児は、差し出される手を自然と握る。

 握手を交わした時、わずかに進太郎は目元に鋭い視線を走らせた。だが、すぐに笑顔になってメイへと振り返る。


「連児の怪我はどうだい? 薬は効いたかな」

「はい、殿下。試してみたんですが、傷の治りがよくてホッとしました。人間にも効くんですね、魔界のお薬」

「こらこら、連児が戸惑とまどってるじゃないか。……ちなみに、効かないとどうなるの?」

「患部が赤くただれて皮膚が溶け、肉が骨からこそげ落ちるだけですわ。最悪、生きたまま蒸発する痛みにさいなまれて消滅しますの」

「……ま、結果オーライだな」


 全然オーライではない。

 改めて連児は、不安になって胸の包帯を解いてみる。

 すでに傷跡は塞がって、うっすらと消えつつあった。

 完治と言ってもいい。

 だが、ラッキーだと思えない程に不安が込み上げた。


「ま、まあ、いいか。助けてくれて礼を言うぜ、えっと、進太郎?」

「ああ、そう呼んでくれ。よろしくな、連児」

「それにしてもお前……やっぱ普通じゃねえな」


 連児の言葉に、一瞬だけメイが身を強張らせた。

 その肩をポンと叩いて、進太郎は笑う。


「お前もな、連児。さっき手を握って少し感じた……面白い能力を持ってるみたいだ。はっきりとはわからないけど……特殊系のスキルだね? 珍しいニュータントなんじゃないかな」

「な、なにっ! 何故なぜ、俺が死ぬたび残機ざんきのストック数だけ生き返って少し前の過去からやり直せる【残気天翔エクステンダー】の能力を持っていると気付いたんだ!? い、いつからだっ!」

「んー、たった今かな。お前が喋ったから」

「じゃあ、俺のこの手の数字が残機のカウントだってことは」

「それも今知ったよ」

「……やるな、進太郎。あなどれねえぜ」


 小さくメイが「付ける薬がないタイプの方ですわ」とつぶやいた。

 だが、進太郎はほがらかに笑っている。

 そして、連児はそんな彼の尋常ならざる力を既に察していた。


「それにしても、驚いたぜ……進太郎。お前、只者ただものじゃねえな?」

「ん、まあな。そろそろ正体を明かそう、俺は――」

「こんなかわいいメイドさんがいるのにっ! さらにもう二人、しかも属性のちょっと違うタイプのカワイコチャンを! ……率直に言ってうらやましいぜ、嫉妬だぜ!」

「あー、ええと……と、とりあえず紹介しようか?」

「おう、メアドと電話番号も頼む。できればLINEラインを――」

「そういう意味での紹介じゃないって」


 開けっ放しのドアには、新たに二人のメイドが部屋を覗き込んでいた。どちらもすこぶる美人である。片方はメイに勝るとも劣らぬスタイルの良さで、メイド姿にケモミミがアクセントとなってかわいらしい。もう片方は切りそろえた短い黒髪に、ちょっと顔色が悪いが目鼻立ちの整った美形だ。頭にボルトを刺したようなアクセサリがミステリアスでいい雰囲気である。

 だが、どうやらお近付きになれる的なサムシングはないらしい。

 進太郎が促すと、二人のメイドは連児へと自己紹介する。


「ども、アニーでっす! よろしくですよ? ……あれあれぇ? 朝から元気ないでちゅねえ~?」

「……私、フラン。でもって、私達は見慣れてるけど……服、着て」


 言われて気付いたが、連児はパンツ一丁だった。

 慌てて周囲を見渡せば、メイが制服を差し出してくれる。連児の着ていた制服は綺麗にたたまれており、破れた場所は修繕済みで選択までしてあった。

 そそくさとシャツの袖に手を通しながら、ふと気付いて連児は首をひねる。


「朝から? えっと……進太郎。今日、何時?」

「連児、少し日本語が変だぞ。まあ、あのあとずっと寝てたんだからしょうがないか。日付が変わって、事件の次の日さ。丁度今、朝の八時になるとこだ」

「つまり、このままだと……遅刻?」

「あるいは、欠席か」

「くっ、しまったあ!」


 ばたばたと連児は部屋を出ようとして、そのまま足踏みで一度だけ振り返る。

 進太郎と三人のメイド達は、各々に笑顔で見送ってくれていた。


「助かったぜ、進太郎! ありがとよ!」

「彼にもお礼が必要だよな。えっと、確か……そう、バン皆野伴ミナノバン、だっけか」

「だな! 持つべきものはダチだ、ちょいと間が悪かったがありがてえよ」

「……ダチ、かなあ。本人はそうでもないみたいだったけど」

「ま、気にすんなって。って、ヤベェ! 急いで学校行かなきゃな、あばよっ!」


 挨拶もそこそこに、連児は部屋を飛び出した。

 廊下に出れば、進太郎の家は広い間取りの洋館だった。吹き抜けのホールへと階段を降りると、分厚いかしの木のドアが待っている。勢い良く開け放って、連児は急いで大通りへと踊り出した。

 だから、振り向かなかったので気付けない。

 今まで自分がいた場所が、住所に本来は存在しない不思議な屋敷であることを。

 勿論、進太郎が連児と同じ学校の制服を着ていたことも、思い出せないのだった。

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