第19話「一気呵成のプリンス」
見慣れた商店街は今、悲鳴に震える空気を凍らせていた。
平和な町並み、買い物客の主婦や子供達の
戦慄に支配された中で、自然と脚はスピードを増してゆく。
あっという間に背後で、
そして、惨劇が視界に飛び込んでくる。
「オラァ! 道を開けろぁ! こいつの首が飛んでもいいのかあ?」
銀行の前で声を荒げる男。
男というのはわかるが、その姿は
例えるならそう、
筋肉も
典型的な違法ニュータントによる銀行強盗に思えた。
だが、大五郎は少年に見覚えがある。
正確に言えば、少年の着ている制服の
「ん、あの制服は確か……それより、ちょっとマズいよねえ」
ニュータント・ウィルスの
そんな中で、
多くの場合、ニュータントに都合良く振り回されてしまう一般市民。
彼もそう見えたが、奇妙なのはその表情と立ち振舞だ。
落ち着いているのはどこか諦めを感じるのに、
「速い、速いッスよ大五郎さん……って、ありゃどこの組織だ? ……
振り返れば、両膝に手を突いて呼吸を貪る連児の姿があった。
彼は額の汗を拭いつつ、状況を一目で見るなり前へと歩み出す。
身体能力的に突出している訳でもないのに、突然のその行動を大五郎は止め損ねた。彼は【
だが、それを差し引いても……カマキリ男の前に飛び出た連児は瞬間的に速かった。
彼は声を張り上げ、皆野伴と呼んだ少年に語りかける。
「おいっ、大丈夫かっ! 今すぐ助けてやる! ……俺の愛する
えらく
しかも連児は「冥夜にメールを……ああっ! アドレス知らねえし! ってか番号も!」と、携帯を手にわたわたし始めた。そして、ツツツと申し訳なさそうに大五郎を見てくる。
苦笑しつつ、妙に憎めない。
だが、ざわめく周囲を見渡すカマキリ男の腕の中で、伴は小首を傾げた。
「えっと……同じ学校、だよな? ……誰だ、お前」
「おいおい、俺様を忘れちまったのか?」
「初対面、だよなあ」
「隣のクラスの真逆連児だ! 何度か購買部で擦れ違ってるぜ」
「……それ、他人だよな。クラスメイトでもないし」
「そうとも言うが、ダチには違いねぇ! だろ?」
「……さあ?」
そう、伴は連児と同じ制服を着ている。
夏服なのか
だが、どうやら面識はないらしい。
百歩譲っても、連児の親しみを込めた言葉は一方通行のようだ。
大五郎がそう結論付けるのを
「あ、大五郎さん。あれはダチの皆野伴ッス」
「……そうなの?」
「なんか前に、冥夜の奴が注意して見てろって言ってて。んで、それとなく気にかけてたら親しくなったって訳なんスよ」
ちらりと大五郎は伴を見る。
フラットな表情で、伴は首を横に振っていた。
それでも、大五郎は注意深く伴を見やって探る瞳を凝らす。
あの
そんなことを考えていると、連児は真剣な表情で言葉を続ける。
「あいつは、伴はすげえ間が悪いんスよ」
「不運なの?」
「や、どっちかってーと運が太いというか、強運というか……でも、人より勝負勘が鋭かったりラッキースケベだったりするんスけど、そういう時に限って間が悪いってーか」
「要するに悪運持ちなのね、なるほど」
今のままでは断定はできない。
ただ、エンプレス・ドリームこと冥夜が目をつけているのであれば要注意だ。そして、そうしたことに関わらず大五郎にとっては、伴は救うべき人間でしかない。見て見ぬふりをできぬ彼にとって、助けを求める人間がどういった人物かは関係なかった。
自然と腰の
不意に声が走って誰もが振り向く。
視線の先には、奇妙な一団が並んで立っていた。
まるでそう、特撮番組の正義の戦隊ヒーローみたいだ。
「そこの銀行強盗っ! 我らヘルグリム帝国が成敗させていただきますっ!」
人影は三つ。
通りの良い声で叫んだ少女は、
彼女を中心に、赤いライダースーツの
――ヘルグリム帝国。
聴き慣れぬ名だが、奇妙な予感が大五郎にはあった。
彼女達は、敵ではない。
見るからに異形丸出しな人間ではない姿だが、三人の敵意はカマキリ男にだけ向いている。そして、
気付けた大五郎だけが見上げる太陽の中に……黒い影が降りてくる。
「そこまでだっ! 世に悪の
舞い降りるは漆黒の
その一瞬の隙……それはヒーロー達にとって
すぐに大五郎は徳利を手に、片手の親指で栓を
それは、
魔神を思わせる黒騎士の振りかぶる拳が、空気の渦を
カマキリ男がようやく反撃を選んで叫んだ時には……
「チィ! このまほろば町にもまだ、知らないヒーローが――っ痛ぇ! 目が、目がっ!」
大五郎が飛ばした徳利の栓が、カマキリ男の右目に当たって宙を舞う。
その瞬間、伴は背後へと頭突きに背を反らして拘束を抜け出た。
突然のことで
そして、それがカマキリ男の最後の行動になった。
「
気高さを感じつつも、年相応に聴こえた声は少年のものだ。
はっきりと意思表示を叫んだ悪魔騎士が、本当の悪魔であるかのように力を解放する。それは大五郎には、ほんの実力の一端に見えた。
周囲の空気が黒く歪む程に強力な、それは強いていうならば暗黒の
真っ直ぐに打ち出された悪魔の拳は、カマキリ男の両手を木っ端微塵に粉砕した。
響く悲鳴の中で、羽根を広げたカマキリ男が宙へと逃げる。
「くっ、くそぉ! 覚えてやがれっ!」
「当然! ヒーローたる者、片時も忘れない。許されざる悪は忘れられない!」
カマキリ男は逃げ去った。
大五郎は事件が解決されたことを
おそらく、例のカマキリ男はすぐに補足され捕まるだろう。
おおよそヒーローとは思えぬ怪人達は、見事な手際で銀行強盗を撃退してしまった。
だが、問題が残ったようだ。
バッサリとなで斬りにされた連児を、伴が必死で介抱している。
「お、おいっ! 死ぬな、傷は浅いぞ! ……いや、かなりザックリいってるけど、気にするな!」
「だ、大丈夫だ……俺ぁ、今日は……残機に余裕、あっから、よ……このまま
「なにを言ってる、
「ま、待て……待てって、伴……このまま、死ねば……俺は、そっちの方が」
「バカヤロウ! よしっ、止血できそうだ。包帯を少しきつめに
「や、め……ちょ、おま……死んだら、戻るから」
「死んじまったら終わりだ! ……終わりなんだよ、だから。だから、絶対助ける!」
血の海を広げながらも、連児に適切な応急処置が
そして……間が悪いことに、連児は死ぬギリギリのところで命を繋ぎ止められていた。
これでは、彼の【残気天翔】が発動しない。
痛みと苦しみでどうにもならず、連児は伴の腕の中でハハハと死んだ目で笑っていた。それを見やる大五郎は、仲間に指示を出す悪魔騎士と目が合う。どうやら彼は事情を知っているらしく、少し大げさに肩を
悪魔騎士は大五郎に、デーモンブリードと名乗った。
それが東京都の片田舎、まほろば町に舞い降りたプリンスの名前だった。
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